第五十五話 向上
アリーセにについて行きながら、私はもう一度後ろを振り返りました。
五人づつの輪が三つ出来ていますが、ただ集まっているだけのようにも見えます。
何でしょう、この違和感。
「コユキさん?」
急に立ち止まった私に気づいて、アリーセが声を掛けて来ましたが、私は別のことに意識を奪われていました。
自分の戦い方をまだ掴めていない者が大半なのに対抗戦をするだなんて、普通ではちょっと考えられません。
あと二、三回は今日のような一対一の対戦を行って、感触を掴んでから行うはずです。
「パラッシュ先生、対抗戦はどのような形式で行われるのですか?」
「え、えっと、まだ皆戦い方に慣れていないから、各班毎に代表者を順に一人ずつ出しての対戦になると思うわ」
そう思って、パラッシュ先生に聞いてみた所、一応班分けはしますが、内容は一対一の対戦のようです。
それなら態々班分けを明示した意図は?
私はある一つの結論に思い至りました。
確かにヴィーラント先生のような方なら遣りそうな手段です。
それなら……。
私は、おどおどするアリーセを追い越して、班の所へ駆けて行きました。
「ディスカッションするなら皆でやりしょう。その方が有意義です」
突然そう話を持ち掛けられたランドルフ君は唖然としていました。
あれ、話が伝わらなかったのかな?
首を傾げていると、横からハーゲン君がおいと声を掛けてきます。
視線を向けると難しい顔をしてこめかみを押さえていました。
「とりあえず、我々にも判るように話せ」
私はあっと呟いて俯きました。
そうでした、ニナと違って皆はすぐに理解してくれるわけじゃないんだよね。
私は、自分の戦い方を模索するには今日の対戦の反省が必要なこと、それには班の四人より、クラス全員の十九人から指摘してもらった方がより有意義であること、次の対抗戦も一対一の対戦だから、班別に話し合って決めるのは対戦の順番だけでいいこと等を説明していきました。
「なるほど、言われてみれば確かにその通りだ」
「それじゃあヴィーラント先生は何故惑わすようなことを仰ったの?」
師が弟子に指導する際、わざと失敗をするよう仕向ける手段をとることは良くあります。
弟子がただ習うだけでなく自ら考えるようにするためです。
そのことを説明するとメヒティルデはちょっと考え込んでしまいました。
軍では上官の指示は絶対だから、戸惑っているのでしょう。
「では他の班に話してきます」
ランドルフ君が駆けて行くと、三班でユリアーネがゆっくりと立ち上がり、二人で二言三言話した後、分かれて一班と二版へ向かいます。
やがて、ランドルフ君が皆集合するように合図し、私達は大きな輪になって反省会を始めたのでした。
反省会では個人個人で良かった点、悪かった点を指摘し、どのように改善すれば良いか案を出します。
各自はその内容を吟味し、自分なりの戦い方を模索していくのです。
私も詠唱完了してから魔法が発動するまで時間がかかり過ぎる等の指摘をもらいました。
早速改善しようと思います。
やがて授業終了時間となり、次の時間までに各自戦い方を改善していこうと話して、反省会はお開きとなりました。
皆三々五々闘技場を後にして行きます。
「コ、コユキ………………さん」
そんな中、私に声を掛ける者がありました。
反省会の間、憮然と何か考え込んでいたトビアス君です。
後ろに心配そうな顔をしたヴロニもいます。
私が訝しげに首を傾げると、トビアス君はいきなりがばっと頭を下げました。
「お願いします。俺に魔法戦を教えて下さい」
「え、えっと……」
「俺はもっと強くなりたい。お願いします」
ああ、似たようなタイプの人に散々付き纏われた嫌な過去を思い出してしまいました。
もっともあちらはお付の人を使って、本人はのうのうとしていましたけど。
それはともかく、何故そこまで強さを求めるのでしょう。
「ヴロニを利用しようとする奴らの手から守りたいんだ」
話が長くなりそうだったので、私はその場に腰を下ろしました。
そういえば、隣にニナがいないと思って振り返れば、彼女もジークフリート殿下に捕まって何やら話し込んでいます。
私が視線を戻すと、目の前にトビアス君とヴロニが座っていました。
「ウッツ村は森を開墾して作った村だから、子供の遊び場なんて殆どない。
せいぜい、集会場の庭でちまちま遊ぶくらいさ。
でもそれだけじゃ物足りないから、大人の目を盗んで森へ冒険に行くんだ。
森には野犬がいたけど、俺は魔法が使えたから怖くなかった」
トビアス君は小さい頃のことを思い出すように、ぽつりぽつりと話始めました。
「あの日はヴロニの両親の命日でな、森の奥にある花を摘みに行きたいと言うから付いていったんだ。
ところが運悪く、帰り道で野犬の群れに出くわしちまった。
俺はヴロニを逃がすため、野犬の群れを引き付けて再び森の奥へと舞い戻ったんだ」
「私はトビアス君に逃げろって言われたんだけど、心配になって後を追いかけたんです。
そしたら、トビアス君が怪我をして倒れてて、私なんとかしようとして、無我夢中で……」
なんかいろいろやってたら治癒の魔法を使ってたとのこと。
「ところが、運の悪いことは続くもので、その場を狩りをしていた村人に見られちまった。
翌日からヴロニは村中で持てはやされた。
昨日まで孤児と蔑んでいた娘を掌を返したようにな」
その後、ヴロニの噂は近隣の村にも伝わり、彼女を利用しようとする輩が次々と村を訪れるようになってしまったのだそうです。
しかも普通に勧誘しようとするだけならまだしも、強引な手を使う者も現れてくる始末。
ことここに至って村長は漸く事の重大さに気づき、領主であるウルブル伯爵に相談の手紙を送ります。
ウルブル伯爵はすぐさま手を打ち、二人を保護、十歳になるのを待って、アカデミーの入学試験を受けさせて下さったのだそうです。
「もちろん、領主様も俺達を利用しようとしてるのは判ってる。
だからどんな相手からもヴロニを守れるように強くなりたいんだ」
ウルブル伯爵は、将来有望な魔法使いを二人も手に入れるチャンスなのだから、このまま穏便に事を進めたいはず。
でもトビアス君からすれば、このまま子飼いになるのではなく、出来得る限り自由な立場でいたいのでしょう。
そのための力という訳ですか。
「最初から伯爵と事を構えるつもりじゃないよね」
「誰がそんなことするかよ」
「対戦したときのトビアス君を見てるから今一信用出来ない」
「なんだと?!」
「ほらそれ」
確認の意味も込めてちょっとからかうと、トビアス君はむっとして立ち上がりかけ、ちっと呟いて再び座り込みます。
その様子を見て、ヴロニはくすくすと笑い出しました。
なるほど、この笑顔に惚れちゃったんだね。
にやりと微笑んでみれば、トビアス君は顔を赤くしてそっぽを向きました。
「ここまで話したんだ。教えてくれるんだろうな」
そういう事情じゃ仕方ないよね。
お母様にはまたお人好しとぼやかれそうだけど。
「私の知ってることなら教えてあげられる。
けど、それで強くなれるかどうかはトビアス君次第だよ」
「ああ、それで充分だ」
「それじゃあ、時間はどうしようか?」
「俺はいつでも……」
「今日の放課後なんてどうだろう?」
横合いから掛けられた言葉に私達が振り向くと、そこにはにっこり微笑むジークフリート殿下と苦笑するニナの姿がありました。
次回予告:「第五十六話 補講」




