第五十四話 実技
「お嬢様の髪もすっかり元通りですわね」
私の髪に櫛を通しながらマルティナさんが呟きます。
ダインさんとの模擬戦で短くなってしまった髪も、今では背中まで届くほどになっていました。
マルティナさんは最近私の髪を弄るのが楽しいらしく、いろんなアレンジをして下さいます。
「本日はどのようになさいますか?」
問い掛けられて、今日は魔戦技の授業があることに思い至りました。
「今日は実技の授業があるから簡単にお願い」
「それでは纏めて背中へ流すようにしておきますね」
マルティナさんが選んだのは所謂ポニーテール。
それでも髪が広がったりしないよう編み込みしてあったりと凝ったアレンジになっているのですが。
ニナは編み込んだおさげを胸元に降ろしたいつものスタイルをクレアに整えてもらっていました。
◇ ◇ ◇
「本日の授業ではまず皆の実力をみるため、一対一の模擬戦を行う。
名前を呼ばれた者は対戦用の小ステージに上がるように」
魔戦技担当ヴィーラント先生の声が闘技場に響き渡りました。
観覧席には、この時間の授業がないのか、見学している生徒もちらほらと見受けられます。
「では、最初の対戦は、トビアスとコユキ・マイスナー」
他の子達の対戦を様子見しようと思っていたら、いきなり指名されました。
しかも相手は入学試験で最高魔力値を叩き出したトビアス君です。
これは先生方の策略でしょうか。
だとすれば、この後はジークフリート殿下とニナが対戦することになりそうですね。
そのニナは頑張れと応援してくれていますが、顔が笑っていません。
どうやら私と同じ結論のようです。
恐らく結果も私に順ずるつもりなのでしょう。
さてどうしたものかと思案していた私は、始めの合図が掛かったことに気づいていませんでした。
不意に感じた殺気に体が反応して軽くステップしたところ、顔の横を何かが凄まじい速さで通過し、後方でぱあんと弾ける音が響きました。
「あんまり人を舐めた真似してると痛い目に遭うぜ」
視線を上げるとトビアス君が殺気のこもった目で私を睨みつけています。
そうですね、模擬戦とはいえ、わざと負けるのは性に合いません。
それに彼をこのまま増長させておくのも良くないでしょう。
私はすぅと息を吸い込みました。
考え事をしていたとはいえ、いくらなんでも魔法陣が展開されれば、誰だって気づきます。
ということは、先ほどの魔法は無詠唱で行われたのでしょう。
「先般の魔法、本気で撃たなかったことを後悔しますよ」
挑発の言葉を投げ掛けると、トビアス君の表情に驚きの色が浮かびました。
あ、あれれ、ひょっとして本気の一撃だったのかな。
そう言えば、彼はウルブル伯爵領の辺境にある村の出身です。
魔法の練習相手になってくれるような相手はヴロニ以外いなかったのでしょう。
いくら彼の気性が激しくても、幼馴染の女の子相手に本気で魔法を撃つことはなかったはずです。
魔物相手ならまだしも、このような対戦には慣れていないのかもしれません。
まあ、勝つと決めた以上、どうでも良いことなのですが。
『魔法陣展開、《高速詠唱》、障壁』
魔法陣を投影する空間を生成し、《高速詠唱》と障壁の魔法陣を浮かび上がらせると、それを見たトビアス君がふふんと鼻で笑いました。
「無詠唱も使えないくせにでかい口叩きやがって」
そう叫んで、連続で岩弾の魔法を撃って来ますが、無詠唱といえど一度見た魔法を単調に撃ってくるだけでは当たるはずがありません。
ひらりひらりと躱しながら、こちらも魔法の準備を進めます。
『空間生成。数、ステージ上を埋め尽くす程度。制御、魔力受け流し、物理障壁』
「障壁」
力ある言葉を紡ぐと同時にステージ上に大量の空間を生成しました。
初めての魔法に夢中になって、リントベルクのお屋敷で部屋中を埋め尽くしたあれをステージ上に再現したのです。
当然実戦向けに改良を重ねているので、魔力感知されることはありません。
しかし、敏感な子はいたようで、何人かが反応を示しました。
まだまだ改良の余地がありそうですね。
一方のトビアス君は私が苦し紛れに障壁の魔法を使ったと勘違いしたのか、露骨に侮蔑の表情を浮かべました。
「得意げに何をするかと思えば、ただの障壁かよ。
そんなもので俺の魔法を防げると思うなよ」
そう言うや否や、先ほどより大きな魔力の岩が彼の元から解き放たれました。
恐らく岩砲の魔法を使ったのでしょう。
しかし、それは魔力受け流しの空間障壁により、次々と進路を変更され、やがてトビアス君へと向かっていったのです。
「がっ?! ぐはっ?!」
慌てて躱そうとしたのか、トビアス君は周りに展開していた障壁に自らぶつかって行き、その衝撃でたたらを踏んだところに岩砲の直撃を受け、ステージの外へと吹き飛ばされたのでした。
「トビアス君?!」
心配して駆け出そうとするヴロニを制して、パラッシュ先生がトビアス君のところへ向かい、その様態を確認しています。
「軽い脳震盪を起こしているようです」
治癒の魔法を掛けながらのパラッシュ先生の報告に、ヴィーラント先生は頷くと、私の勝ちを宣言し、次の組み合わせを発表しました。
「ジークフリート・アストリーアとニナ・マイスナー」
予想通りでしたが、組み合わせの意図に気づいた生徒達がざわざわと騒いでいます。
そんな中、ニナは苦笑を浮かべながらステージへと上がって行きました。
結果は語るまでもありません。
開始の合図と同時にジークフリート殿下は氷弾の魔法を唱え、十数個の氷弾を撃ち出しましたが、ニナに全て躱され、逆に接近を許してしまいました。
しまったという表情を浮かべるジークフリート殿下に、ニナはにっこりと微笑んで魔力混乱の魔法を撃ち込みます。
射程距離は短いですが、対象を確実に魔力酔い状態にする闇魔法です。
これによってジークフリート殿下は戦闘不能となったのでした。
その後も残った生徒達の組み合わせが発表され、順次対戦が行われていきました。
私達の対戦を見た影響なのか、相手の魔法を躱すことを意識するあまり、自分の魔法が疎かになったり、奇抜さを狙って得意属性でない魔法を使って失敗したりと、普段では冒さないような失敗をする子が相次ぎました。
ヴィーラント先生もずっと渋い顔のままです。
やがて、全ての対戦が終了すると、全員に集合が掛かりました。
「今日は皆の実力を見るつもりだったが、他の者の対戦を見たことで、普段の実力を出せない者が多かった。
これは自分の戦い方が判っていない、つまり実戦慣れしていないということだ」
ヴィーラント先生は、そう訓示して、私達を四つの班に分けました。
一班が、ジークフリート殿下、アルミン君、ハーロルト君、ビアンカ、テレージア、二班が、ゲーアハルト君、グンター君、トビアス君、コンスタンツェ、ヴロニ、三班が、オスヴァルト君、ジギスヴァルト君、エルナ、ユリアーネ、ニナ、四班がハーゲン君、ランドルフ君、メヒティルデ、アリーセ、私です。
「次の授業は、今分けた班での対抗戦を行う。
ディスカッションするなり、練習するなりして、各自、自分の戦い方を掴んでおけ。
では解散」
そういい残してヴィーラント先生は闘技場を出て行かれました。
まだ授業時間は残っているので、後は自由に使っていいのでしょう。
パラッシュ先生が残っていらっしゃるので、質問等は受け付けてもらえそうです。
「あの、コユキさん」
振り返るとアリーセが私の袖をくいくいと引っ張っていました。
その向こうには私達の班のメンバーが顔を揃えています。
言われた通りディスカッションでもするつもりなのでしょう。
見回してみると、他の班も車座になって何やら話し始めていました。
私はアリーセに頷くと、その後に続いたのでした。
次回予告:「第五十五話 向上」




