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晶の標  作者:
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第五十三話 級友

 コーラル王国の北西に位置するルフェイム山脈は霊峰ルフェイムを中心に東と南へ連なり、王国を守護する自然の防壁となっています。

 そこに起源を発したミズル河は王国北西部に実りをもたらしながら南東へと流れ、やがて巨大な湖レラン湖へと辿り着くのです。

 王都アトスリーアはそんなレラン湖の南東、レラン湖とそこを発して東の海岸へと注ぐニブル河に囲まれた場所に栄えた都。

 その王都からニブル河を挟んだ対岸に位置するのがコーラル王国唯一の専門学術機関アカデミーです。


 王国建国当初に設立され、武術、魔法、技能の分野について専門教育を施すことで優秀な人材を育成し、更に最先端の技術研究も行う学術機関で、過去に多くの優秀な軍人や冒険者、魔術師、職人、研究者等を輩出しています。

 設立当初の名残で、騎士科、魔法科、技能科の三つの科に分かれていますが、各科での必須科目以外は自由にカリキュラムに組み入れることが可能です。

 そのため、五年の過程を経て卒業する生徒の技能は非常にバラエティ豊かなものとなっています。

 専門学術機関であるため選考基準も厳しく非常に狭き門となっていますが、貴族の子弟はその受け継いだ才能故に多くの者が在籍していることも事実です。


 正門へと続く街道をニナと私はのんびりと歩いていました。

 入学式が始まるまではまだ充分な時間の余裕があります。

 転移魔法陣が普及して、王都に転移専用門が設置されたことにより、この街道を利用する者は殆どいません。

 にも拘らず、私達がここを歩いている理由、それは……。


「綺麗だね」

「うん」


 街道に沿って植えられた桜並木が丁度満開になっていたからです。

 こちらの植物の成長が早いのか、どこかのお爺ちゃんが粋な計らいをしたのか――恐らく後者でしょう――、昨日それを見つけた私達は、転移専用門へと向かわず、こちらの街道を行くことにしたのでした。

 やっぱり卒業式や入学式に桜は欠かせませんよね。


 そんな私達が桜をたっぷりと堪能し、正門の前までやって来た時、ふっと影が過り、正門との間に人が降り立ちました。

 翻る制服のスカートを気にするでもなく振り返った彼女は、私達と後方の景色を交互に見ると、何かに納得したのか、にやりと笑みを浮かべました。

 その表情に私達が驚いていると、軽く手を振り、正門へと駆けていきます。


「あの娘も新入生なのかな?」

「うん、一年魔法科の学年証を付けてたよ」


 アカデミーの制服は紺を基調とし、男子はブレザー、ネクタイ、スラックス、女子はブレザー、リボンタイ、スカートの構成で、左の胸に学年と所属科を示す学年証を着けることになっています。

 ニナは彼女が振り向いたときにしっかりと学年証を確認していたようです。

 目の付け所が違うね等と話していると、チャイムの音と共に、新入生は入学式の会場に集合するようにとの放送が流れました。

 私達は急いで正門をくぐり、会場である大講堂へと向かったのでした。


        ◇        ◇        ◇


 開式の宣言がなされると、ハーバー侯爵が壇上に現れ、理事長による式辞を述べられました。

 その中には先日お聞きした魔法科のクラス編成についての内容も含まれています。


 毎年の新入生は、各科共に四十人三クラスの百二十名、合計三百六十名です。

 しかし、今年は実験的な試みとして、魔法科の一クラスをより実戦的な人材を育成するための特別養成クラスとし、男女各十名づつの二十名構成にしたとのこと。

 その結果、魔法科の新入生が百名となったため、騎士科と技能科の新入生枠をそれぞれ十名づつ増やしたのだそうです。


 特別養成クラス……どんどん外堀を埋められている気がします。

 渋い顔をしていると、ハーバー侯爵の式辞が終わり、新入生代表の宣誓となりました。


 通常、新入生代表と言えば入学試験で最も成績の良かった者が勤めるものですが、アカデミーでは推薦入学者もいるため、その選定はアカデミー側に一任されています。

 慣例では上位貴族の子弟が勤めているので、今年はジークフリート殿下かなと思っていましたが、名前を呼ばれたのはフレンツェン公爵の孫であるハーゲン・フレンツェン君でした。

 はいと声を上げ、立ち上がったのは私達の三列前に座っていた少年。

 彼が魔法科の新入生だったことから、私達の座っている一角がどうやら特別養成クラスだと周りの生徒に認識されたようです。

 ため息をつく私を他所に、近くに座っていた子達は互いに顔を見合わせていましたが、それ以上に多くの視線が随所から寄せられていたのは言うまでもありません。


        ◇        ◇        ◇


 入学式は滞りなく終了し、新入生はそれぞれ指定の教室へと移動しました。

 魔法科特別養成クラスは先ほどまで周りにいた顔ぶれそのままです。


「あの娘も同じクラスだったんだね」


 今後のことを考えてため息をついていると、後ろの席からニナが声を掛けて来ました。

 その視線の先には今朝正門のところで出会った少女が座っています。

 彼女は私達の視線に気づくと、パチっとウィンクをして来ました。

 淡い碧色の髪は肩口で切り揃えられ、好奇心旺盛そうな紺色の瞳が興味深そうに私達を捕らえています。

 今朝の様子といい、なんというか自由奔放といった感じの娘です。

 そんな印象を抱いていると、入り口の扉が開き、担任の先生と思しき男女が教室に入って来られました。

 少しざわついていた教室の空気がしんと静まり返ります。


「このクラスの担任を務めることになったエトガル・ヴィーラントだ。主な担当教科は魔戦技、火属性魔法等、びしびし鍛えるからそのつもりでいてくれ。よろしく」


 ばんと教卓に手をついて、ヴィーラント先生は笑みを浮かべました。

 がっしりした体格に緋色の髪と瞳。

 先生というよりは教官といった方がしっくりきそうです。


「このクラスの副担任の務めますアンニ・パラッシュです。主な担当教科は医学、光属性魔法等です。皆さんの怪我の治療や心のケア等も行いますので、よろしくね」


 パラッシュ先生はにっこりと微笑むとブロンドの髪がふわりと揺れました。

 お医者様らしく白衣に身を包んでいらっしゃいますが、愛嬌のある笑顔は早くも男の子達を魅了したようです。


「それじゃあ、各自、自己紹介をしてもらおう。そちらの端から、名前と得意な属性と一言でいいだろう」


 先生方が脇に避けると、廊下側の一番前に座っていた生徒が教卓の前へ出て来ました。

 プラチナブロンドの髪にマリンブルーの瞳が印象的な少年です。


「ジークフリート・アストリーアです。これから皆と切磋琢磨していけるのを楽しみにしている。得意属性は水。よろしく頼む」


 この方がジークフリート殿下なんですね。

 感心して見ていたら、何故か視線が合い、にやりと微笑まれました。

 何なんでしょう、この嫌な予感は。


 ジークフリート殿下の次に自己紹介したのは、ベーレンドルフ侯爵のお孫さんのゲーアハルト君。

 緋色の髪と栗色の瞳よろしく、得意属性は火とのこと。


 続いてはエーレルト北軍司令官のお孫さんで、オスヴァルト君。

 ちょっと斜めに構えた感じは軍人さんの子弟っぽいです。

 ブルーグレイの髪にビジリアンの瞳で得意属性は風。


 新入生代表の宣誓をしたハーゲン・フレンツェン君は、黄丹色の髪に鳶色の瞳。

 少し横柄な態度だけど、そこまで毛嫌いすることはない感じです。

 得意属性は火。


 次はヘルツフェルト伯爵の三男アルミン君。

 小柄な体格で話し方からやんちゃそうな印象を受けました。

 蘇芳色の髪に同色の瞳で、得意属性は火。


 落ち着いた感じで淡々と話したのは、レハール伯爵の四男グンター君。

 空色の髪にエメラルドグリーンの瞳で得意属性は風。


 きりっとした印象のランドルフ君はレームブルック宰相のお孫さんだそうで、早速男子達から委員長と呼ばれていました。

 その結果、クラス委員に選ばれてしまったのは、この後のお話。

 ブロンドの髪に栗色の瞳で、得意属性は光。


 ヴィーラント先生に負けず劣らずの声量で自己紹介したのは、ゾマー軍務卿のお孫さんのジギスヴァルト君。

 ゲーアハルト君とは母方の従兄弟にあたるのだそうです。

 それで髪と瞳の色が似ているのですね。

 得意属性も同様で火とのこと。


 ウルブル伯爵のお孫さんハーロルト君は、他の男子よりもがっしりとした体格で、身長も頭半分抜けています。

 ダークブラウンの髪と同色の瞳で、得意属性は地。


 そして、男子の最後は……。


「ウルブル伯爵領のウッツ村から来ましたトビアスです。得意属性は地。よろしく」


 栗色の髪と瞳の若干小柄なトビアス君が自己紹介をすると、教室の雰囲気が少し変わりました。

 あいつがとかあの子がとか囁くような声がそこかしこで聞かれます。

 トビアス君はそんな声を無視するかのようにぺこりと頭を下げると席に戻って行きました。

 後から聞いた話ですが、彼は入学試験で受験生中最高の魔力値を記録したのだそうです。


「はい、皆静かにしてね」


 パラッシュ先生の一声でざわざわとしていた教室は静かになりました。

 女子の最初の娘が教卓の前に立ちます。

 サラサラと煌くアッシュブロンドの髪と琥珀色の瞳、どこかで見たことのあるような面影の娘です。

 彼女はこちらを見てにっこりと微笑みました。

 その理由は彼女の一言で判明することに……。


「エルナ・ブランデルです。祖父はカールハインツ・フォン・ブランゼル、魔法科三年クリストフ・ブランデルは実兄に当たります。得意属性は光。どうぞよろしく」


 クリスの妹さんだったのね。

 彼からはそんな話聞いたこともなかったけど。


 エルナが席に戻ると、次の娘がきびきびとした動きで、教卓の前に立ち、軍で採用されている礼をして自己紹介を始めました。

 彼女はビュルス西軍司令官のお孫さんメヒティルデ。

 朱色の髪をショートカットにし、鳶色の瞳は少し切れ長で堅物そうな印象を受けます。

 得意属性は火。


 続いて自己紹介に立ったのは、ハニーブロンドの髪に琥珀色の瞳の勝気そうな少女、ビアンカ。

 女子の中ではやや小柄で身長は私と同じ位でしょうか。

 エーベルハルト枢機卿のお孫さんで得意属性は光。


 次の娘ユリアーネは瞳の色がマリンブルーであることを除けば、ビアンカそっくりでした。

 それもそのはず、二人は双子なのだそうです。

 妹と違い、おっとりした性格なのか、話し方ものんびりしています。

 得意属性は水。


「次はあの娘だね」

「うん」


 後ろからニナが声を掛けてきました。

 件の娘は滑るように教卓へと移動します。


「テレージア・クラインです。祖父はヴァルデマール・フォン・クライン。得意属性は風。どうぞよろしく」


 どうやら彼女はクライン侯爵のお孫さんのようです。

 とても侯爵家の娘さんのようには見えませんが。


 驚いていると、私の前に座っていた娘が立ち上がりました。

 栗色の髪に空色の瞳をした彼女はアリーセ。

 レントリヒ伯爵の三女で得意属性は風とのこと。

 でも早口で声が小さかったから後ろの方は聞き取れなかったんじゃないでしょうか。


 そしていよいよ私の番になりました。

 教卓の前に立つと、皆の視線が一斉に突き刺さってきます。


「コユキ・マイスナーと申します。宮廷魔術師アルベルト・マイスナーの養女です。得意属性は無属性。どうぞよろしく」


 自己紹介を終えると教室がしーんとしています。

 私はその雰囲気に耐えかねてそそくさと席へと戻りました。


 逆に次のニナは堂々としたものでした。


「ニナ・マイスナーと申します。同じく宮廷魔術師アルベルト・マイスナーの養女です。得意属性は闇。どうぞよろしく」


 しかし再び訪れる沈黙。

 マイスナー家の養女という点もありますが、自分達と異なる得意属性に驚いているのかもしれません。


 そんな中次の娘が席を立ちました。

 このような雰囲気ではさぞかし遣りにくいだろうと思ったのですが、彼女は意に介した様子でもなく、教卓へと向かいます。

 一度皆を見回してからお手本のようなお辞儀。

 プラチナブロンドの髪が爽やかに揺れ、緋色の瞳が威圧するように輝きます。


「コンスタンツェ・ゾンネです。祖父はクリストハルト・フォン・ゾンネ。得意属性は火。どうぞよろしく」


 こちらはゾンネ侯爵のお孫さんのようです。

 同じ侯爵家でもテレージアとは随分雰囲気が違いますね。

 コンスタンツェは生粋のお嬢様といった感じです。


 最後に栗色の髪でグレーの瞳の少女が教卓の前に立ちました。


「ウルブル伯爵領のウッツ村から来ましたヴロニです。得意属性は水。どうぞよろしく」


 同村ということはトビアス君とヴロニは幼馴染なんでしょうね。

 でも辺境の村で同時期に魔法の才能を持った子が現れるというのはかなり稀有なことだと思います。


 この後、クラス委員決めがあったのですが、詳細は割愛します。

 いろいろともめた末、男子はランドルフ君、女子はユリアーネが担当することになったのでした。


次回予告:「第五十四話 実技」

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