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晶の標  作者:
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第五十二話 準備

「大丈夫だよ、コユキちゃん。私も魔法科に行くから」


 静まり返った室内に再び爆弾が投下されました。

 お母様ははぁとため息をつき、師匠とアレク兄様は苦笑いを浮かべています。

 ハーバー侯爵は一瞬驚きをあらわにしましたが、直に表情引き締め、事態を見守ることにしたようです。


「でもニナ、昨日園芸科目を真剣に見てたじゃない」

「そっちもちゃんと受講するよ。魔法科でもカリキュラムを調整すれば大丈夫そうだし……ですよね?」

「え、ええ、もちろんです」


 急に問い掛けられたハーバー侯爵はどもりながらもニナの意見に同意されました。


「だからコユキちゃんも魔道具製作を受講すればいいよ」


 そう言って、ニナはにっこりと微笑みました。

 恐らく、カリキュラムに組み込めることは調査済みなのでしょう。

 アレク兄様も関心したように頷いていらっしゃいます。


「それではお二方共魔法科ということでよろしいですか?」

「その前にジークフリート殿下のことをお伺いしてもよろしいでしょうか?」


 この際だから疑問に思ったことは全て聞いておきましょう。

 私の問い掛けにハーバー侯爵は居住まいを正されました。


「ジークフリート殿下は王家の方々の中でも稀に見る程大きな魔力をお持ちで、既に魔法科へ入学のご意志を示されておられます」

「では、殿下に何かあった場合は妹達が身を以って守れと?」

「いいえ、そうではありません」


 アレク兄様が怒気を含んだ声を上げられたのを見て、ハーバー侯爵は苦笑しながらそれを否定されました。


「ではどういうことなのですか?」


 ハーバー侯爵はゆっくりとお茶を口にし、ティーカップをソーサに戻されました。


「殿下の魔力に対する保険です」

「保険?」

「ええ、殿下に何かあった時、自らの判断で何らかの行動が取れる方、そういう方々を殿下のクラスメイトにしたいと考えております」


 なるほど、そういう意味での保険なんですね。

 しかも、殿下のクラスにはそういった行動がとれる生徒を集めるとのこと。


「非常に偏ったクラスになりそうですね」

「今回は特例ということで対処致します。先生方もその方が遣り易いと申しておりますし」


 師匠の素直な疑問に、ハーバー侯爵は苦笑しながらそう答えられます。

 確かに危険人物は一所に集めておいた方が先生方も対処し易いのでしょう。

 私としてはそんなクラスに入るのは正直遠慮したいのですが、今となってはそういう訳にもいかないのですよね。

 小さく零したため息に気づいたアレク兄様がご愁傷様と呟かれました。


 その後、個々に簡単な質疑応答など面接らしきものを行い、私達は来年アカデミーに入学することが確定したのでした。


「他に何か質問等ありますか?」


 ハーバー侯爵の問い掛けで、私は先日コンラート小父様から頂いた書簡のことを思い出しました。


「すいません、これなんですけど」


 私から受け取った書簡を見たハーバー侯爵の表情が一転しました。


「こ、これをどこから?」

「然る御方から頂いたものなのですが」

「これはアカデミーの図書館地下にある禁書の閲覧許可証です。噂には聞いていましたが私も始めて見ました」


 ハーバー侯爵は興奮冷めやらぬ表情で書簡にもう一度目を通されました。


「確かに承りました。お二方の学生証に追加致しましょう。ああ、既に冒険者カードを所持されていらっしゃいましたね」


 私達が冒険者カードを渡すと、ハーバー侯爵はそこに記載されている内容を見てほうと一言呟くと、アカデミーの学生証及び禁書閲覧許可を記録されました。

 各ギルドで発行されるカードは個人の証明証でもあるので、一人で何枚も所持することは出来ません。

 アカデミーの学生証も同様で、このように内容が追加登録されていくのです。


「教材等は王都にある指定の店でこの学生証を提示して購入して下さい。費用はアカデミーが負担致します」


 私達の手に戻ってきた冒険者カードにはアカデミーの学生証が追加されていました。


 各種手続きは全て終わり、ハーバー侯爵は腰を上げられました。


「殿下の件は一部の方にしかお話しておりません。他言無用に願います」


 そう言い残して、王都へと戻って行かれたのでした。


        ◇        ◇        ◇


「あれで良かったのかい?」


 師匠はふうと大きく息を吐いて、こちらに視線を向けられました。

 私達は顔を見合わせます。


「特に行動を制限された訳ではないですし」

「そうだね、裁量は各自に任されてるのならそれほど不自由はないと思います」


 答えた私達をお母様が後ろから抱き締めて下さいます。


「貴方達がそれで良いなら構わないわ。でも何かあったら必ず相談するのよ」

「「はい」」


 こうして翌日から私達は、アカデミー入学のための準備に奔走することになったのでした。

 準備と言っても、教材等は王都の指定のお店で購入するだけです。

 大変なのは各方面へのご挨拶回りでした。


 アカデミーへは王都のマイスナー家別宅から通うことになるので、まずは今までお世話になったリントベルク伯爵家へのご挨拶。

 ダインさんは私達の頭をわしゃわしゃと撫でながら、頑張って来いとエールを送って下さいました。


「お休みになったら是非遊びにいらっしゃい。アカデミーでのお話も聞かせてね」


 エーファ様は私達の手を取り、約束よと微笑まれたのでした。


 続いて向かったのはリントベルクの冒険者ギルド。


「どうせ休日はこっちに来るんだろう。大して変わらねえさ」


 ヴェルナーさんは、私達の背中をばしばしと叩き、コリンナさんは寂しくなるねと私達を抱き締めて下さいました。


「模擬戦はどうしようか?」


 ヴォルフさんの一言で皆が固まったのは言うまでもありません。

 結局入学までの半年間で模擬戦用のゴーレムを作ることになったのです。


「そうか、ニナもアカデミーに通う歳になったか」


 グレゴールさんは、ニナの頭をぽんぽんと叩きながら笑みを浮かべていらっしゃいました。


「武器は定期的にメンテナンスに持ってくるんじゃぞ」


 別れ際にはしっかり釘を刺されてしまいましたが。


 そして最後が最も大変でした。


『ちょくちょく会いに来るという話ではなかったかの?』


 ルイドお爺ちゃんは聞く耳を持たんとそっぽを向いてしまわれました。

 ニナが園芸の話を振ったりして、なんとか少しだけ機嫌を戻して下さったのですが、私を見るとぷいと顔を背けてしまわれます。

 終始そんな調子だったのですが、帰り際になって、


『土産話をたっぷり持ち帰って来たら少しは聞いてやらんでもないがの』


 そう呟かれたのでした。


 こうして季節は瞬く間に過ぎ、私達は王都の別宅に居を移し、アカデミーに通うことになったのでした。


次回予告:「第五十三話 級友」

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