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晶の標  作者:
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第五十一話 推薦

 マイスナー村、領主館の広間。

 そこは今とんでもないことになっていました。

 ひょっとしたら……位の予想はしていたかもしれません。

 しかしいざ現実になってみると、その場に居合わせるのはとても勇気のいることだと思います。

 使用人の誰もがこの部屋に入ることを拒絶したため、結局給仕はクレアが担当することになったのですから。

 きっかけはもちろんティンクの成長でした。

 そこに先日の遺跡での話しが加わった結果、本日、ここに始祖竜の皆様が勢揃いするという事態になったのです。


『なんであんたまで来てるのさ』

『いやん、ローザちゃんたら、私だけ除け者にするなんて酷いわ』


 ローザ様は一番苦手な水の御方――マルゴット様――がいらっしゃってるので、一層憮然とした顔をなさっています。


 事の始まりは光のお婆様が成長したティンクに会いたいと仰ったこと。

 ついでに遺跡の件の話も聞きたいねという話になり、それなら我々もとマックス小父様とコンラート小父様が名乗りを上げられ、一人だけ除け者は嫌よとマルゴット様が付いていらっしゃったのです。


 始祖竜の皆様がいらっしゃったということで、お母様は急遽師匠とアレク兄様を呼び戻され、広間で始祖竜の皆様七名とマイスナー家五名に給仕のクレアを含めた十三名が歓談することになったのでした。

 師匠とお兄様の顔が若干引きつっているのは見なかったことにしましょう。


『正直、三年でここまで来るとは思わなかったわね』


 光のお婆様は感心したように抱っこしたティンクの頭を撫でています。


『これが先代の技術ですか』

『なるほど、二種類の魔力変換装置を内臓しているんですね』


 一方、マックス小父様とコンラート小父様はクレアの出来に興味深々のようです。

 いろいろと質問をしたりされています。


「あの、マックス小父様、クレアはその……」


 本来なら、クレアの主はマックス小父様のはずです。

 しかし、マックス小父様はふるふると首を横に振られました。


『嫌、これは先代の意志だからね。君達が受け継ぐへきものだよ』

『そうそう、必要ならば自分で作るだろう』


 横からコンラート小父様がちゃちゃを入れると、マックス小父様は少しだけ渋い顔をされました。


『私は興味がなかったから作らなかっただけなんだよ。誤解しないでもらいたいね』

『ほほう、それでは私の手助けは必要ないと?』


 意外と気の合うお二人かと思いきや、こちらも反発されているのでしょうか。

 そんなこんなで時間は過ぎていきました。


『そうそう、忘れるところだった』


 そろそろお開きという頃になって、コンラート小父様が私達に書簡を差し出されました。


「これは?」

『アカデミーの図書館地下にある禁書閲覧許可証だよ。ティンクの進化お祝いさ』


 なんでもコンラート小父様はアカデミーの図書館に地下室を設け、蔵書を提供しているのだとか。

 それらは内容もさることながら、先史古代語で記されているものも多く、大半が閲覧禁止書となっているのだそうです。


『君達もアカデミーに入学するのだろう? 丁度良いと思ってね』


 コンラート小父様はウィンクして館を後にされました。


『地竜の蔵書は知識の宝庫だからね。この娘の成長にも役立つだろうさ』


 ずっと抱きかかえていたティンクを私に返し、光のお婆様も月へと戻っていかれます。


『いつでもクレアを連れて遊びに来たまえ』


 まだクレアのお話を聞きたいのでしょう。

 マックス小父様はご自分の浮城の位置をこっそり教えて下さいました。


『あまり私の眷属を苛めないでね。あれでも一応役割があるんだから』


 私達の頭を優しく撫でて、マルゴット様が最後に館を去られました。


 ふうと師匠が大きな溜息を漏らされます。


「漸く一息つけるね」


 アレク兄様の一言が私達の心情を代返していました。


        ◇        ◇        ◇


「アカデミーの件だけど、君達二人に推薦の打診があったよ」


 応接間に部屋を移して一息ついた私達に、アレク兄様がアカデミーからお話があったことを伝えられました。

 アカデミーでは将来有望な生徒に入学してもらうため、毎年推薦入学者を選出しているのだそうです。

 実際は貴族の建前もあり、毎年十歳になる貴族の子供全員に推薦入学の打診はあるのだとか。

 先日の魔道具復旧の件から、こうなることは予想していましたので、とうとうきたかといったところでしょう。


「父様と母様の都合の良い日時を知らせて欲しいそうだよ」

「それなら、明日か明後日が都合がいいかな」


 師匠とお母様が頷き、私達の都合を確認されます。

 遺跡探索権を賭けた模擬戦もヴォルフさんが事前審査を設けて下さったので、依頼があったときだけになり、明日、明後日はその予定もありません。

 結局、話は早い方が良いだろうということになり、明日お話を聞くことになりました。


 翌日、緊張した面持ちでマイスナー家を訪れたのは、なんとアカデミーの理事長であるライムント・ハーバー侯爵その人でした。

 まだ三十台の後半という若さで侯爵家を継ぎ、転移魔法陣普及後は魔法ギルドの体制を一新し、国王の信任も厚いといわれている方です。


「先日はご協力頂きありがとうございました」


 簡単に挨拶を済ませた後、ハーバー侯爵はいきなりそう切り出されました。


「あの件はハイネマン教授のご尽力によるものと伺っております」


 師匠が暗にその件はうちとは無関係ですと告げると、ハーバー侯爵はそれ以上の追及をなさいませんでした。

 すっと頭を下げられたのです。


「では謝罪をさせて下さい。そちらの事情をお察し出来なくて申し訳ない」


 これには私達の方がびっくりしました。


「お止め下さい。侯爵様が頭をお下げになるなど畏れ多い」

「ではお許し願えますか?」


 師匠が慌てて止めに入ったので、ハーバー侯爵は頭を上げ、逆に問い掛けて来られます。


「許すも許さないも私達には元々謝罪される云われなどございませんわ」

「では今後とも良好な関係をお願い致したいものです」

「それはこちらとしても願ってもないこと」


 お母様がにっこり微笑んで否定すれば、ハーバー侯爵はこれまでのことは全て水に流しましょうと提案され、お母様も了承の意を示されます。


「この娘達は故あって当家の養女となりましたが、出来る限り心穏やかに育てたいと思っております。その点だけお心に留めて頂ければ、こちらからは申し上げることはございません」

「アカデミーの理事長としてお約束致しましょう。ただ、こちらからも一つだけお願いがあります。お二方の何れかで構いません。魔法科に所属していただきたいのです」


 アカデミーには騎士科、魔法科、技能科の三つの科があり、各科毎に必須の科目はありますが、それ以外の履修科目は自由に選択することが出来ます。

 そのため騎士科に所属していても魔法の科目を多く履修したりすることも可能で、最終的に卒業するに足るだけの単位を獲得すれば何の問題もありません。

 もちろん、騎士科と魔法科が人気なのは言うまでもないことですが。


「それは、ジークフリート殿下にご関係が?」


 アレク兄様の問い掛けにハーバー侯爵は渋い顔で頷かれました。

 第四王子ジークフリート殿下も来年アカデミーに入学されるのだそうです。

 何やら厄介事の予感がしてなりません。

 でも昨日パンフレットで技能科の園芸科目に興味を示していたニナを見ている私としては、ここは一肌脱ぐしかないでしょう。

 いつも姉として矢面に立っているニナに妹として報いたいという気持ちもあります。

 魔道具製作とかには少し興味があったけど、それは魔法科でも受講出来そうですから問題ありません。

 なので、皆が押し黙る中、私は口にしていました。


「私が魔法科に所属します」


次回予告:「第五十二話 準備」

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