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晶の標  作者:
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第五十話 変化

 マイスナー村へ転移した私達は、早速お母様の下へと向かいました。

 丁度ローザ様とお茶の最中だったので、お二人に遺跡で体験した事を話し、クレアから渡された手紙を見せます。


『それは先代の風の御方だろうね。ゴーレム製作に凝っていらしたそうだから』


 手紙を読み終えたローザ様はクレアをしげしげと見つめながら答えて下さいました。


「それにしても精巧に出来てるわね」


 クレアと握手して肌の感触を確かめたお母様が感心したようにため息を漏らします。

 それもそのはず、クレアは見た目十代後半の少女型で、所作や話し方等は人族と全く変わりがないのです。

 精巧なアンドロイドと言っても過言ではないでしょう。


「事情は判ったわ。それじゃあ貴方達専属の侍女ということにしましょう」

「「はい」」


 私達の意志を確認したお母様は、マルティナさんを呼び、クレアを紹介しました。

 屋敷内のあれこれを説明するため、マルティナさんがクレアを連れて行くのを見送った私達はほっと一息つきます。

 ……とそこへ通信魔道具の着信音が鳴り響きました。


「あ、ヴェルナーさん達と合流しないと」


 ローザ様とお母様の呆れた視線を背に私達は急いで遺跡へ舞い戻ったのでした。


 遺跡の近くへ転移し、そこから広場まで走って行くと、捜索は既に終了したのか、撤収作業の最中でした。

 ヴォルフさんの指示で一旦全員リントベルクへ引き上げるらしく、準備の出来た馬車から次々と出立していきます。

 私達もヴェルナーさん達に合流して最後の馬車に乗り込み、広場を後にしたのでした。


 馬車に揺られること四時間程。

 リントベルクへ到着した時はもう日もとっぷりと暮れていました。

 皆疲れきっていたので、もろもろの件は翌日に回すことになり、私達も伯爵のお屋敷へ帰り、エーファ様の計らいで軽い食事をした後、直に眠りについたのでした。


 翌日、私達は冒険者ギルドの支部長室に呼び出されていました。

 何故かダインさんも同席されていらっしゃいます。


「新型のゴーレムは兎も角、その不可視のゴーレムというのが厄介ですね」


 事情を聞いたヴォルフさんが口元に手をやって眉間に皺を寄せました。


「あのゴーレムは特殊過ぎだぜ。あれ一体だけなんじゃねえの」

「その根拠はありますか?」

「……」


 ハインツさんが楽観的な意見を出しますが、ヴォルフさんの指摘に口を噤みます。

 実際、私達もあれが何体もいるはずはないと思っているのですが、どう説明したら良いのでしょうか。


「嬢ちゃん達も同じ意見か?」


 そんな私達の様子に気づいたのか、ダインさんが助け舟を出して下さいました。


「はい、実験的にいろんな機能を付加した試作機のように感じました」

「コアとなる魔晶石もあのサイズだとなかなか手に入らないと思います」


 これ幸いと意見を述べますが、それでもヴォルフさんは渋い顔をされたままです。

 支部長として、危険なゴーレムがいる遺跡へ冒険者を派遣してよいものか悩んでいるのでしょう。

 一方のダインさんは私達の表情から口には出せない根拠があると察しているのか、不敵な笑みを浮かべました。


「それじゃあ嬢ちゃん達と模擬戦をして、一本取ったパーティに遺跡へ潜る許可を出すというのはどうだ」

「ふむ」

「ほう、そいつあ面白れえな」

「「……えええ?!」」


 ダインさんの爆弾発言に私達は驚きの声を上げました。

 しかし、ヴォルフさんが興味を示したことで、全ては決まってしまったのです。

 あれよあれよという間に細かい詰めが行われ、大人達がこちらに視線を向けた時には有無を言わせない状況になっていました。

 こうして私達は毎日午前と午後に一戦づつ、模擬戦を行うことになったのでした。


        ◇        ◇        ◇


『お嬢様方、おはようございます』


 カーテンが引かれ、朝日が部屋の中に差し込んできました。

 クレアが心地よい声で起きるよう囁いてきます。


 模擬戦の相手を務める上で、私達はマイスナー村への里帰りを条件として提示しました。

 疲れを癒す温泉もあるし、何より夜くらいはのんびり過ごしたかったからです。

 それにクレアともいろいろお話したかったですし。


 クレアの話に寄れば、やはりエアーゴーレムはあれ一体きりでした。

 私達が過去にタイムスリップする原因となったので、歴史の辻褄を合わせるために先代の風竜さんと晶竜さんが共同製作したのだとか。

 しかし、実際に出来上がったゴーレムの性能を見て、本当に大丈夫か心配されていたそうです。

 確かにあの性能は異常です。

 でも戦闘中はそんなこと考える余裕なんてないですものね。

 つい先日のことを思い出しながら微睡んでいると、お布団がばさっと引き剥がされます。


『早く起きて……』


 珍しくクレアが言い淀んだので、何事かと起き上がろうとしたらがくんと体が引っ張られました。

 ニナが後ろから抱きついているのかと思ったのですが、それとは感触が違います。

 恐る恐る後ろを振り返ってみると、そこには見たこともない幼女が私の腰に手を回して眠っていました。


 この娘は誰?


 縋るようにクレアへ視線を向けると、ふるふると首を左右に振られます。

 何れにせよこうがっちりと抱き付かれていては、身動きがとれません。

 なんとか腰に回された手を外そうと試みましたが、逆にぎゅっと力を込められてしまいました。

 これはもう諦めて、この娘が目覚めるのを待つしかなさそうです。

 それにしてもどこかで見たような面影があります。

 やがて朝日を感じたのか、ううんという声と共に閉じられていた瞳がぱちっと開き、くりくりっとした団栗眼が私を捕らえました。


「おはよう、コユキちゃん」


 にっこり微笑むその表情はもう間違えようがありません。


「ティンク……」

「うん」


 ティンクは満面の笑みで私の胸に飛び込んで来ました。

 人化の術が使えるようになったということは成長したのかな。

 おめでとうってぎゅっと抱き締めてあげると、くすぐったそうに身をよじります。

 妹が出来たみたいで可愛いなあってすりすりしてたら、漸く目が覚めたのか、ニナから声が掛かりました。


「コユキちゃん、どうし……」


 その声が途切れました。

 どうやら再び思考停止に陥ったようです。

 うん、判るよ、私もびっくりしたから。


『ティンク様、少女体への成長、心よりお喜び申し上げます』

「ありがとう、クレア」


 深くお辞儀して述べられたお祝いの言葉に、ティンクは私に抱っこされたまま笑顔で答えました。


『それでは、私は奥様にお知らせして参ります』

「うん、よろしくね」


 お辞儀して部屋を出て行くクレアを見送って、私はティンクの頭を優しく撫でてあげました。

 これからまた一悶着ありそうですが、今は考えない方がいいでしょう。

 何はともあれ、成長おめでとう、ティンク。


次回予告:「第五十一話 推薦」

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