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晶の標  作者:
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第四十九話 手紙

 光が消失し、空間の歪みがもとどおりになったことを確認してテラスへ戻ると、昨日急遽呼びつけた友人が優雅にお茶を飲んでいた。

 その正面に腰を下ろすと、メイドがお茶を入れてくれる。


「あれで良かったのか?」

「上出来でしょう」


 問い掛けにもちろんと答えれば、友人はそんなものかと呟いて庭へと視線を向けた。

 愛おしげに見つめるのはあの娘達が消えた庭の一画。

 何とかの見地から会わない方がいいと自ら言っておきながら、未練はあるようだ。

 この程度で変わるものでもないと思うのだが……。


「君は細かいからね」

「お前が大雑把過ぎるんだ」

「そうだね。ついでに言えば好奇心旺盛だ」

「褒めたつもりはないんだが」


 えっへんと胸を張れば、渋い表情を浮かべる。

 こういった遣り取りも楽しいが、今はもっとわくわくすることができた。


「もちろん、手伝ってくれるんだろう?」

「造らん訳にはいかんだろうからな」


 あの娘達のためにもちゃんと種を撒いてやらないとね。

 とりあえず、何から始めようか。

 思案していると、テーブルの上に紙とペンが用意されている。

 そうだね、まずはそこから片付けようか……。


        ◇        ◇        ◇


 私達を包んでいた光が急速に弱まっていきました。

 鳥の囀りや葉擦れの音が耳に届いてきます。

 ゆっくりと目を開くと、そこには先ほどまでとは別の光景が広がっていました。

 生い茂った樹木の隙間から覗く高い空、伸び放題の草、風化した壁に纏わり付く蔦。

 あの場所を見ていなかったら気づかなかったかもしれません。

 年月が経過し、あちこち様変わりしていますが、ここは間違いなく浮城のテラスだった場所です。


 私達が感慨深げに辺りを見回していると、目の前の空間が揺らぎ、何かが転移してきました。

 とっさに身構えたけれど、その姿を見てほっと息をつきます。

 それは白亜の城で私達のお世話をして下さったメイドさんだったのです。


『お久しぶりです。お嬢様方』


 彼女は優雅にお辞儀をすると、私達に封書を差し出してきました。


「これは?」

『主からのお手紙でございます』


 受け取ったニナはそこに書かれている文字を見て苦笑いし、こちらに渡してきます。

 ああ、古代語文字はまだ勉強中だったね。


「なんて書いてあるの?」


 私はニナのリクエストに答え、声に出して手紙の内容を読み上げました。


        ◇        ◇        ◇


”マイスナーの双子姫へ。


 この手紙が無事君達の手に渡っているならば、事は私達の思惑通りに進んだのだろう。

 そろそろ気づいているかもしれないが、君達は時間を遡り、私の前に現れたんだ。

 もちろん、君達が晶と闇の仮親だということも直に判った。

 この先、私達は面白いことを始めるみたいだね。

 尤もその先人となるは私のようだけど……。


 君達が私に見せてくれた魔法陣。

 詳しくは説明はしなかったけれど、あれはトラップ型の時空転移魔法陣なんだ。

 エアーゴーレムのコアが破損するような事態になったとき、発動するように仕組まれていたようだね。

 こう表現するのもおかしなものだけど、私達は今からそれを準備するんだよ。

 しかし、まあ良い退屈しのぎにはなる。

 君達には迷惑な話かもしれないが、長い刻を生きるのは退屈との戦いなのだよ。


 そうそう、晶の奴が君達にお礼を言っていた。

 魔素変異のことは気になっていたらしいけど、どう対処すべきか悩んでいたようだね。

 君達の話を聞いて、クリスタルゴーレムの作成を始めるそうだ。

 答えを教えてもらって其の通りに準備するのもどうかとも思うけど、そうしないと時間軸に乱れが生じるから仕方ないか。

 もちろん私は関知しないよ。

 こういった件は彼が専門だからね。


 さて、そろそろ晶の奴が騒ぎ出す頃だから、この辺で終わることにしよう。

 君達と過ごした時間はなかなか有意義だったよ。

 今後の楽しみも出来たしね。

 お礼と言っては何だが、目の前にいるその娘を君達に委ねるよ。

 晶と私が造った中では最高の一品さ。

 可愛がってあげてくれ。

 それじゃあね。

 ――ヴィン――”


        ◇        ◇        ◇


 手紙を読み終えると、私はふぅとため息をついて、その場に座り込みました。

 ニナも事情が判って、あははと乾いた笑いを浮かべています。

 そんな私達を首を傾げて見守るメイドさん。

 そういえば、この娘を委ねるとか書いてあったような。


「えっと、お名前とかあります?」

『お嬢様方にお付け頂くことになっています。それで譲渡が完了致します』


 ニナにどうしようか相談しようとしたら、にっこり微笑んで「コユキちゃんにお任せ」と言われてしまいました。

 もう、こういう時は私に振って来るんだから。


「そうだね、クレア……でどうかな?」

『素敵な名前をありがとうございます。今後ともどうぞよろしくお願い致します』


 一仕事終わってほっとしていると、通信魔道具が着信を告げてきました。

 今度はニナの番だよと視線を向けると、こくりと頷いて応答します。


『ニナ、コユキ、どこにいるの?! 無事? 怪我とかしてない?』


 叫ぶようなコリンナさんの声が通信魔道具から響いてきました。

 そんなに大声で話さなくてもちゃんと聞こえてますって。


『コリンナさん、ニナです。私達は無事です。えっとここは……』


 ニナが視線を向けて来たので、私はささっと空間探知を行いました。

 浮城のテラスだったところからある程度予測はついていましたが、ここは遺跡中央区画の中心部のようです。


『中央区画の中心部付近みたいです』

『なんてそんなところにいるのよ?!』

『エアーゴーレムの崩壊に巻き込まれて転移させられたみたいで、気がついたらここにいました』


 ニナが口元に人差し指をあてて、私にウィンクしてきました。

 口裏を合わせるのね、了解だよ。

 そこでふと気になってクレアを見ると、こくりと頷きます。

 あれでちゃんと理解出来るんだね。

 さすが始祖竜様の最高級品。


『そちらは皆大丈夫ですか?』

『こっちはさっき遺跡から出てきたところ。旦那も無事だよ』

『良かった』

『そっちも早く戻ってきなさい』

『はい』


 私がクレアの性能に感心している間に、ニナとコリンナさんは双方の状況の遣り取りをしています。

 ヴェルナーさんも無事だったみたいでなによりですね。


「ところで、クレアはどうするの?」


 通信を終えたニナが私に問い掛けてきました。

 このまま遺跡の入り口に戻ったら、いろいろと大変なことになりそうです。


「一度マイスナー村へ寄ってからかな?」

「そうだね」


 私達はテラスに向かって一礼すると、マイスナー村へと転移したのでした。


次回予告:「第五十話 変化」

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