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晶の標  作者:
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第四話 魔法

「師匠、ちょっとここを触って見て下さい」


 私が指差している空中を見て、師匠がちょっと首を傾げます。

 もちろんそこには何もありません。

 しかし、師匠は何かを悟ったのか手を伸ばしました。

 触ったり、軽く叩いたりして感触を確かめています。


「コユキ、これは?」

「昨日、ダインさんの最後の一撃をかわせた理由……です」


 あのとき起こったことを簡単に説明すると、師匠は暫く考えていましたが、やがて一つの解答を口にしました。


「話を聞く限りだと、これは障壁ヒンダーニスの魔法の一種ということになるね」

障壁ヒンダーニスの魔法に種類があるんですか?」

「詳しくは判らないけど、少なくとも私が使っている障壁ヒンダーニスの魔法とは別物のようだ」


 師匠が実際に障壁ヒンダーニスの魔法を唱えて下さったのですが、見た目からして全然違うものでした。

 その後、詠唱や魔法陣について私が疑問に思ってたことを質問をしたり、それについて師匠が詳細な解説したりと座学の時間になってしまいました。


 内容を掻い摘んで言うと、魔法とは魔力を源として望む事象を発生させること。

 詠唱とは魔法発動手法の一つであり、現在広く普及しているのは多くの魔法に適用できる汎用性の高さと魔法の才があれば誰でも使える利便性の高さがあったからと言われていること。

 その為、昔はあった他の手法の殆どが伝える者がいなくなり失われていること。

 詠唱等の手法により魔法陣が形成され、魔法陣が完成すると後はそこに魔力を流せば魔法が発動すること等々。


「恐らくだけど、これはコユキ固有の魔法じゃないかな。いろいろと試してごらん。但し人前では使わないようにすること。いいね?」

「はい」

「じゃあ、今日の講義はここまで」

「ありがとうございました」


        ◇        ◇        ◇


 翌日。

 朝の鍛錬を終えると朝食もそこそこに自分の魔法について調べ始めました。

 一時は適正無しと諦めていたものが、不意に使えるようになったのです。

 夢中にならないはずがありません。


 まずは形や大きさを変えることができるか試してみます。

 平面は無理ですが、立体ならどんな形でも問題なさそうです。

 大きさについては、部屋の中でやってるので、大きくても机位の大きさまでにしています。


 どれ位の数作れるか。

 十個位は余裕で作れたのですが、意識してないと消えちゃって数えられません。

 仕方ないので意識しなくても魔力が供給されるようにイメージして作成してたら、部屋一杯になっちゃいました。


「コユキ様、きゃん」

「コユキ、あたっ」


 ……えっと、師匠やリズさんにも見えるように色をつけておくことにしましょう。

 あ、ぶつかっても痛くないように柔らかくできるかも試してみます。

 触ってみると、ふにゃって形が変わったけど、手を離すと元の形に戻りました。

 どうやらうまくいったみたいです。


 あれ、二つの効果を同時に与えることも出来るの?

 それじゃあ次はどれ位の効果を重ねられるか調べてみましょう。

 色をつけて、柔らかくして、次は……少し温度を下げてみます。

 さっと同じように触ってみると、冷たいゼリーのように少しひんやりとした感じがしました。

 後は……そうですね、動かせるのかな?


 ドンッ!!!


 鈍い音がして扉が少し凹みました。

 ……汗。


 トントンと扉をノックする音がします。

 恐る恐る扉を開けると、心配そうな師匠とリズさんの姿がありました。


「コユキ、今の音は?」

「ごめんなさい」


 扉を大きく開いてここまでの成果と事情を説明すると、師匠は私の頭を優しく撫でてくれました。


「怪我がなくて良かった。でもそろそろ外でやった方が良さそうだね」

「はい」


        ◇        ◇        ◇


 お庭に移動して、続きを始めました。

 後ろで師匠とリズさんが心配そうに見学しています。


 青白い色をつけて、柔らかくして、中の温度を下げ、それを歩く程度のスピードで左右に動かしてみます。

 柔らかくしてるので、空気抵抗で形がふにゃふにゃと変わります。

 「ひっ」と声を上げたのはリズさんでしょうか。

 驚くのも判ります。

 これで炎がついてれば人魂ですものね。


 そうそう、障壁ヒンダーニスの魔法なら強度も調べないとですね。


「師匠、攻撃魔法を撃ってもらえますか?」

「いいよ」


 意図を察してくれたのか師匠の足元に魔法陣が展開されました。

 複雑な呪文の詠唱を行わずに、力ある言葉だけで魔法の発動を可能とする《高速詠唱》の魔法陣。

 その恩恵を受けられる魔法は個人の力量により左右されますが、魔術師として大成するためには必須の技能、それが《高速詠唱》です。


 私はふらふら揺れてる人魂もどきを丸盾のような形に変え、硬くしました。


魔力弾マギパトローネ


 師匠の周りに魔力の弾が十数個現れ、それが一斉に撃ち出されます。

 たて続けに丸盾の表面でスパークが起こり、直後にその後方で二、三個の土煙が上がりました。


「うん、まあまあの強度だね」


 唖然とする私に、師匠がちょっと満足げに評価を下します。

 い、今全力でやりましたね。

 非難の目を向けると、ふふんと得意げな表情を浮かべています。


「もう一度お願いします」

「いいよ」


 そう言って、師匠は再び《高速詠唱》の魔法陣を展開されました。

 その表情から、今度はもっと強力な攻撃魔法を使うつもりです。

 大人気ないんだから。


 それはそうと、こちらも対策を考えなければ。

 さっきは硬くしようと念じましたが、冷静になって考えてみれば、力に力で対抗するのは得策ではありません。

 じゃあ受け流す感じに……いや、これもだめです。

 師匠が今唱えてる攻撃魔法が逸れたら周囲が大変なことになります。

 受けるのもだめ、逸らすのもだめ……そうだ!!

 出来るかどうか判らないけど、やってみましょう。

 考えた新しい盾をイメージして魔力を送ります。

 先ほどあった場所に、同じような丸盾が出現しました。


魔力砲マギカノーネ


 既に呪文の詠唱を終えて待っていた師匠が、発動のキーワードを発すると、先ほどより数倍大きな魔力の弾が五個ほど出現し、それが一斉に撃ち出されました。

 盾の表面で次々とスパークが発生します。

 最後の光が消えると、盾は何事もなかったかのようにそこに残っていました。


「まいったな。どうやったんだい?」


 結果に暫し呆然としていた師匠でしたが、気を取り直して質問してきました。


「受け止めるのも逸らすのもだめだと思ったので、吸収しちゃいました」

「吸収? 無効化されたのかと思ったけど、更に先をいったのか。因みに無効化を選択しなかったのは?」

「無効化するために魔力を使うのはもったいないじゃないですか」


 師匠は私の頭を撫でながら、「さすが僕の弟子だね」と微笑んだのでした。

 その笑顔に少し苦笑が混じってたのは何故なんでしょうね?


        ◇        ◇        ◇


「しかし、良く吸収の手段を思いついたね」

「魔力を魔法に変換することが出来るなら、逆も可能かなと思って」

「なるほどね。それじゃあ一つ宿題を出そう」

「宿題……ですか?」

「うん、今の盾は魔法に対しては有効だけど、物理攻撃に対してはどうかな? その対策を考えてごらん」

「はい、わかりました」


 少し休憩しましょうということになり、私達が家の中に入っていくと、先ほどから姿を消していたリズさんがこちらに駆けてきました。


「旦那様!!」

「どうしたんだい?」

「あの、お客様が……」

「今時分に誰だろう?」

「……」


 リズさんにしては歯切れの悪い受け答えです。

 しかも何故か私の方をちらちらと見ています。


「リズ?」

「あ、はい、お客様がコユキ様にお会いしたいと……」

「えっ、コユキに?」


 二人の目が私に注がれています。

 一方の私は事態に付いていけず、


「えっ、私?」


 と自分を指差していました。


次回予告:「第五話 訪問者」

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