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晶の標  作者:
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第四十七話 邂逅

「ぐあっ!!」


 ヴェルナーさんが突如襲った痛みに呻き声を上げました。

 指示を出すため体を捻っていたのが幸いし、切り裂かれた傷は致命傷にはなっていません。

 しかし深手であることは流れ出る血を見れば明らかでした。


「ヴェルナーさんをお願いします」

「任せろ」

「旦那」


 テオさんとハインツさんがヴェルナーさんを手近な部屋へと連れて行きました。

 コリンナさんがそれに寄り添いながら、治癒ベサルングの魔法を掛けています。


「コユキちゃん」

「ニナ」


 目で合図を交わし、私達はそこにいる何かに向かっていきました。


 ゴーレムは素材とそれを制御するコアから成っていて、素材となる物質により、それぞれ名前が付けられています。

 土を素材としたものはマッドゴーレム、木を素材としたものはウッドゴーレム、岩を素材としたものはロックゴーレムといったように。

 では空気を素材としたものは……エアーゴーレムとでも言えばいいのでしょうか。


 制御コアに透明ドルシュジィテクの魔法が掛けられているのか、恐らく目の前にいるそれは、少し不自然な風が舞っているようにしか見えません。

 魔力を感知出来る私達から見ても、空中に玉子大の制御コアらしきものが浮いている位しか判らないのです。

 しかも、一瞬でヴェルナーさんに傷を負わせた風の刃の威力からして、その能力は到底侮れるものではありません。


 私達はアイコンタクトでタイミングを計り、連携を駆使して制御コアを破壊すべく立ち回りました。

 しかし、制御コアを切断したと思ったニナの剣がきぃんと音を立てて弾かれ、直後に突き入れた私のロッドも盾のようなものに阻まれてしまったのです。


シールズの魔法も使えるの?!」


 ニナの呟きに私も驚きを隠せませんでした。

 エアーゴーレムというだけでもとんでもないのに、素早い動き、風刃ヴィンドラントの魔法、制御コアに透明ドルシュジィテクの魔法とシールズの魔法まで掛けてあるとか、どれだけハイスペックなんですか。

 こうなったら魔法で直接コアを叩くしかなさそうです。

 ニナに合図を送ると、こくりと頷いて拾い上げた剣を構え、牽制に入ってくれました。


『空間生成、制御、コアにフィット……えっ?!』


 空間を生成し、制御コアにフィットさせようとすると、生成した空間が突然消滅しました。

 まさかと思い、再度試してみますが、やはりフィットさせようとすると空間が消滅してしまいます。

 これってひょっとしなくても魔消マギ・ヴァシュビィンデンの魔法?


「コユキちゃん!!」


 一瞬棒立ちになった私を庇うようにニナが剣を振るいました。

 風刃ヴィンドラントの魔法が弾かれて私を掠め、後方に飛んで行きます。

 大丈夫だよ、私達の周りの空間は物理無効に魔法吸収の制御を行っているから。

 ………………それだ!!


「ニナ、新型のゴーレム、どう思った?」


 突然の問いにニナは首を傾げたけれど、直に一つの答えを返してきました。


「コユキちゃん相手に戦ってるみたいだった……」


 やっぱり、ニナも私と同じような感じを抱いていました。

 理由は判らないけれど、どうやら新型ゴーレムには私達の動きが取り入れられているようです。

 今目の前にいるエアーゴーレムにしても、制御コアに透明ドルシュジィテクの魔法とシールズの魔法が掛けられていて、更には魔法消滅マギ・ヴァシュビィンデンの魔法、いえ、恐らくは魔法吸収マギ・アプソプティオンの魔法を使っています。

 ならば、それなりの遣り方で対処するまで。


「ニナ、アレで行こう……但し全力で」

「…………うん、判った」


 ニナは暫く考えていましたが、何か私に考えがあると思ったのでしょう。

 笑みを浮かべて頷きました。


『ティンク手伝って、多重空間生成、空間内に制御コアを捉え続けるよ』

『了解』


 私は制御コアを包み込むように少し大きめの空間を重ねて生成し続けました。

 制御コアが空間に接触する度に内側の空間が次々と消滅していきます。

 しかし、エアーゴーレムの動きを止めることには成功しました。


「ニナ、今よ」

極闇炎メフィティグステ・イリガーレ・フラム!!』


 多重空間にニナの魔法が叩き込まれました。


 魔法消滅マギ・ヴァシュビィンデンの魔法、魔法吸収マギ・アプソプティオンの魔法、何れにしても弱点はあります。

 魔法消滅マギ・ヴァシュビィンデンの魔法は、対抗する魔法を相殺するために同等の魔力が必要になりますし、魔法吸収マギ・アプソプティオンの魔法には吸収した魔法を魔力に変換する処理能力に限界があります。

 つまり、私達が全力で放つ魔法を消滅、或いは吸収するには、それだけの魔力、或いは魔法を魔力に変換する処理能力が必要になるということです。

 エアーゴーレムの制御コアには玉子大の魔晶石が使われていますが、ただでさえハイスペックの機能を盛り込んでいる上、私の空間を消滅させるためにその能力の大半を使用しているはず。

 ニナの魔法に対処するだけの力はもう残っていないでしょう。


 エアーゴーレムの制御コアにぴしっとひびが入りました。

 そこからあふれ出した光は徐々に強さを増すと共に、空中に奇妙な文様を描いていきます。

 それがどこかで見たことのある魔法陣だと気づいた時には既に遅く、私達は光の渦に飲み込まれてしまっていました。


        ◇        ◇        ◇


 心地よい風が頬を撫でて行きます。


「ここは?」


 気がついて辺りを見回すと、そこはどこかの草原のようでした。

 雲が直近くを流れていくので、高原なのかもしれません。

 エアーゴーレムの制御コアが最後に描いた魔法陣によって、どこかに転移させられたのでしょう。

 でもあの魔法陣はただの転移魔法陣ではなかったと思います。

 しかし、私の思考はニナの叫び声に遮られてしまいました。


「コユキちゃん、通信魔道具が使えない」

「うそ?!」


 私も自分の通信魔道具を操作してみましたが、まるで反応がありません。

 コンラート小父様の解説では通信魔道具間の距離は関係なかったはずです。

 それが使えないということは、私達がいた星ではないのかもしれません。

 まさか異世界……いやそれはないとは思いますが。


『ティンク、ここがどこだか判る?』

『う~ん、お空の上?』


 ニナもヨミに確認していたのか、私と顔を見合わせました。

 ここがお空の上ってどういうことでしょう。


「珍しいね、私の城にお客様とは……」


 突然後ろから掛けられた声に私達はびくっとして飛び上がりました。

 振り返ると、そこに青白いローブを着た人が立っています。

 中性的な顔立ちをなさっているので、一見しただけでは男性か女性か区別が付きません。

 やや青みがかった銀髪は背中まで伸び、やや切れ長の目には濃い碧色の瞳。

 それが興味深そうに私達を見下ろしていました。


「お城?」


 ニナが周りを見回して問い掛けます。

 その方がああと頷いて指をパチンと鳴らすと、今まで草原だった所からベールを剥ぐようにして白亜の城が姿を現しました。

 かなり高度な幻影の魔法のようです。

 驚く私達に、その人は大仰なお辞儀をしました。


「ようこそ、我が浮城へ……と言いたいところだけど、その前に、私の結界を破って侵入して来た君達の素性を明かしてもらおうかな」


 にっこりと微笑んでいらっしゃいますが、その目には鋭い光が宿り、私達をしっかりと捕らえていました。


次回予告:「第四十八話 帰還」

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