第四十六話 探索
ずしんと音を立てて最後のオーガが倒れ伏しました。
「ここも外れか」
ヴェルナーさんが額の汗をぬぐいながらふぅと息をつきます。
「こことここ、それにここもクリア。この階は全て確認出来たわね」
「やっと上層が終了かよ」
地図にチェックを付けていたコリンナさんの呟きに、ハインツさんがやってらんねえぜと床に座り込みます。
夜明け前から始まった捜索は、Bランク以上の冒険者を四つのグループに分け、西区画の東西南北エリアをそれぞれが担当するというやり方で進められていました。
ニナと私はランク外ですが、ヴェルナーさん達の第一グループに所属して、東エリアを担当しています。
こちらは中央区画に最も近く、普段冒険者が立ち入らないこともあって、魔の森から流れてきて住み付いた魔物が数多く生息していました。
そのため、行く先々でこれらの排除を余儀なくされ、結構な時間を費やしていたのです。
「他のグループはもう下層に入ったみたいよ」
各グループ間の通信係になっているコリンナさんによると、北と南のグループがそれぞれ一名づつの行方不明者を発見、回収したとのこと。
救出ではないのが残念ですが、状況から見て逸れた者が生存している可能性は限りなく低いと思われます。
寧ろ発見出来ただけでも重畳でしょう。
「さて、行くか」
ヴェルナーさんが声を掛け、私達は近くの階段から下層へと歩を進めたのでした。
◇ ◇ ◇
下層に入ると、通路や壁が明らかに人工の物へと変わってきました。
隊列は前からヴェルナーさんと私、中央にハインツさんとコリンナさん、殿にテオさんとニナ。
ゴーレムがどこから現れるか判らないため、前後を警戒しなければならないからです。
そして、この隊列を試す機会は直に訪れました。
前後の通路からカツコツという音が徐々に近づいて来ます。
「前後から各一体ずつ来ます」
「テオ、そっちは任せる。ハインツはコリンを守れ」
「……」
「あいよ」
私の報告を受けて、ヴェルナーさんが指示を出し、テオさんとハインツさんが応じます。
ニナは無言で剣に手をかけていました。
私もロッドを構え、前から来るそれに対処します。
カツコツという音は近づくにつれカッカッカと小刻みになり、やがて風を切る音だけが聞こえてきました。
「来るぞ」
ヴェルナーさんが叫んだのとほぼ同時にがしゃっという音が響きます。
辛うじて最初の一撃を剣で防いだヴェルナーさんでしたが、飛び込んで来た威力を逃しきれずに体勢が崩れてしまっています。
そこへ第二撃が振るわれようとしていました。
「させない」
私がロッドを突き入れるのを冷静に見ていたのか、ゴーレムは第二撃を振るうのを止め、後方に飛び退ります。
「なんて速さだ。しかも二刀流かよ」
体勢を立て直したヴェルナーさんがちっと舌打ちします。
初めて見るゴーレムの姿は透明なクリスタルのようなもので出来た人型。
小柄な体形で両手に剣を携えています。
その足元でカッと音がした次の瞬間には私の目の前に剣が迫っていました。
ロッドでそれを受け流しながら第二撃を躱せるように体を入れ替えます。
その動きに反応したのか、ゴーレムはロッドの反動を利用してヴェルナーさんへ向かっていきました。
この動き、どこかで見たことがあるような……。
「なめるなー!!」
しかし、私の思考はヴェルナーさんの雄叫びとがしゃっという音に遮られてしまいました。
一瞬体の影に剣を隠したヴェルナーさんが、裂帛の気合と共にそれを下から振り上げたのです。
その剣速はゴーレムのスピードを上回り、回避する間を与えずに粉砕してしまいました。
やがて後方でもがしゃっという音が響き、珍しくテオさんがふぅと息を吐いています。
私は直に受動探知の魔法を唱えるふりをして、空間探知を行い、近くにゴーレムがいないことを確かめました。
「なるほど、こいつは並みのパーティじゃ太刀打ちできねえな」
「うむ」
呟きながらヴェルナーさんとテオさんは破壊されたゴーレムの残骸からコアとなる魔晶石を回収しています。
やがて小石位のそれを取り出すと、軽く灯りに透かし、私の方へ放って来ました。
「お前さんらの方が詳しいんだろう? 持ってな」
私はこくりと頷くとそれをポーチにしまいました。
◇ ◇ ◇
その後何度かゴーレムの襲撃を退け、階段の近くまで来たところで、受動探知の魔法のふりをした空間探知が階段手前の小部屋に生命反応があるのを捉えました。
ニナと私が警戒し、ヴェルナーさんとテオさんが協力して扉をこじ開けます。
中からひっと言う声が聞こえました。
「無事か? 助けに来たぞ」
「……助かったのか」
ヴェルナーさんが声を掛けると反応がありました。
そこにいたのは三人で、行方不明になっている一つのパーティのメンバーでした。
元は五人パーティだったらしいのですが、あるゴーレムとの戦闘で敗色が濃厚となったところで、前衛の二人が盾になって彼らを逃がしてくれたのだそうです。
しかし、残った三人では身動きがとれず、疲れもあって、この小部屋で息を潜めていたとのこと。
何度か通路をゴーレムが行き来する音が聞こえたそうですが、何故か部屋には侵入して来なかったようです。
「とりあえず無事で良かったわ。皆立てる?」
コリンナさんが三人の状態を確認している隣でヴェルナーは首を傾げていました。
「ここまで来れたってことはあのクリスタルゴーレムには対処出来てたんだよな」
「いや、俺が気配を察知してすぐに近くにある部屋に退避してたんだ。
あいつら部屋の中までは入って来ないみたいだったからな」
「それじゃあ、何故戦闘になった?」
「階段を下りたところで出くわしたんだ。
気配を感じた時にはもう目の前にいたんだよ。
いや、いたかどうかも判らねえ」
話をしているうちにその時のことを思い出してパニックになったのか、男はわなわなと震えだしました。
「話は後にしましょう。早く彼らを上に戻さなきゃ」
「おう、そうだな」
「迎えが下層の入り口まで来てくれるそうっすよ」
「よし、一旦引くぞ。テオとニナ、先導頼む」
「……」
「はい」
来た時と逆の隊列を作り、中央に三人を置いて、私達は通路を戻り始めました。
その時、私の空間探知が急速に接近する魔力反応を捉えました。
「後方から急接近するものあり?!」
慌てたので受動探知の魔法陣を表示するのが一瞬遅れましたが、幸いニナ以外は誰も気づいていないようです。
ロッドを構えながら振り向くと、通路の先には何の姿もありません。
しかし、何かとてつもないものが近づいてくるプレッシャーを感じます。
ヴェルナーさんも同様なのか、ごくりと喉を鳴らしました。
「手近な部屋へ逃げ込め!!」
叫んだヴェルナーさんの傍を何かが駆け抜け、血しぶきが舞い上がりました。
次回予告:「第四十七話 邂逅」




