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晶の標  作者:
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第四十五話 遺跡

 四の月に入り、各地では再び新たな冒険者を見かけるようになりました。

 まだ装備が馴染んでいないのでしょう。

 歩き方を見れば新人か否か直に判ってしまいます。

 そんな彼らの中にも通信魔道具を所持している者をちらほらと見かけました。

 魔法ギルドが精力的に動いた影響もありますが、通信魔道具は各方面で採用されているようです。

 冒険者ギルドではBランク以上の冒険者は所持を義務付けられることになったらしく、いつもの溜まり場でヴェルナーさん達も扱い方を試していらっしゃいました。


「なるほど、パーティ機能ってのは便利だな」

「切り替え間違えて、内緒話をパーティモードで話すお馬鹿がいそうよね」

「何でそこで皆俺を見るんだよ」


 ハインツさんが剥れるのを見て、皆が笑い声を上げました。


「そういや、ニナとコユキはまだ持ってないのか?」

「私達はまだ所持義務はありませんから……」

「そう言う訳にもいかないんですよね」


 ランクを理由に否定しようとしていたニナの言葉を遮るように後ろからミリアムさんの声が割り込んで来ました。

 振り向いた私達に通信魔道具が差し出されます。


「”追加条項、Cランク以下であっても、ギルドの各支部が必要と認めた者は通信魔道具を所持する義務を負う”」


 すらすらと改訂されたギルド規約を読み上げるミリアムさん。

 ギルドの各支部が必要と認めた者って……。


「すみませんねえ、お二人はうちの切り札ですから」


 ミリアムさんの更に後ろには、支部長のヴォルフさんがにこやかな笑みを浮かべて立っていらっしゃいます。


「切り札?」


 私達はお互いに顔を見合わせて苦笑したのでした。


        ◇        ◇        ◇


「遺跡の探索はどんな感じなんですか?」

「まあ、ぼちぼちといったところだ。何せ広いからな」


 遺跡の広さはリントベルクのニ~三十倍はあると言われています。

 その内、探索が進んでいるのが西区画と呼ばれているエリアで、地図も八割方は埋まっているそうです。


「魔物はどんなものが出るんですか?」

「上層は魔の森とあまり変わらねえな。下層に行くほどゴーレムが増えてくる」

「ゴーレムはまだ動いているんですか?」

「魔素変異後はまだ確認されていないのよ。そろそろ報告が上がってくる頃だと思うけど」


 ゴーレムには起動時に一定量の魔力を与えられて動く限定型と魔力を自ら生成可能な自立型が存在します。

 遺跡等の守護をするゴーレムは半永久的に動き続ける必要があるため、大半は自立型です。

 しかし、先日の魔素変異によって自立型のゴーレムは魔力を自ら生成出来なくなって、停止しているはずです。

 最大の障害となっていたゴーレムが動かなくなれば、遺跡探索に大きな進展が見られるでしょう。

 そのため、例年以上に多くの冒険者が遺跡へと出かけているのだそうです。

 コリンナさんが受付の奥に目をやったとき、通信魔道具を操作していたギルド員のイグナーツさんが叫び声を上げました。


「ゴーレムが動いてる?!」


 ホールにざわっと緊張が走りました。

 私達も話すのを止めて、奥から漏れてくる声に聞き耳を立てています。

 やがて通信が終わったのか、イグナーツさんがホールに姿を見せました。


「ヴォルフさん、遺跡に潜っているパーティから連絡がありました。

 遺跡内部に今まで出現していたゴーレムの姿はないそうです。

 しかし、これまで見たこともないようなゴーレムが多数動き回っているとのこと。

 既にいくつかのパーティが探索を断念したようです」

「新型のゴーレムは強いのかな?」

「今までのものと比べて動きが段違いだそうです」


 ヴォルフさんはイグナーツさんの報告を聞いてふむと考え込みました。

 その視線がこちらを向いているのは何故なんでしょうか。


「とりあえず遺跡探索パーティのハードルを上げる必要がありそうですね。

 イグナーツさん、現地にいるCランク以下のパーティは探索を中止するよう指示をお願いします」

「はい」


 イグナーツさんは頷くと直に踵を返しました。

 それを見送ったヴォルフさんは再び私達の方へ視線を戻しました。


「さて……」

「判ってるよ」


 ヴォルフさんの言葉を遮ってヴェルナーさんは立ち上がりました。


「お願いできますか?」

「ああ、迷子探しをすりゃあいいんだろ」


 連絡によれば、新型のゴーレムはかなり強いらしく、ランクの低いパーティでは恐らく太刀打ち出来ないでしょう。

 うまく逃げ切れていれば良いのですが、最悪の場合、散り散りになって動きが取れなくなっている可能性もあります。

 そのため、ヴォルフさんは一刻も早く救助隊を出そうとしているのです。


「……という訳なのですが、お二人も行ってもらえますか?」


 ヴェルナーさん達が準備を始めるのを見ていた私達にヴォルフさんが声を掛けてきました。

 微笑んでいらっしゃいますが、目が笑っていません。

 ”当然行って下さいますよねえ”と脅されてる気分です。

 私達は考える間もなくこくこくと頷いたのでした。


        ◇        ◇        ◇


 臨時の馬車は凄いスピードで遺跡の入り口へと向かっていました。

 がたがたと揺れる車内は何かに掴まっていないと、あちこちに体をぶつけて傷だらけになりそうです。

 慌しく準備を整えた私達が車上の人となって三時間余り。

 漸く遺跡が見えてきた頃にはもう日が西に傾いていました。


 今後村を作る計画もあるらしく、遺跡の入り口付近には柵で囲んだ広めのスペースがあり、簡易ながら小屋がいくつか建てられています。

 速度を落とした馬車はゆっくりとそこへ入って行きました。


 連絡を受けて探索を中止したのでしょう。

 数十人が思い思いの場所で休息をとっています。

 その表情はどれも疲れの色が濃く、言葉を交わす人も殆どいません。

 まるでお通夜のようです。


 とりあえず腰を落ち着ける場所を確保して一息入れていると、こちらに出張ってきているギルド員の人と話していたヴェルナーさんが戻っていらっしゃいました。


「今夜はここで一泊して明日早朝から捜索を開始することになった」

「戻ってきてないパーティは?」

「三パーティだな。それに途中で逸れたものが二名」


 合計で二十人弱です。

 ゴーレムが活動を停止していると思って、軽装備で潜ったパーティも結構いたため、被害が大きくなったとのこと。

 戻って来られたパーティでも負傷者が多数出ていて、治癒ベサルングの魔法を使える人が交代で傷を治しているそうです。


「とりあえず、今はしっかり寝ておけ。明日は早いぞ」


 四の月とはいえ、夜はまだ冷えます。

 私達は簡易テントを設営し、翌日に備えて眠りについたのでした。


次回予告:「第四十六話 探索」

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