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晶の標  作者:
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第四十四話 遠隔

 王都、アカデミー理事長室。

 本来こちらが本職であるライムントは、そこで本日の客を出迎えていた。

 先日の依頼に対する正式な回答を携えてやってきたのは、マイスナー家の総領アレクシスと今や魔法陣研究の第一人者であるオスカー・ハイネマン教授。

 彼らの表情から察するに、全てこちらの思惑通りではないことは予測出来ていたが、提示された内容はその予想を更に上回るものであった。


「今回の依頼内容を慎重に吟味した結果、ハイネマン教授お一人で充分対応可能であると判断致しました。

 また報酬に関しては、作業完了後こちらから請求書を提出させて頂きます。

 以上の条件でよろしければ、喜んで協力させて頂きます」


 すらすらと内容を読み上げるアレクシスに対し、ライムントは苦笑するしかなかった。

 しかし、このまま相手の思い通りというのも面白くない。

 隣で聞いている補佐にもある程度納得いく回答を引き出しておかなければならないだろう。


「ハイネマン教授お一人で充分対応可能と判断された根拠は?

 本件は緊急を要するため、出来れば各所にそれぞれ行ってもらい、対応して頂こうと考えていたのだが」

「王宮の管理局は多少異なるかもしれませんが、各ギルドの管理システムは基本となる部分は同一のものを使用しておるはずです。

 それに最終確認は私がせんといかんでしょうから、時間は然程変わらんでしょう」


 淀みなく答えるオスカーには余裕さえ感じられた。

 余程自信があるようだが、それならばライムントにも考えがある。


「実物をご覧になる前から随分な自信をお持ちのようだ。

 尤も、魔法陣研究の第一人者と謳われるハイネマン教授にとって、今回の依頼は容易いものかもしれませんが、こちらとしても確証が欲しいのです。

 どうでしょう、折角こちらまでご足労願っているのですから、まずはアカデミーの学生管理部を見て頂こうではありませんか。

 その上で、そちらの条件が妥当か判断させて頂きたい」


 ライムントの要求に対し、アレクシスとオスカーは二言、三言確認をしていたが、やがてこちらに向き直り。


「判りました。急ぎの用件でもありますし、まずはここから片付けてしまいましょう」

 そう宣言したのだった。


        ◇        ◇        ◇


 同時刻、王都のマイスナー家別邸。

 打合せをするにもこちらの方が都合がいいだろうということで、ニナと私は侍女のマルティナさんを伴い、王都まで出張ってきていました。


『予想通り、これからアカデミーの学生管理部に行くことになったよ』

『了解です。こちらの準備は万端ですわ』


 アレク兄様からの通信にニナが了承の意を返します。

 事前に、オスカー様には自立型魔道具を現在の魔素組成に適合させるために必要な魔法陣の修正に関する報告書を読んで頂いています。

 更に、質疑応答と補足まで行ったのですから抜かりはありません。

 しかし、いつ不測の事態が発生してもいいように、こうして待機しているのです。


 暫くして学生管理部に到着したのか、一瞬通信にノイズが入りました。

 恐らく結界を通過したのでしょう。

 今使用している通信魔道具は私達がいろいろと改造を施したものなので、この程度で通信が途切れることはありません。


『管理室に入ったので、視覚共有を有効にします』

『はい』


 私達は目を閉じました。

 視覚共有は試験的に実装していたもので、今回のような場合には非常に有効な機能です。

 しかし、同時に複数の光景を見ることになるので、慣れないと魔力酔いのような症状を引き起こします。

 私達はもう大丈夫なのですが、一応大事をとって、見える光景を一つにすることにしたのです。


 オスカー様の見ている光景が私達にも見えて来ました。

 トレール山の洞窟で見たようなパネルにいくつかの魔晶石が嵌め込まれています。

 その中で一際大きな魔晶石をオスカー様が手に取り、中の魔法陣を展開しました。


『ティンク、記録お願いね』

『了解~』


 後で細部を解析するため、ティンクに記録してもらいます。

 因みに今の念話は他の三人には聞こえていません、あしからず。


『これに間違いないですね』

『ええ、修正箇所は判りますか?』

『大丈夫です。修正してしまいますね』

『はい』


 その間にオスカー様はニナと魔法陣を確認して書き換えを始めたようです。

 やがて修正の終わった魔晶石をオスカー様が元のパネルにセットされました。

 その後、何やら会話する声が聞こえ、暫くして歓声が上がりました。

 どうやら正常に起動したようです。


『うまくいったみたいだね』

『お疲れ様です』

『ありがとう。

 この後は条件の確認になるだろうから、一息入れても大丈夫だよ。

 でも一応通信を受けられるようにはしておいてもらえるかな』

『判りました』


 アレク兄様との遣り取りを終えた私達は笑って両手をぱんと打ち合わせたのでした。


 その後、オスカー様は私達のバックアップの下、魔法ギルドを皮切りに、冒険者、商人、職人の各ギルド管理システムを順次復旧していきました。

 最後に残った王宮の管理部では、魔力生成部が二重化されていたり、展開された魔法陣が若干複雑だったりしましたが、私達の助言を受けてなんとか復旧。

 協力依頼のあった重要拠点の復旧作業を全て完了させたのでした。


        ◇        ◇        ◇


「お疲れ様でした」


 マイスナー村に戻った私達は無事依頼を完了したお祝い会を開きました。

 最初は内輪でのお疲れ様会のつもりだったのですが、祝い事は村全体でとのお母様の一言で、村を上げての宴会となりました。

 折りしも、昨年挿し木した桜の樹が始めて開花し、花見も兼ねての大宴会に発展したのは言うまでもありません。


「請求書を見たときのハーバー子爵の顔は凄かったね」

「目を白黒させていらっしゃいましたものね」


 アレク兄様が提示した請求書の内容は、復旧協力費用、作業費用、技術提供費用を併せて、魔法ギルドが請け負った依頼料の八割五分、五分はサービスとして値引きし、合計八割というものでした。

 魔法ギルドが請け負った依頼料はアレク兄様が伝を使って調査されたそうで、どうやら今回の協力依頼時に各所へ根回しされていたことへの意趣返しなのだそうです。

 大人気ないなあと思いましたけど、アレク兄様はまだ十三歳なんですよね。

 この世界は十五歳で成人だから、もう殆ど大人扱いなのかもしれませんが。


「それで例の物は渡してきたんでしょう?」

「それ位はしておかないと、変な遺恨を残すことになってしまうからね」


 今回私達が改造した通信魔道具から試験的に付加していた機能を外した簡易版を魔法ギルドに提供することにしたのです。

 もちろん価格を抑えて広く普及させていくことを条件にしていますが、それでも利益は出るでしょうし、魔法ギルドの地位向上にも繋がるでしょう。


「おい、そこの連中、いつまでも難しい話をしてるんじゃねぇ」


 既に充分出来上がっているブルーノさんの乱入で、今回の件のお話はお終いになってしまいました。

 私達は追い立てられるようにステージへとあげられてしまいます。

 領民の方からすれば今日は単なるお花見ですものね。

 それじゃあ私達も一緒に盛り上がりましょう。


「三十三番 マイスナー家兄妹 歌って踊ります」


 私の宣言に、アレク兄様とニナは一瞬唖然としましたが、すぐに苦笑を浮かべます。


「宣言しちゃったものは仕方ないか」

「コユキちゃん、先に相談してよ」


 口では文句を言いながらも、アレク兄様は手拍子に合わせて歌い、ニナは私の手を取って一緒に踊ってくれました。

 なんだかんだでのりの良い兄妹に観客は拍手喝采。

 こうして春の宴は深夜まで続いたのでした。


次回予告:「第四十五話 遺跡」

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