第四十三話 依頼
王都魔法ギルド本部。
数日ぶりにそこを訪れたギルドマスタは部屋の扉を開けた瞬間、その場に立ち止まり、暫く動かなかった。
原因は彼の執務机に所狭しと積み上げられた書類の山。
主だった街に設置された支部から日毎に寄せられる様々な報告書、依頼書、申請書等は相当数に上る。
これでも優秀な補佐によって、彼が目を通す必要があるものだけを選別した結果なのだ。
特に魔素変異以降、魔道具不調に関する報告や修理依頼が後を絶たない。
現在彼――魔法ギルドのギルドマスタ、ライムント・ハーバー――が頭を悩ませている最大の懸案事項であった。
「重要なものは?」
「右から順に配置してございます」
再起動したライムントは、机につくなり凄まじい勢いで書類を捌いていった。
時折その手が止まり、暫く思案した後、サイドテーブルのケースへと投げ入れる。
二時間程で全ての書類を処理し終えた時、そこには十枚程の書類が残されていた。
補佐が処理の終わった書類を片付け、お茶を入れてくれる。
ライムントは執務机を指でこつこつと叩きながら、残った問題へどう対処すべきか考えを巡らせていた。
しかしそうそう良案が浮かんで来るはずもない。
特に今回の件は、魔法ギルドでは到底手に負えるものではなかったからだ。
巡り巡った思考は、結局最初の案に行き着く。
最良でありながら、最も実行困難な方策。
しかし他に手がない以上、やらなければならないだろう。
こんなことがなければ、もう少し時間を掛け、良好な関係を築いてからと思っていたのだが止むを得まい。
「彼との会見を設定してくれたまえ」
ライムントは立ち上がると、補佐に指示を出したのだった。
◇ ◇ ◇
三の月に入り、少しづつ春めいて来ました。
魔窟変も無事発生し、来月になれば冒険者達が押し寄せることでしょう。
そんな中、私達はコンラート小父様から頂いた通信魔道具を解析したり、改造したりして過ごしていました。
その結果、改造した通信魔道具はいつでも実用可能な状態になっています。
また自立型魔道具を現在の魔素組成に適合させるために必要な魔法陣の修正箇所も解析が終わっていて、オスカーさんが発表出来るよう報告書に纏めているところです。
そのため、未だにマイスナー村に滞在しています。
流石にお世話になっているリントベルク伯爵邸でいろいろやらかすわけにはいかないですものね。
午前中は日課となっている礼儀作法等のお稽古事や鍛錬を行い、午後は大半を魔道具や魔法陣の研究に当てている毎日です。
ヨミやティンクの勉強にもなるし、私達も興味のあることに没頭出来るしで正に一石二鳥だったりします。
そんなある日の午後、一息ついて部屋でのんびりしていた私達をマルティナさんが呼びに来られました。
「お嬢様方、奥様がお呼びです」
また厄介事かと身構える私達に、マルティナさんは首をふるふると振って、にっこりと微笑まれます。
「アレク様とオスカー様がおいでになっていらっしゃいます」
とりあえず始祖竜の方々ではないと判って一安心です。
しかしこの時期、アレク兄様は新年度の準備で忙しいのではないでしょうか。
こちらからもお話することがあったので好都合ではあるのですが。
もうすっかり私達の侍女が板についたマルティナさんに手伝ってもらい身嗜みを整えると、私達は応接間へと向かったのでした。
◇ ◇ ◇
「ちょっと困ったことになってね」
私達がソファーに腰掛けるのを待って、アレク兄様は話し始めました。
「今回の魔素変異で自立型魔道具が機能しなくなったのは知っているかい?」
つい先日聞いたことなので、私達はこくりと頷きました。
「現在も使われている自立型魔道具は数が少ないけれど、結構重要なところで使用されているから、早急に対処しないと大変なことになる。
その復旧依頼が魔法ギルドに出されたらしいんだけど、古くから使われている魔道具だからね、今はそれを行えるだけの技術を持った魔術師が魔法ギルドにはいない」
そう言ってアレク兄様は私達をじっと見つめられました。
これって、始祖竜の方々は関係ないけど、厄介事の部類ですよね。
「重要なところというと、具体的にはどこに?」
「王宮の管理局と冒険者、商人、職人、魔法各ギルドの運営管理システム。
それにアカデミーの学生管理部もだね」
既に前向きに対処しようと考えているらしいニナの質問にアレク兄様はさらりと答えられましたが、その内容はとんでもないものでした。
「それで?」
「あ、はい。魔法ギルドのギルドマスタ、ライムント・ハーバー子爵より協力要請がありました。
具体的には、転移魔法陣開発者であるオスカー・ハイネマン教授とその助手は依頼完了まで魔法ギルドに出向し、依頼元の魔道具復旧と魔法ギルドへの技術供与をお願いしたいとのこと。
報酬として、今後の研究資金は全て魔法ギルドが負担、オスカー・ハイネマン教授は魔法ギルドSランク資格と技術顧問職を、助手には魔法ギルドAランク資格とアカデミーへ最高ランクの特待生待遇での入学を許可すると」
お母様が先を促すと、アレク兄様は苦虫を噛み潰したような顔をして、具体的な内容を語られました。
「あの、それって全く報酬になってないですよね」
私の問いに皆がうんうんと頷きます。
「ただ、物が物だけにこちらも断れない状況なんだ。それに根回しも既にされてしまっているらしくてね」
確かに転移魔法陣の開発者が復旧に携わるとなれば、依頼元も安心して任せられます。
魔法ギルドとしても、昨年の失態に続いて今回もとなると、手段を選んではいられないのでしょう。
「とりあえず、話は判ったわ。後はこちらからの条件ね」
「場所が場所だけに、現地に行って作業する必要があるのが問題ですな」
「そうだ、コユキちゃん」
「うん、これが使えると思う」
私は改造した通信魔道具をテーブルの上に置きました。
「え、何これ?」
「通信魔道具です」
私達の説明を聞いた三人は半信半疑でしたが、実際に使用してもらうとその表情は大きく変わりました。
オスカー様はおおおと歓声まで上げられたのです。
「これなら私だけでなんとかなりそうですな」
すっかりそれが気に入ったのか、オスカー様は通信魔道具をずっと使っていらっしゃいます。
「じゃあその方向で行きましょう、アレク?」
「判りました、交渉は任せて下さい。」
「あの、アレク兄様」
私が問い掛けると、アレク兄様は判っているよと頷かれました。
「ハイネマン教授の報酬は兎も角、君達の分は取り消すよう言っておくよ。
心配しないで」
「ありがとう、アレク兄様」
その後、細かい点の打合せを行い、その日の会談は終了。
翌日、アレク兄様とオスカー様は通信魔道具を持って、王都へ戻って行かれたのでした。
次回予告:「第四十四話 遠隔」




