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晶の標  作者:
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第四十二話 復旧

 魔素変異に関する情報は光のお婆様から各地の神事を司る者達へ念話という形で伝えられました。

 この世界は辺境にあり、全ての星に配置できる程、神様がいらっしゃらないのだそうです。

 そのため、この星は始祖竜の皆様方が神様の代行もされていらっしゃるのだとか。

 光のお婆様からの念話を受け取った者達はそれぞれの長にその事を伝え、事件は漸く明るみにでることになったのでした。


 コーラル王国ではこれを機に、宮廷魔術師、教会、魔法ギルド等から優秀な者を選抜し、新たな脅威に対抗する手段を研究する機関を設立することになりました。

 いろんな思惑が絡み合ったのでしょう。

 師匠やオスカーさんも研究機関員に選抜されたそうです。


「ニナ、その岩はもう少し右……あ、少し行き過ぎ、はいそこで降ろして」


 師匠の負担を軽減しようと、私達は海岸地区の沖合いに防波堤を築く作業のお手伝いをしています。

 これは師匠が中心になって進めていた業務でしたが、今回の魔力熱騒ぎにより計画段階で作業が止まっていたのでした。

 流された建築物の残骸や海岸周辺に散乱している瓦礫等を使っているので材料には事欠きません。

 ナルド湾沖の小島も形を整えて残される事が決まったので、そちらからも不要な岩を調達してきます。

 作業は人目が少ない夜中、秘密裏に行われ、人々が気づいた時にはもう完成していたのでした。


        ◇        ◇        ◇


 二の月に入り、寒さは一段と厳しさを増してきています。

 暫く昼夜逆転の日々を送っていた私達は疲れを癒すため、その日はマイスナー村でのんびりと過ごしていたのですが、午後になって、メイドのマルティナさんが私達を呼びに来られました。


「お嬢様方、奥様がお呼びです」


 お母様からの呼び出しということは、また何かあったのでしょうか。

 私達はマルティナさんに手伝ってもらい身嗜みを整えると、お母様のお部屋へ向かいました。


『始めまして、お嬢様方』


 応接の間には、お母様と不機嫌顔のローザ様、それに朽葉色のローブを纏った師匠と同年代位の紳士がいらっしゃいました。

 もう大体予想が付きますね。

 色からして土の小父様でしょうか。


『気軽にコンラートと呼んでくれて構わないよ』

「始めましてコンラート小父様、闇の仮親ニナです」

「晶の仮親コユキです」


 挨拶が済んだところで私達も椅子に腰を下ろしました。

 今回は何故かあまり嫌な予感はしません。

 コンラート小父様がのんびりと構えていらっしゃるからでしょうか。


『さっさと用件を済ませて帰りな』

『ローザは相変わらずだね』


 痺れを切らしたローザ様が話を急かすのに対し、コンラート小父様は優雅にお茶を飲んでから、私達に視線を向けました。


『転移魔法陣を見させてもらったよ。なかなか良い出来だ』

「「ありがとうございます」」

『ついては、あれを東の大陸にも普及させたいと思ってね。いくつか譲ってもらえないだろうか?』


 ニナと私は顔を見合わせました。

 そこでお互いに首を傾げ、視線をお母様へと移します。

 お母様は苦笑いを浮かべ、コンラート小父様に話の先を促しました。


『もちろんただとは言わない。こちらからは遠話エントフェルンテ・コンベザツィオンの魔法を応用した通信魔道具を提供しよう。それに、これから行うトレール山の魔窟復旧作業も見学させてあげよう』

「トレール山の魔窟……」

「あれって、コンラート小父様が作られたのですか?」

『あれ、知らなかったのかい?』


 コンラート小父様は不思議そうにローザ様を見ますが、ローザ様はふんと顔を背けられます。

 やれやれと首を振ったコンラート小父様は私達に事情を説明して下さいました。


 この星の各地域を支配する四匹の始祖竜。

 その中の誰かが幼生返りをした場合、彼の支配地域は残った三匹の誰かが管理することになっているのだそうです。


 コンラート小父様が幼生返りした際、彼の支配地域を管理したのがローザ様の先代の火竜。

 その方は全体的に温度の低かった東の大陸に火山や温泉を作られました。

 おかげで東の大陸は温められ、気候も温暖なものになったのですが、今まで起こらなかった火山性の地震が発生したり、溶岩の流出で街が飲み込まれたりと面倒事も起こるようになってしまったです。

 そこでコンラート小父様はお返しとばかりに、ローザ様が幼生返りをしている間に、特異点だった場所を魔の森に変えたり、魔素が溜まり易かったトレール山の南側に魔窟を作ったりしたのだそうです。

 それでローザ様はいつも以上に不機嫌だったのですね。


「それで魔窟の復旧作業というのは?」

『今回の魔素変異で自立型魔道具はその殆どが機能を停止しているはずだ』


 自立型魔道具というのは、魔素を取り込んで魔力に変換する機能を持った魔道具のことです。

 トレール山の魔窟は、規模の違いこそあれ自立型魔道具であるため、今回の魔素変異で魔素から魔力を生成できなくなっているはずです。

 このまま放置していると春の魔窟変が発生しないどころか魔窟の探索も出来なくなるでしょう。

 コンラート小父様はその復旧作業のついでに私達を見に来られ、そのまたついでに転移魔法陣を持ち帰ろうと考えていらしたのだそうです。


 事情は判りました。

 通信魔道具もそうですが、あの魔窟を制御する魔道具にも興味があります。

 ニナも同じ意見なのか苦笑いを浮かべていました。

 揃ってお母様の方を見れば、判っているわよとばかりに頷かれます。


「判りました、ではその条件で」


 こうして、私達はコンラート小父様の魔窟復旧作業に同行することになったのでした。


        ◇        ◇        ◇


 トレール山脈の中央に位置するトレール山。

 その内部に東京ドームが優に二、三個は入りそうな空間が空いていました。

 其処此処に光球のようなものが浮かんでいて、仄かに全景を映し出しています。

 壁や天井もごつごつとした岩肌で、巨大な洞窟のようです。

 もうお解かりのことと思いますが、連れて来られた場所はローザ様の住処でした。

 コンラート小父様が一方の壁に歩み寄って、ごつごつとした岩肌に手を翳すと、しゃらんと音がして、岩が消滅します。


『全く人の住処になんて細工をしてやがるんだい』


 ローザ様がぶつぶつと文句を言っていますが、私達はそれよりも壁一面に取り付けられたパネルとその中に嵌め込まれている大小の魔晶石に目を奪われていました。


「これが、魔窟の制御部なんですね」

『そうだよ』


 コンラート小父様は一際大きな魔晶石を持参してきたものと交換していらっしゃいます。

 恐らくあれが魔素から魔力を生成する機能をもつ魔晶石なのでしょう。


『中を見てみるかい?』

「良いのですか?」

『もちろん』


 そう言って、コンラート小父様は中の魔法陣を展開されました。

 その上で、詳細な部分まで解説をして下さいます。

 ニナも私も目をきらきらさせてその解説に聞き入っていました。


『また厄介事を抱え込みやがって……』


 それ故ローザ様の呟きは私達の耳には届かなかったのです。


『それじゃあ私はこれで失礼するよ』


 こうして、魔窟の制御についてどころか、いろんな魔法陣に関する解説までして下さったコンラート小父様は夕闇が迫る中、ご自分の支配地域へと帰っていかれました。


次回予告:「第四十三話 依頼」

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