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晶の標  作者:
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第四十話 伝言

『ぼやっとすんじゃないよ。さっさと快気フォランゲブラシュテ・ヴェサルングの魔法を使いな』


 呆けていると、後ろからローザ様にどやしつけられました。

 はっと我に返ります。

 そうです、気が動転してて病気を治療する魔法があることをすっかり忘れていました。


『急がないと外で倒れてる奴らが凍死しちまうよ』

『はい……ティンク、手伝って』

『了解~』

『空間生成、範囲マイスナー村全体、制御、快気フォランゲブラシュテ・ヴェサルング

『いっくよ~』


 ローザ様の指示通り、癒し《ヴェサルング》の魔法の上位版、快気フォランゲブラシュテ・ヴェサルングの魔法を村全体に行き渡らせます。

 ニナを見ると、先ほどまで荒かった息が落ち着いていました。

 まだ少し熱があるようですが、暫くすれば平熱に戻るはずです。

 ヨミが漸く安心したのか、ニナの傍に降りてきました。


『ティンク、空間を維持したまま、温度二十五度、湿度六十パーセントを保って』

『は~い』


 とりあえずこれで一安心です。

 私はニナを師匠の隣に寝かせてから、傍らにいるローザ様に向き直りました。


『あの……』

『こっちが聞きたい位だよ』


 相変わらずローザ様は先読みして下さいます。

 いや、そうじゃなくて、ローザ様にもこの状況が判ってないというのでしょうか。


『何かの感染症とかじゃないのでしょうか?』

『ほう、感染症とな』


 突然私達の念話に別の意識が介入してきました。

 扉の辺りに現れた強烈な気配に全身の毛が逆立ちます。

 振り向くと、そこにいらしたのは、蒼いローブを纏った小父様でした。


『風の……』

『いいかげんマックスと名前で呼んでくれないか』

『何しに来たんだい』

『代表で話を聞きに来たに決まっているだろう』


 そうおっしゃったマックス様の視線は何故か私に向けられています。

 それに倣うようにローザ様も私へと鋭い目を向けられました。


『感染症と言ったね。晶から何か聞いているのかい?』


 マックス様は期待を込めて問い掛けてこられますが、そもそも私は晶竜さんとお話したこともありません。

 だからこう答えるしかないのです。


『何も聞いていません』


 それよりも、私は別のことを気にかけていました。

 マックス様は何故この場にいらっしゃったのでしょう。

 それはつまり、他の場所にも魔力熱の患者が出たということなのでは。


『そうだよ。今この星全体で発生している』

『それじゃあ、すぐに対処しないと』

『そのためにこうして事情を聞きに来ているんじゃないか』


 マックス様は私を諭すようにおっしゃいました。

 確かに事情が判らなければ適切な対処は出来ません。

 快気フォランゲブラシュテ・ヴェサルングの魔法は今のところ効果があったように見えますが、ひょっとしたら別の治療方でないと治らないかもしれないのです。


『そういえば、どうして私が事情を知っていると思われたのですか?』

『そりゃもちろん、こういうことは晶の専門分野だからね』


 言われてみればそうです。

 クリスの治療の時も、竜の水を作るには属性の影響がない晶竜さんの鱗が最適だと聞きました。

 つまり今回のような魔力関連の病気に一番詳しいのは晶竜さんということなんですね。


『ティンク、魔力熱について調べて』

『さっき説明したよ~』


 そうでした。

 でも晶竜さんが何もメッセージを残してないとは思えません。


『では、君は何故感染症だと思ったんだい?』

『それは……師匠が倒れたとき、人形が……』


 私はテーブルに目を向けました。

 そこには相変わらず明滅を繰り返す人形が立っています。


『むっ?!』


 マックス様はそれを目に留めると、次の瞬間、私の目の前に現れました。

 急な出現にあたふたする私を無視して、懐から何かを取り出されます。

 玉子大の水晶に手足が付いた人形。

 それはテーブルの上にある人形と全く同じものでした。

 違いがあるとすれば、マックス様の手にある方はまだ何の反応も示していないことでしょう。


『これは?』


 マックス様が私を睨みつけるようにして問い掛けてきます。

 私は師匠が人形を取り出してから倒れるまでの経緯を説明しました。


『だから、この人形が動き出したのが原因かと思って』


 最後に推論を付け加えると、マックス様は、はっはっはと笑い出し、手の中の人形を差し出してきました。

 私が受け取るのを躊躇すると、大丈夫だからと促されます。

 恐る恐る手に取ると、先ほどまでだらりとしていた手足がぱたぱたと動き出し、水晶の一部が明滅を始めました。


『そういうことか』

『どういうことだい?』


 ローザ様の問いにマックス様はおやっといった表情で首を傾げられます。


『まだ判らないのかい。これは晶が造ったゴーレムだよ』


 ゴーレム……この手足がついた玉子にしか見えない水晶人形が?

 意外な発言に私は目をぱちくりさせてしまいました。

 しかし、マックス様は納得したように頷いて、私に鋭い視線を向けてます。


『やはり君から話を聞かなければならないようだ』

『あ、あの……』

『晶の知識を調べてごらん。キーワードはゴーレム』

『はい……ティンク、お願い』

『了解~』


 ティンクに任せているのがもどかしくて、私も記憶の引き出しを探ることにしました。

 実際、ゴーレムだけでは該当する内容が多くて、調べるのに時間がかかるのです。

 それでも少しづつ整理してきたおかげで、クリスの時よりは早く調べられるようにはなってきています。


『これでしょうか。”魔素変異に対応するため水晶ゴーレムを送り出す”』

『魔素変異?』

『今調べています』


 漸くそれらしき内容を見つけました。

 魔力熱にも関連しそうなキーワードが出てきたので、そちらでも調べを進めています。


『久しぶりにいってみよう~。ティンクのなぜなに魔素、はっじまるよ~』

『手短にお願いね』

『了解~。

 魔力の元になると言われている魔素。

 その組成は長い年月の間に少しづつ変化しているんだ。

 通常その変化は非常に緩やかなものなんだけど、稀に急激な変化を起こすことがあって、これを魔素変異と呼んでいます』


 なるほど、魔素変異によって魔素が急に変化しちゃったから、皆始めて魔力を生成するような状態になっちゃったってことかな。


『それなら、暫くすれば皆馴染んで熱も下がりますね』

『いや、そう簡単にはいかないね』

『うむ』


 ローザ様が難しい顔で私の意見を否定されました。

 マックス様も同じ意見なのか頷いていらっしゃいます。


『魔素変化に順応する力は年齢と共に衰えていくはずだよ』

『どういうことですか?』

『歳をとっている者ほど危険ってことさね』

『そんな……』


 ローザ様の言葉は私の希望をあっさりと打ち砕きました。


『いや、まだ手はあるはずだ。晶の奴は魔素変異の対応のためにゴーレムを送り出したのだろう』


 そうでした。

 晶竜さんは何か手を打ってくれているはずです。


『ティンク、何か判った?』

『”水晶ゴーレムで星を覆え”ってメッセージがあったよ』


 そんなこと出来るのでしょうか。

 だって、今ここにあるのはたった二体の水晶ゴーレムなのに。


『なるほど、晶の奴の考えそうなことだ』

『人使いが荒いったらないさね』

『そう怒るな。こっちは任せてよいか?』

『ああ』

『では、嬢、頼んだぞ』


 マックス様とローザ様はメッセージの内容を理解されているのか、お二人で話しを進めていらっしゃいます。

 やがて、マックス様は私に何か重要なことを任せて姿を消されました。


『さあ、ぼやぼやしないで行くわよ』

『あ、あの……』


 時間が惜しいのか意地悪なのか判らないローザ様の後を私は慌てて追いかけたのでした。


次回予告:「第四十一話 煌き」

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