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晶の標  作者:
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第三十九話 流行

 私達が疲れきってマイスナー村に戻った頃、王国の各地では復旧作業が開始されました。

 いくつか見落としがあったり、燃え尽きると思って無視したものが燃え尽きなかったりと、王国内で十数個が地上に落下したそうです。

 幸い、いずれも極小さな欠片だったため、大きな被害は出ていないとのこと。


 一方、海辺の街や村はかなり大きな被害を出していました。

 大半の人は高台に避難するよう指示が出ていたため無事でしたが、海が大荒れで津波が何度も押し寄せた結果、家や船などが殆ど流されてしまい、我が家を失った者達は冬の寒空の下、避難所生活を余儀なくされているそうです。


 復旧作業と平行して、隕石の調査も実施されました。

 ナルド湾の沖合いでは、例の巨大な岩の残骸が積み上がって小島のようになっていたため、調査団が上陸して岩石のサンプルを持ち帰ったそうです。

 魔法ギルド等で今後研究が行われるとのこと。


 そんなことになっているとは夢にも思っていない私達は、疲れを癒すため、深い深い眠りについていました。


 目覚めた私達は、その話を聞いて愕然としました。

 夜を徹して頑張った結果がこの状況だなんて。


「そんなことないわよ」


 お母様は私達を優しく抱き締めて下さいます。


「でも、家をなくした人が沢山いるって……」

「それは仕方のないことよ。貴方達はやるべきことをやったの。だから悔やんではだめよ」


 お母様は赤子をあやすように、私達の背中をぽんぽんとたたき続けたのでした。


        ◇        ◇        ◇


 冬場ということもあり、復旧作業はゆっくりと進められていました。

 年の瀬になり、比較的被害の少なかった内陸部はほぼ元通りになり、海岸線の街も片付けが一段落したとの報告が各地から上がってきているようです。


「漸く整地が終わったところだよ。家屋や船はこれからだね」


 なんとか二日のお休みをもらった師匠がマイスナー村へ帰省されました。

 疲れていらっしゃるのか、少しやつれたようにも見えます。

 そんな中、あちらの復興状況をお話して下さったのは、私達が気にしているから安心させてあげようとの親心からなのでしょう。


「それじゃあ貿易は滞っているのですね」

「帝国の方もかなりの被害が出たらしいから、再開にはもう少し時間がかかるだろうね」


 こればかりは双方の準備が整わないと厳しいでしょう。

 私達もこくこくと頷きます。


「まあ内陸部の復興が順調なのが救いだね」


 そう言って、師匠はお茶を口にしました。


「あまり無理をなさらないで下さい。お母様も心配していらっしゃいますよ」

「そうだね、気をつけるよ」


 ニナの指摘にはははと無理に笑顔を作った師匠は、そこで何かを思い出したのか、魔法のポーチから人形のような物を取り出しました。


「領民が海岸で拾ったらしいんだ」


 テーブルの上に置かれたそれは玉子大の水晶に手足がついた人形のようなものでした。


「触っても?」

「構わないよ」


 ニナはそれを手に取ると、いろいろと調べ始めました。

 やがて、何も変わったところを見つけられなかったのか、首を傾げながら私の方へと差し出してきます。

 それを受け取って同じように調べていると、突然水晶の一部がちかちかと明滅を繰り返しました。


「わっ、何々?!」


 びっくりしてテーブルの上に放り出すと、人形は手足を踏ん張って立ち上がり、私の方を向いて、さっきと同じように水晶の一部を明滅させます。


「困ったな。ただの人形だったら良かったんだけど」

「何か問題があるんですか?」

「実は……」


 師匠の話によると、これと同様の人形がローレンツ領内で数個見つかっているのだそうです。

 しかも子供が欲しがっているので、持っていても大丈夫なのか確認を頼まれたとのこと。


「さて、どうした……」


 人形に手を伸ばしかけた師匠は立ち眩みを起こしたのかその場にくずおれました。


「お父様?!」


 ニナが駆け寄り、額に手を翳します。

 その表情が切迫したものに変わりました。


「凄い熱……コユキちゃん、お母様を呼んで来て、早く!!」

「判った」


 部屋を飛び出した私は、扉の外で控えていたリズさんに師匠が倒れたことを告げました。


「コユキ様は旦那様のお傍に」

「はい」


 リズさんは頷くと直に廊下を駆けていかれます。

 間もなく血相を変えたお母様が部屋に飛び込んで来られました。

 後ろに執事のシュテファンさんも続いていらっしゃいます。

 師匠を四人がかりでベッドへと運ぶと、お母様はベットの傍に腰掛けて師匠の手をぎゅっと握り締めました。


「奥様……」

「シュテファン、お医者様は?」

「今お呼びしております。間もなくいらっしゃいます」


 それからお医者様がいらっしゃるまでの時間、私達はやきもきしながら待ち続けたのでした。


        ◇        ◇        ◇


「魔力熱?」

「……に良く似た症状だそうよ」


 私の問いにお母様は頷いて、はあとため息をつかれました。


『魔力熱とは、原因不明の発熱が数日続き、その間魔力が回復しないことからこの名で呼ばれています。

 通常は生後半年前後の赤ちゃんが魔力と馴染む際に発病するもので、一度発病したら以降は罹らないと言われています』

『ティンク、解説ありがとう』

『どういたしまして~』


「師匠は魔力熱に罹ったんですよね?」

「普通は赤ちゃんの時に罹っているはずよ」


 師匠のことが心配なのか、お母様の顔も優れません。

 いえ、優れないというよりは顔が赤いです。


「お母様、お熱があるのでは?」

「そんなことは……」


 お母様は言葉が続かず、その場に座り込んでしまわれました。

 駆け寄って額に手を翳すと、凄い熱を感じます。

 私がパニックを起こしかけていると、後ろから近づいてきた影がさっとお母様を抱き上げました。


「ローザ様?!」

『アンは私が部屋に運ぶ。お前は屋敷の様子を見といで。何か嫌な予感がするよ』

「はい」


 私が扉を開けると、そこには執事のシュテファンさんが蹲っておられました。


「シュテファンさん?!」

「お……嬢さ……ま……」


 抱え起こしただけで判るほど凄い熱です。

 私の脳裏に嫌な言葉が浮かびました。

 感染症……。

 もしそうなら、さっきまで元気だった人達も危険です。

 私は師匠の部屋へと駆け出しました。

 今はニナが看病にあたっているはず。

 その扉の前に蹲る影がありました。


「リズさん?!」


 リズさんは扉に寄りかかるようにしてぐったりしていらっしゃいます。

 私はその体を横にずらし、なんとか扉を開けて中へ入りました。

 そこには、師匠のベッドに頭を預け、荒い息をするニナとその周りを心配そうに飛び回るヨミの姿がありました。


次回予告:「第四十話 伝言」

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