第三話 冒険者
冒険者ギルドの朝は早い。
毎朝更新される依頼票は基本早い者勝ち。
そのため、少しでも割りの良い依頼を求めて冒険者達が集まります。
運良く依頼を手にした者は早々に出立し、あぶれた者は日銭を稼ぐためにこれまた散っていく。
残るのは日銭を稼ぐ必要のない金持ちか、或いは有事に備えて待機する輩だけ。
昼間の冒険者ギルドは閑散としていました。
屯しているのは皆只者じゃない人達ばかりでしたけど。
師匠に連れられてギルドの中に足を踏み入れた途端、値踏みするような視線が突き刺さってきます。
中でも一番やばそうなおじさんが私達に近づいてきました。
思わず師匠の影になるように身を隠します。
「んなガキが冒険者ギルドに何の用だぁ。まさか冒険者になりたいとか言わねえよなぁ」
「うちの弟子をガキ呼ばわりしないで頂きたいですね」
「弟子ぃ……こんなガキが魔法を使えんのかぁ」
「何をほざいてるんです。この娘は戦士ですよ」
「……」
「……」
ちょっ、ちょっと師匠、何喧嘩買ってるんですか。
この流れだと。
「ほお戦士だとぉ~。なら俺がガキの実力見てやるぜ」
「後で泣いて謝っても許しませんよ」
「良い度胸だぁ~。おい、受付の姉ちゃん、ちぃと訓練場借りるぜ」
こうなるに決まってるじゃないですか。
その上煽ってどうするんですか。
さぁがつんとやっちゃって下さいじゃないですよ。
あ、アレですか、この間の組み手の仕返しですか。
師匠って根に持つタイプなんですね。
ぶつぶつと恨み言を連ねてたら、いつの間にか訓練場で一番やばそうなおじさんと向かい合ってました。
あ~私の人生こんなところで終わるんでしょうか。
冒険者になりたいなんて言わなければ良かったのかもしれません。
今更悔やんでも仕方ありませんが。
そんな私を何かキラキラした膜のようなものが包み込みました。
「障壁の魔法を掛けたから、思い切って逝って来なさい」
「師匠、逝ったら帰ってこれないじゃないですか」
「それだけ大声で叫べれば大丈夫。勝てば冒険者ですよ」
にっこり微笑む師匠。
……そういうことですか。
判りました。
やってやろうじゃありませんか。
これでも何度かお祖父様から一本取ったことがあるんですから。
「さすがにハンデがありすぎるからな。得物でも素手でもいい、俺に触れられたら嬢ちゃんの勝ちにしてやるぜ」
……ああ、地雷踏んじゃいましたね。
私これでも負けず嫌いなんですよ。
目が据わってるのが自分でも判ります。
「では一本勝負始め!」
師匠の合図と共に、私はとことこと歩き出しました。
見ている人達も相手のおじさんも”えっ?”っという表情をしています。
あまりに無防備に近づいた私は、おじさんの間合いの少し手前で立ち止まり、お辞儀をしました。
「宜しくお願いしっ」
言い終わらないうちにおじさんの懐へダッシュします。
不意をつかれたおじさんへロッドの端を掌で押し出すように投げつけ、更に空中に舞うように闘気を撃ち出し、本体はおじさんの股の間をくぐるようにスライディング。
きぃぃんとロッドが弾かれたときには、私はおじさんの後ろへ抜けていました。
ブーツに軽くタッチして。
訓練場はしーんと静まり返っています。
私はそそくさとロッドを拾い、「ありがとうございました」と挨拶しておじさんに背を向けました。
とことことこ……師匠のところまであと少し。
「くくく、嬢ちゃんよぉ~、おもしれぇ技を使うじゃねぇか」
くぐもった声が私の歩みにストップを掛けました。
逃亡失敗。
あとちょっとだったのに。
「得物で目を、闘気で気配を惑わせて、本体は足を刈るか。ほんと、おもしっ」
一瞬で距離を詰められ、剣の突きが迫ってきました。
「……れぇなぁ」の声が遅れて聞こえてきます。
その上とんでもない闘気が上から覆いかぶさってくるような感じがしました。
思わず左へステップして躱します。
それより初見で人の技を真似てくるこのおじさんって。
「なるほどなぁ~。横の動きに弱いってかぁ」
呟きながら、着地点を横に薙ぎ払われる。
ロッドで上へ受け流して足元へもぐり込み、振り上げられる蹴り足に乗って後ろへ跳べば、おじさんは強引に蹴りを中断して距離を詰めてくる。
そこからはもう防戦一方です。
だっておじさん、完全に目が据わってるんだもの。
勝負が長引けば持久力で劣る私の方が不利。
足捌きが一瞬遅れたところにおじさんの剣が迫ってきました。
でも諦めたら負け。
目を瞑っちゃだめ。
何か手は……そう此処に壁でもあれば。
そう思ったとき、何かが手に触れたような気がしました。
何でもいい、考えなしにそれを全力で叩いて反動で逆方向に跳びます。
間一髪、おじさんの剣は私の髪を削いで後方へ抜けていきました。
一方の私は力任せに跳んだため、受身も碌に出来ず、ごろごろと転がってしまいました。
「そこまで!」
師匠の声が遠くに聞こえます。
終了の合図遅すぎ。
◇ ◇ ◇
冒険者ギルド登録カード。
ぴっかぴかのそれには私の名前”コユキ”と冒険者ランクを示す”E”の文字が刻まれています。
少し気に入ってた髪と引き換えに手に入れた自活への第一歩です。
「コユキ様もこれで晴れて冒険者ですね」
髪を整えてくれているリズさんの声にこくんと頷く。
剣で削がれた髪は整えた結果セミロングになってしまいました。
リズさんがもったいないって言ってたけど、元の世界ではボブカットだったから、今でも十分長いのです。
それに髪はまた伸びるし。
改めて冒険者カードを眺める。
登録時の一悶着を思い出してため息を一つ。
あのおじさんはダインさんという方で、SSランクの冒険者なんだそうです。
そのダインさんが、『俺に勝ったんだからSランクでいいだろう』なんて言い出したものだからびっくり。
『冗談言わないで下さい。手加減かつ油断してたところに不意討ちで一本とったからって、実績もないのにSランクとか。お姉さん、Fランクでお願いします』
『おいおい、あんだけの腕見せといてFはねぇぜ。それこそ他の奴らから文句がでらぁ』
どうしてこの方は人の地雷を踏みまくるのでしょう。
『……フッ』
『……』
私の雰囲気が変わったのに気づいたのか、受付のお姉さんが『ひぃ』と声を上げ、遠巻きにしていた方達の輪が少し拡がりました。
『ふざけるのもいい加減にして下さい!! そもそも、貴方が、ちょっかいを掛けてこなければこんな大事にはならなかったんです!!』
『コ、コユキ、もうその辺で……』
ああ、師匠、貴方もでしたね。
『何他人の振りされてるんですぅ、師匠。貴方も同罪ですよぉ』
『えっ?!』
『あんな猿芝居に気づかないと思ってるんですかぁ? どう見ても二人はグルでしょう』
『そ、それは……』
『それはもこれはもありません。二人とも正座!!』
慌ててその場に膝をつく二人。
『大体、五才の女の子に、いきなり仕合させるって何考えてるんですか。しかも勝ったら冒険者Sランクぅ……あきれて物も言えません』
『『……』』
『おいたした時、どうするか子供でも知ってますよ』
『『……ごめんなさい』』
正直遣り過ぎたと反省はしてるのです。
でも言うべきときにちゃんと言っておかないとエスカレートしそうなので。
私の溜飲が下がったのを敏感に察した冒険者ギルドの支部長さんが、『とりあえずそれなりの実力はありそうだから、”E”ランクでどうだろう?』と譲歩案を提示して下さったので、それで納得することにしたのです。
もちろん、この件は他言無用にして頂きました。
完全に隠蔽は出来ないでしょうけど、しないよりはましでしょう。
「ところで、そろそろ許して差し上げてはいかがでしょうか?」
リズさんが扉の方をちらちらと見ています。
私は怒ってもその場限りで、後々まで尾を引くことはありません。
だからもう気にしてないのですが、当人達はそうでもないようです。
「もう怒ってません。判ってもらえればそれで十分なのです」
外で聞き耳を立てている人にも聞こえるように少し大きな声で言ってあげます。
すぐに扉が開いて師匠が部屋に入ってきました。
私の傍まで来ると跪いて、手をとり、視線を合わせてきます。
「ありがとう、コユキ」
師匠は疲労と安堵が入り混じったような顔に微笑を浮かべたのでした。
次回予告:「第四話 魔法」




