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晶の標  作者:
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第三十八話 願い

 ニナと私が持ち帰った二匹のうち、ジーランスは師匠へのお土産に、ジーラゴスはリントベルクでお世話になっている皆さんで美味しく頂くことになりました。

 冒険者ギルドへの提供分は、その場にいた職員、冒険者達での鍋パーティに供されたとか。

 ハインツさんは、言ってみるもんだよなと大はしゃぎで、いつものようにコリンナさんに叩かれていたそうです。


 そんな感じで始まった今年の秋でしたが、以降はこれといった事件もなく、平穏のまま過ぎていきました。

 後半には恒例の魔の森間引き作業も実施されましたが、こちらも滞りなく終了。

 参加した冒険者の懐が少し暖かくなっただけでした。

 数日前から先触れの木枯らしが吹き始め、十二の月を前に辺りはもう冬の様相です。

 寒い季節は暖かい温泉が一番ということで、私達はマイスナー村に一足早く帰省することにしました。


        ◇        ◇        ◇


「冒険者ギルドはほぼ全ての支部、商人ギルドと職人ギルドも主な支部には設置が完了。それから魔法ギルドでも設置が始まっているみたいだね」

「王宮や貴族方の方はどうなっているんでしょう」

「そちらは転移魔法陣管理統括部が運営しているから詳しいことは判らないけど、伯爵以上の貴族の殆どが運用試験を開始したらしいね」


 マイスナー村に戻った私達は、試験休みを利用して一時帰省していたアレク兄様とばったり顔を合わせることになりました。

 調度良い機会だがらと転移魔法陣の現在の設置状況等を聞くことになったのですが、流石に貴族方の関心も高く、質問したニナもびっくりしているようです。


「坊ちゃま、そろそろお時間です」


 話が一段落したところで、メイドさんがアレク兄様を呼びにいらっしゃいました。

 これから王都に戻るのだとか。

 転移魔法陣の件で、いろいろお忙しいみたいです。

 お体には気をつけて下さいね。


「それじゃあ、ニナ、コユキ、またね」

「「いってらっしゃいませ、お兄様」」


 アレク兄様は出て行かれましたが、扉はそのままで閉まる気配がありません。

 あれっと思った私達が目を向けると、先ほどのメイドさんがまだいらっしゃいました。


「お嬢様方、奥様がお呼びです」


 あらら、私達にもお呼びが掛かっていたのですね。

 ニナと私は身嗜みを整えると、部屋を後にしました。


        ◇        ◇        ◇


『あ~邪魔しとるよ』


 応接の間には、お母様と不機嫌顔のローザ様、それに光のお婆様がいらっしゃいました。

 何故こちらに……はともかく、嫌な予感しかしないのはこのような状況に慣れてしまったからでしょうか。


『嬢らにも話しとった方がええ思てな、呼んでもろうた』


 光のお婆様はお茶を一口飲んで私に視線を向けました。


「何かあったのでしょうか?」


 ニナが私を庇うようにして問いかけます。


『この後、回らにゃならんところがあるでの。手短に話すぞ』

「はい」

『ちぃと大きめの岩がこの星にぶつかりそうになっておったでな。こっちである程度は砕いたが、それでもいくらか欠片が落ちてくるじゃろ』


 今さらっと凄いことをおっしゃられましたね。

 隕石がぶつかりそうだったとか、砕いた欠片が降ってくるとか。


「何時ですか?」

『まだ一日くらいは余裕があるじゃろう』


 事態を察したお母様の問いに、光のお婆様はのほほんと答えます。

 もうあまり時間がないじゃないですか

 お母様は村に避難指示を出すのか、慌てて部屋を出て行かれました。


『さて、そろそろ行かんとの』


 そう言って立ち上がった光のお婆様は再び私に視線を向けます。


「あの、何か?」

『ふむ、嬢、晶の奴から何か聞いとらんか?』

「えっ?!」

『……そんなことはないかの』


 一瞬何を聞かれたのか判らなかった私には構いもせず、光のお婆様は自己解決されたのか、うんうんと頷きながら姿を消してしまいました。

 後に残された私達がもっと情報が欲しいと思うのは当然でしょう。

 それを知っていそうな方はと言えば……。


『婆様の言ったこと意外は知らないわよ』


 ローザ様は私達が視線を向ける前に先回りして答えられました。


「あの、私達はどうすれば?」

『放っておきなさい。大半は大気との摩擦で燃え尽きるでしょう』


 尚も食い下がるニナに、ローザ様は手出し無用とおっしゃいます。


『それでも何とかしたいなら、お前達で勝手にやればいいさね』

「判りました。行きましょう、コユキちゃん」


 ニナに手を引かれ、私達も部屋を後にします。

 最後にちらりと見たローザ様は、じっと私を見ながら何か考え事をされているようでした。


        ◇        ◇        ◇


 その日の深夜、ニナと私はマイスナー村の上空で隕石の欠片が振って来るのを待っていました。

 既に日付が変わり、今日から十二の月に入ります。

 蝕と流星群の日が重なるって、なんと巡り合わせの悪いことでしょう。

 私が呟いてる横で、ニナは一生懸命お祈りをしています。


「ニナ、何してるの?」

「あのね、流れ星が消えるまでに願い事を三回唱えると、その願い事は叶うんだよ」


 そのお呪いってこっちの世界でもあるんですね。


「何をお願いしたの?」

「皆のところに隕石が落ちませんようにって」

「それじゃあ私もお願いする」


 私達にご加護がありますように……とかどうでしょう。


『コユキちゃん、来たよ』

『了解、軌道を調べて地上に落下しそうなのだけ対処するよ』

『は~い』


 残念、願い事は一回しか唱えられませんでした。

 それでもやるべきことはきっちりやります。


『空間生成、制御、隕石にフィット、進路変更』


 大気との摩擦で燃え尽きそうなのは無視。

 しかし、光のお婆様がおっしゃってたように、かなり適当に砕かれたのか、結構大きな欠片が混ざっています。

 進路を少し変えるだけで海に落とせるものはどんどん海へと導き、地上に落ちるのを避けられそうにないものは仕方ないので海面へ転移させました。

 ニナは少し離れたところで、比較的大きな欠片を空間接続ラウムヴァヴィダングの魔法で海へ送っています。


「なにあれ……」

「大きい……」


 一時間程経過した頃、視界を埋め尽くさんばかりの欠片とはとても言えそうにない巨大な岩が落下してきました。

 ちょっとした小島位の大きさがあります。

 私達が唖然としていると、その岩に灼熱の炎が吹きつけられました。

 これって竜のブレス?


『ぼけっとしてるんじゃないわよ』

「ローザ様?!」


 本来の形体に戻ったローザ様が私達のすぐ傍に真紅の巨体を浮かべていらっしゃいました。


『崩壊した欠片を海へ導きなさい』

「「はい」」


 ニナとヨミ、私とティンクは手分けして、飛び散った欠片を近場の海へと導きます。


 二時間、三時間と経過するうちに、大きな欠片の数は徐々に減ってきました。


『後は任せたわよ』


 頃合と見たのか、ローザ様は私達に後を任せて、地上へと帰還されました。

 残された私達も対処が必要な欠片が減って来たので、手持ち無沙汰です。

 やがて空が白み始める頃には、大半が大気との摩擦でも燃え尽きるほど小さな塵ばかりになっていました。


「綺麗だね」

「うん」


 たまにすぅっと尾を引くように流れる星を同じ高度で眺める特権。

 それは夜通し頑張った私達へのご褒美のようでした。


次回予告:「第三十九話 流行」

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