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晶の標  作者:
38/61

第三十七話 凪

 ルイドお爺ちゃんの言葉通り平穏な夏が過ぎ、季節は秋に入りました。

 魔窟変の直後でもあり、冒険者ギルドは連日賑わっています。

 それでもお昼時になれば、いつもながらののんびりとした雰囲気になり、ニナと私もヴェルナーさん達に混ざって、ギルド警備という名のお喋りに興じていました。


「西エリアは結構攻略が進んじゃいるが、他はまだまだだな」


 ヴェルナーさん達は、夏の間、東にある遺跡の攻略に参加していたらしく、遺跡での冒険譚をいろいろと語って下さいました。

 一方の私達は、王都を観光してきた訳でもないし、口外出来ないお話ばかりだったので、もっぱら聞き役です。

 そんな感じで盛り上がっていると、ミリアムさんがボードの前にやってきて、新しい依頼票を追加されました。


「秋の風物詩だな」

「今年も被害が出ないといいんですけどね」


 ミリアムさんはこちらに向かって微笑むと、受付の方へ戻っていかれました。

 その視線が私に向けられていたのは気のせいでしょうか。

 依頼票の内容はもちろん、ジーランス討伐。

 一昨年討伐された影響か、昨年は海岸に近づいてこなかったらしく、各地で被害が出たという報告もなかったようです。


「今度釣って来た時は俺達もご相伴に与りてえもんだな」

「暫くそんなことはないでしょうけど」


 ハインツさんの期待を私があっさり躱して皆で笑っていると、転移魔法陣担当のクラーラさんが、一人の冒険者らしき人を案内してきました。

 ひょろっとした体形にストローハットを被り、手にはロッドのような物を持っています。

 その人は私達を認めるとぱあっと顔を綻ばせ、こちらに駆け寄ってきました。


「お願いします。私と一緒に来てもらえませんか?」

「……」


 手を取られたニナは私に助けを求めるように視線を向けてきます。


「おいおい、いきなり見ず知らずの少女を連れ去ろうってえのはいただけねえな」


 ハインツさんが腕を掴みあげようとすると、その人はぱっとニナから手を離し、一歩後ろに下がると、片方の膝を床に付きました。

 バランスを崩したハインツさんが床に転がります。


「ってえ」

「確かにそちらの御前の仰る通りですね。申し遅れました。私の名はイザベル、イザベル・ファーベルクと申します。是非私と一緒に来て下さい、コユキ」

「「「えっ?」」」


 イザベルさんの言葉に何人かの声が重なりました。

 尤も驚いた点はそれぞれ違っていましたが。

 曰く、この人女性だったのかとか、このなりで貴族の方なのとか、そっちはコユキじゃないとか……。

 ニナは苦笑しているし、ヴェルナーさん達はどうしたもんかと私に視線を向けるし、私もどこから突っ込むべきか悩んで、暫く誰も声が出ませんでした。


「あ~とりあえずだ、コユキならこっちだぜ」


 最も早く思考を切り替えたヴェルナーさんが私の頭をぽんぽんと叩きながら、イザベルさんの間違いを指摘します。


「えっ?」


 それを聞いて、今度はイザベルさんが固まってしまいました。


「それじゃあ、師匠に私を連れてくるように言われたのですか?」

「そうです」


 私は話を聞いてはあ~と深いため息をつきました。

 イザベルさんの話に寄ると、彼女は釣り師Aランク資格を得るために師匠のところへ赴き、ジーランス釣りのコツを伝授して欲しいと頼んだのだそうです。

 しかし、師匠はのらりくらりとその要求を躱し、業を煮やしたイザベルさんがどうしたら伝授してくれるんだと詰め寄ったところ、それじゃあ私を師匠のところへ連れて来られたらという条件を提示したとのこと。

 ほんと、何考えてるんですか、師匠……。


「それで行くのか、コユキ」

「はい」


 間接的とは言え、師匠が私を呼んでいるということは、きっと何か問題が持ち上がったのでしょう。

 それに、コユキが私と判ってから、イザベルさんがずっと私の手を握って離してくれないので仕方ありません。

 ついでにニナが反対の手を握っているので身動きも取れないのです。


「それじゃあ行きましょうか」


 どうせ桜の樹の挿し木に行くつもりだったので、丁度いいですよね。

 私達三人は転移魔法陣を使い、ローレンツへと向かったのでした。


        ◇        ◇        ◇


「どういうことなんですか、師匠?」


 ローレンツ領で師匠が借りているお屋敷を訪ねた私達は、挨拶もそこそこに事情を問い質していました。


「ニナ、コユキ、来てくれてありがとう。とりあえず座って話そうか」


 私達がソファーに腰を下ろすと、リズさんがお茶を出して下さいます。

 師匠はそれを一口飲み、語り始めました。


「去年は海岸に近づいて来なかったジーランスだけど、今年は既に沖合いに来ているらしいんだ。しかも二組確認されている」

「二組も」

「ああ、クヴァンノ帝国の方では被害も出ているらしく、こちらで討伐可能ならお願いしたいとの打診もあってね。今後の貿易に融通を利かせるためにも、ここは恩を売っておきたいところなんだよ」


 なるほど、そこで私をどうやって呼び出そうか思案していたところにイザベラさんがやって来たから、渡りに舟ってことで連れて来てもらったということですか。


「そういうことなら、こういったまわりくどいことをせずに、最初から呼び出して下さればいいのに」

「あの時、もうこりごりだって顔してたからね」

「今回は事情が違いますよ」


 師匠はありがとうと言って、私の頭を撫でて下さいました。

 それからニナの頭をぽんと叩きます。


「私は復興作業の方で手一杯なので同行出来ないんだ。だからニナにもお願いしていいかな?」

「はい、お父様」


 ニナが頷くと、丁度良いタイミングで扉が開き、リズさんが二本の釣竿を持って入っていらっしゃいました。

 私はそれを受け取りながら、師匠に疑問を投げ掛けます。


「相手が二組だとこちらも四人いないと対処できないのでは?」

「ああ、それは大丈夫です」


 答えたのはイザベラさんでした。

 颯爽と取り出した二本の釣竿を構えて見せます。

 えっと、二刀流なんですか?


「それじゃあ、お願いするね」

「あ、師匠……」

「聞いているよ、そっちはこちらで手配しておくから」

「ありがとうございます」

「それはこっちの台詞だ。春の名物になってくれると期待しているよ」


 師匠はさあ行っておいでと私達の背をそっと押しました。


        ◇        ◇        ◇


「イザベラさん、魔法の方は大丈夫ですか?」

「ああ、浮遊トライブンの魔法と雷撃ザンダーストロークの魔法は釣り師の基本だからね。問題ない」

「はい、では障壁ヒンダーニスの魔法はこちらで張ります」

「ありがとう。よろしくね」


 私達は既に波が荒くなっている沖合いへと移動しました。

 イザベラさんが早速仕掛けを渦の傍へと投げ込みます。

 ジーランス釣りで大変なのはかかってからなので、それまでは然程難しいものではありません。

 好物の二枚貝を餌にして、潜んでいそうな場所に投げ込むだけなので、初心者でも簡単に出来ます。

 そこでジーランスはニナに任せて、私はジーラゴスに対処することにしました。


「来たよ来たよ」


 イザベラさんとニナの竿には直に当たりがありました。

 高波が私の張った空間障壁に接触して消えていきます。


「竜巻が来る前にジーラゴスの方へも仕掛けを投げ込んでおいて下さい」

「了解」


 私とイザベラさんはほぼ同時に仕掛けを投げ込みました。


 それから約ニ時間後。

 私達は無事二組のジーランス、ジーラゴスを仕留め、海岸に戻ってきました。

 沖合いでの釣りだったので、海岸には殆ど被害は出なかったようです。

 今回はイザベラさんが私の指示に従って、細かく電撃の強さを調整出来たことが前回よりも短時間で済んだ要因でしょう。


「いろいろありがとうございました」


 冒険者ギルドで討伐報告を行い、私達は握手を交わしました。

 イザベラさんとニナは無事釣り師Aランクの資格を取得。

 ニナは苦笑していましたが、今回は師匠の頼みだから仕方ないよね。


「それで、ジーランスとジーラゴスはどうされるんですか?」

「ジーランスは父が献上品にすると言っていた。ジーラゴスは今夜のメインさ」


 凍結フロストの魔法で固めた二匹を両手に抱えて、イザベラさんはにっこりと微笑み、転移魔法陣へと入って行かれました。

 私達は手を振ってお見送りです。


「それじゃあ帰りましょうか」

「そうだね」


 私達は師匠に報告するため、お屋敷へ向かって歩き出したのでした。


次回予告:「第三十八話 願い」

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