第三十六話 後始末
「機能追加……ですか?」
冒険者ギルドでの運用試験も順調に進められ、大きな街にある冒険者ギルドの大半に転移魔法陣が設置された六の月の半ば、ニナと私はアレク兄様に呼び出され、王都のマイスナー男爵邸に来ています。
そこには、新しい転移魔法陣の主任開発者として、連日あちこちへ引っ張りだこになっているオスカーさんもいらっしゃいました。
「一番の懸念だった王都~リントベルク間の運用試験も無事クリアしたからね。そろそろ来る頃だと思っていたんだ」
アレク兄様はそう言って、笑みを浮かべました。
王都~リントベルク間の運用試験はなんとか五の月中に開始することが出来、夏の蝕前後でも失踪者や魔の森の異常は発生しなかったことが確認されたのです。
商人ギルドや職人ギルドでもこのルートには注目していたらしく、七の月から運用試験を開始することになったと聞いています。
「では、いよいよ」
「ああ、王宮から運用試験に協力したいと言って来た」
運用試験を許可したことにより、人の移動が活発になり、流通や経済の発展が期待されます。
しかし、国や貴族達からすれば、それだけではメリットが少ないのも事実です。
折角の最新技術、自分達もそのご利益に預かりたいと考えるのは当然のことでしょう。
アレク兄様はそこまで読んで根回しの餌としていたようです。
運用試験に当たっての体制等については既に提案済みなのだとか。
それに伴い、王宮では運用試験を管理統括する部門を新設し、先日人事発表があったばかりだそうです。
王宮や貴族が運用試験を行うに際し要望されているのは、受け手側からの通行拒否と有事の際に全ての機能を停止する機能です。
実はこの機能、既に転移魔法陣には組み込まれているもので、設定を変更すればいつでも使えるようになっていたりします。
「それじゃあ、後はこっちで進めて構わないね」
「はい」
アレク兄様は満足げに頷いて、ティーカップを手に取ります。
そこで何か思い出したのか、口をつけずにテーブルに戻しました。
「そうそう、魔法ギルドは旧転移魔法陣の運用を止めることにしたらしいよ」
私達が安堵の顔を見せると、アレク兄様は逆にちょっと渋い顔をされます。
「その代わり、各地へ支部の設置を進めているそうだ」
「それってつまり……」
「いずれこちらの転移魔法陣を使いたいと言ってくるだろうね」
魔法ギルドは今回の失態でギルドマスタを含む幹部達が責任を問われ更迭、新たに選任されたギルドマスタの下、新体制での運営を開始したそうです。
その手始めとして、旧転移魔法陣を盾に遣りたい放題だった体制を改め、各地に支部を展開して地道に失地回復を図っていくつもりなのでしょう。
「これで風通しがよくなるといいですな」
オスカーさんによれば、既に王都の本部は以前のような暗い雰囲気はなく、誰にでも門戸を開いているとのこと。
私達もずっと敵対するつもりではないので、運営方針が変わったのなら、今後協調の道も開けてくるでしょう。
その辺はアレク兄様が見極めて下さるはずです。
◇ ◇ ◇
その後なんだかんだで王都に長居してしまい、私達がリントベルクに戻ってきたのは七の月も半ばを過ぎた頃でした。
「いろいろと言いてえ事はあるが、まあ今回は止めとくか。お疲れ様だったな」
そう言って、ダインさんは私達の頭をぐりぐりと撫で回しました。
何気に力が入っているのは、勝手に突っ走るなと言われていたのを無視しちゃったからですか。
でも今回の筋書きを立てたのはアレク兄様です。
私達が怒られるのはちょっと理不尽じゃないでしょうか。
「父上、こちらからの報告もありますのでその辺で」
「……おう、そうだったな」
見かねたエルヴィンさんが止めに入って下さいました。
出来ればもう少し早くして欲しかったです。
「大体のところは聞いちゃいるが、細けえところを補完してもらえるとありがてえ」
ダインさんの指示で、ニナと私は王都へ向かってからの経緯を報告しました。
もちろん、転移魔法陣製作に関しての部分はぼかしてあります。
この辺はアレク兄様とも相談した結果、知らせないほうがいいだろうということになっていたのです。
「なるほどな……」
ダインさんは少し疑わしげな目を私達を見ています。
ぼかした部分が気になっているのでしょうか。
しかし、一度目を閉じると、わかったと言って、表向きは納得して下さいました。
「それじゃあこっちからの報告を頼む」
「はい、ラムブレヒト子爵ですが、魔法ギルド支部長と共に相談役も解任されました」
「え?」
「そうなんですか?」
「ああ、いろいろと裏でやってたらしいからな。自業自得ってもんよ」
ダインさんが上機嫌だったのは、実はこの件があったからなんですね。
私達は顔を見合わせ、くすりと笑いました
「お帰りなさい、ニナちゃん、コユキちゃん」
「「エーファ様、ご心配をお掛けしました」」
エーファ様は私達を代わる代わる抱き締めて下さいました。
長い間お出かけしていたので、さぞやご心配をお掛けしたと思っていたのですが、流石ダインさんの奥様。
「心配はしていましたが、どんなお話が聞けるのか楽しみにもしていましたよ」
さらっとそんなことをおっしゃいます。
私達は笑って、その期待に答えるべく、身振り手振りを交えて、これまでの出来事を語ったのでした。
◇ ◇ ◇
『漸く顔を見せに来よったか』
『ご無沙汰してごめんなさい』
ルイドお爺ちゃんは不貞腐れていました。
『折角咲いた花もとうの昔に散ってしもうたわ』
そう言って顎をしゃくった先には、すっかり葉っぱだけになってしまった桜の樹がありました。
そういえば、花が咲く前に王都に行ってしまったんですよね。
今年は見れると思ったのに残念です。
私がしゅんとしてしまったので責任を感じたのか、ルイドお爺ちゃんはすうっと手を振りました。
私達の前にある地面がふわっと輝き、そこに十数本の桜の枝が現れます。
私はがばっと顔を上げました。
『もらっていいの?』
『一本だけ咲いても面白うないからの』
私が喜んでいる隣で、ニナは不思議な顔をしています。
『あの、この枝ってどうすればいいんですか?』
『なんじゃ闇の嬢は知らんかったのか』
ルイドお爺ちゃんはニナには優しいので、挿し木の遣り方や注意点を細かく解説してあげています。
一方の私は、植える場所をどこにするか、いろいろと考えを巡らせていたのでした。
『あれから異常はないですか?』
『ふむ、平穏そのものじゃな。なんでも新しい転移魔法陣を作ったそうじゃの』
ルイドお爺ちゃんは事情を知っているので、内容をぼかす必要はありません。
私達は経緯を包み隠さず報告しました。
それを聞いて、ルイドお爺ちゃんは満足そうに頷きます。
『そういうことなら問題なかろう。これで一安心じゃな』
久しぶりにほっほっほっと高笑いするルイドお爺ちゃんを見たような気がしました。
◇ ◇ ◇
「コユキちゃん、桜の樹どこに植えるか決めたの?」
「ニナはどこか植えたいところある?」
「そうね……領主様のお屋敷のお庭とマイスナー村と王都のお屋敷のお庭、あとグレゴールさん宅のお庭かな」
ニナは暫く思案すると、いくつかの候補を挙げました。
大体予想通りの場所です。
でも私はもう一つ植えたい場所がありました。
これからの復興の手助けにもなるし、何より今度も仲間外れにしちゃかわいそうですものね。
秋になったらニナと手分けして挿し木をしに行くつもりです。
次回予告:「第三十七話 凪」




