第三十三話 迷い道
「証拠はありません。でも、今回の件は、転移魔法陣の起動に伴う事故と考えられます」
私の見解を聞いて、ダインさんはすぅっと目を細められました。
その視線がニナの方へと向けられます。
ニナはそれを受け、私の方をちらりと見てから、こくりと頷きました。
ダインさんはそれで納得したのか、私へと視線を戻します。
「話せる範囲で構わねえから、根拠を教えてくれ」
私は一度目を閉じ、話すべき内容を頭の中に思い描きました。
それが整理できたところで目を開き、ダインさんに視線を合わせます。
「蝕の日は魔力が大きくなる事はご存知ですよね?」
ダインさんが頷くのを確認し、次の質問を投げ掛けました。
「転移魔法陣が起動する際、びりびりと感じる程の魔力波動を発することは?」
「そういうものだと聞いてるぜ」
ここまでは問題ありません。
私は満足げに頷きました。
「では、魔の森が特異点と呼ばれる非常に不安定な場になっていることはご存知ですか?」
それを聞いた途端、ダインさんの目が大きく見開かれます。
「……なるほどな、昨年の異臭騒ぎもそれが原因か……」
……その原因は別にあるのですが、ここで指摘するのは止めておきましょう。
私の困惑を他所に、ダインさん何か思案するように黙り込んでいます。
恐らく得られた情報を整理し、自らも推測を立てて検討しているのでしょう。
やがて私達と同様の結論に辿り着いたのか、苦虫を噛み潰したような顔を上げました。
「証拠がなけりゃあ、止められねえか……」
「はい」
「判った、こちらでも出来るだけの手は打とう」
ダインさんは渋い顔をしたまま、策の検討を始めました。
問題はそれが根本的な解決にはならないことです。
どうしたものかとニナの方を見れば、笑みを浮かべてこくこくと頷きます。
久しぶりにその仕草を見て、私もくすりと笑みを浮かべました。
ふっと肩の力が抜けた気がします。
ありがとう、ニナ。
私は大きく深呼吸をしました。
己を知り、相手を知れば百戦危うからず。
相手のことを知るためには、試してみるしかなさそうです。
「それで嬢ちゃんらはどうする?」
「アレを使って王都へ行ってみようと思います」
私達の意志を確認すると、ダインさんはぱんと膝を叩きました。
「そっちは何とかしてやろう。向こうの渡りはどうする?」
「アレク兄様に連絡して迎えに来てもらいます」
「判った」
ダインさんは漸くいつもの不敵な笑みを浮かべました。
そして、私達に指を突き付け、しっかりと釘を刺します。
「いいか、お前らだけで突っ走るんじゃねえぞ。判ったな!!」
「「はい」」
私達はこれまでの所業を思い出し、苦笑を浮かべたのでした。
◇ ◇ ◇
翌日、ダインさんは秘密裏に策を実行に移したようです。
詳しくは聞いていませんが、影を使い、リントベルクに支部を置く全ギルド(但し魔法ギルドを除く)の支部長宛に極力転移魔法陣の使用を控えること、特に蝕の日の前後は厳に控えるよう通達を出したそうです。
また影ギルドに対しては、失踪者の足取りを再度洗い直すよう指示が出されているとのこと。
情報提供者が誰であるかは言わずもがなですね。
それから数日が経過し、私達が王都へ向かう日がやってきました。
「さて、準備はいいか?」
「「はい」」
私達はダインさんに連れられ、魔法ギルドの中へ入りました。
ホールの見た目等は冒険者ギルドと然程違った印象は受けません。
しかし、随所に魔法のアイテムが使われていたり、魔力の反応があったりと、雰囲気はまるで別物です。
私達をねめつける視線もあり、いかにも敵地といった感じがします。
ダインさんが受付で転移魔法陣使用の手続きをしていると、上の階から支部長のラムブレヒト子爵が降りてきました。
「これはこれは、リントベルク伯爵。本日はどのようなご用件で?」
「この娘らが王都の義兄のところへ行くことになってな」
「ほう、さすがはマイスナー卿のお嬢様方。王都への旅に転移魔法陣をお使いとは豪勢なことですな」
ラムブレヒト子爵は私達を侮蔑するような視線を向けて来ました。
「ラムブレヒト子爵、お初にお目もじ致します。アルベルト・マイスナーが長女、ニナと申します。こちらは妹のコユキ。本日はお噂の転移魔法陣を使わせて頂けると聞き、大変感謝致しております」
そう言ってゆっくりとお辞儀をするニナに習い私も慌ててお辞儀をします。
ラムブレヒト子爵はふんと鼻をならし、踵を返しました。
「手続きは済んでいるのかね。では、私が直々にご案内致しましょう。こちらへ」
そう言って、こちらも見ずにすたすたと歩いて行ってしまいます。
私達はダインさんにお礼を言ってお辞儀をすると、急ぎその後を追いかけたのでした。
「さあ、こちらへどうぞ」
ラムブレヒト子爵に案内された部屋は地下にありました。
中に入ると、そこは制御室と呼ばれている場所で、更に扉の奥が転移室になっています。
ラムブレヒト子爵は中にいたローブ姿の担当者に二言、三言声を掛けました。
担当者の人は頷いて、私達を転移室へ案内します。
「転移が完了するまでは魔法等は使わないようにお願いします」
「「はい」」
「では、そちらのお嬢様から転移致します。あちらの円の中心にお立ち下さい」
ニナがゆっくりと円の中心へ向かって歩いて行きます。
私は担当者さんに連れられ、一度制御室へと戻ってきました。
「では転移を開始します」
ニナが円の中心に着いたのを確認し、担当者さんが転移魔法陣を起動させました。
円の下から上へ順に七つの魔法陣が展開され、ニナの体を包み込みます。
次の瞬間、魔法陣が一斉に発光し、強い魔力波動が放出されました。
何かがびりびりと体を突き抜けて行くような感じがします。
やがて、光がおさまり、ニナの姿は転移室から消えていました。
『ティンク、記録出来た?』
『ばっちりだよ~』
制御室のガラスは光の量を調節する魔法が掛けられているのでしょう。
かなり強い発光でしたが、転移室の様子を普通に観察することが出来たのです。
尤もティンクは魔力の流れがトレース出来るので見えなくても関係なかったのですが。
「では、そちらのお嬢様、転移室へどうぞ」
「はい」
私も言われた通り転移室へ入り、円の中心に立ちました。
『ティンク、今回も記録しておこうね』
『了解~』
「では転移を開始します」
ニナの時と同様に私の下から上へ順に七つの魔法陣が展開され、私の体を包み込みます。
次の瞬間、魔法陣が一斉に発光し、私の体はもの凄い力で押されたように投げ出されました。
暫くすると今度は逆に急ブレーキを掛けたときのような強い反動が襲ってきます。
乗り物酔いする人には絶対に勧められませんね、これは……。
目を開けると、先ほどと似たような場所に立っていました。
違うのは、隣の部屋から扉を開けてニナが現れたことでしょう。
「コユキちゃん、大丈夫?」
「うん、ニナは大丈夫だった?」
「うん、でももう使いたくない……かな」
「だよね」
私達は苦笑しつつ、転移室を後にしたのでした。
◇ ◇ ◇
「ニナ、コユキ、こっちだよ」
王都魔法ギルド本部から出ると、すぐ傍にこじんまりした馬車が止まっていて、中からアレク兄様が手を振っています。
私達が乗り込むと馬車は直に走り出しました。
「転移魔法陣の旅は快適だったかな?」
アレク兄様は私達の顔を交互に見て、面白そうに微笑みます。
この笑顔はどんな思いをしたか知っているからなのでしょう。
私達が恨めしそうに睨むと、アレク兄様はごめん、ごめんと両手を挙げて謝りました。
そして直に身を屈め、小声で囁きます。
「それで首尾は?」
「「ばっちりです」」
私達はにっこりと微笑みました。
但し、これはまだ相手の情報を得ただけに過ぎません。
この後どのように相対していくのか、考えるだけでも気が遠くなりそうです。
そんな私達の頭をアレク兄様はぐりぐりと撫で、心配ないよと笑みを浮かべたのでした。
次回予告:「第三十四話 光明」




