第三十二話 失踪
四の月になり、漸く春の訪れが感じられるようになってきました。
新たに冒険者になった者をちらほらと見かけるようになるのもこの季節ならではです。
今年はギルドの人員も揃ったので、昨年のような慌しさはないでしょうが、それでもギルドホールから溢れるほどには冒険者が押し寄せているはずです。
そんな目と鼻の先にある光景に思いを馳せながら、私はため息を一つつきました。
領主様のお屋敷では、新しい年度に際し、伯爵家、臣下一同揃って事始の儀式が執り行われています。
一応伯爵家預かりのニナと私もこの式に参列することになり、エーファ様の後ろに控え、臣下の皆様に愛想笑いを振りまいていました。
午前中はそんな状況だったので、冒険者ギルドに顔を出せたのは午後になってからでした。
昨年もこの時間は一息ついた頃だったので、今年は余裕でしょうと思っていたのですが、慌しく人が出入りしています。
何かあったのかと中へ入ってみると、重い雰囲気がホールを支配していました。
「ニナ、コユキ?!」
呼ばれて振り向くと、コリンナさんが椅子を蹴倒してこちらにやってくるところでした。
こちらも只事ではない雰囲気です。
「コリンナさん」
「こんにちは」
「こんにちは……今日はもう来ないのかと思ってたわ」
コリンナさんは私達の背中に手をまわし、食堂の方へ促すように歩き始めました。
そのしぐさが私達をこの場から引き離そうとしているように思えてなりません。
訝しげに思っていると、後ろで扉が開き、人がどやどやと中に入ってきました。
その中にはヴェルナーさんやテオさんの姿もありました。
何人かで急ごしらえの担架を抱えています。
誰か怪我でもしたのでしょうか。
載せられている人の上には布が被せられています。
ヴェルナーさんは私と眼が合うと、ちっと舌打ちして視線を逸らしました。
「おい、処置室に運ぶぞ」
「おう」
ミリアムさんが慌てて処置室の扉を開き、こちらへと誘導しています。
次々と運び込まれた担架は全部で八つ。
いずれにも布が被せられ、それがぴくりとも動く気配はありません。
状況を把握した私達をコリンナさんが後ろからぎゅっと抱き締めてきました。
「コリンナさん」
「事情を話して下さい」
魔物を相手にしているのですから、こういう事が絶対にないとは言いきれません。
冒険者になると決めたときにそれ位の覚悟は出来ています。
ただ、一度に八人という数には驚いていますけど。
「もうすぐ旦那が戻ってくるから、それからでいい?」
「「はい」」
私達は頷くと、いつものテーブル席へと移動したのでした。
「待たせたな」
ヴェルナーさんが戻ってきたのはそれから二時間程後のことでした。
死体の検分なんかを行っていたのでしょう。
ヴェルナーさんは椅子にどかっと腰を下ろすと、ふうと息を吐き出しました。
「旦那、どうだったの?」
「ああ、全員一致した」
「それじゃあ、やっぱり……」
コリンナさんとヴェルナーさんの話は肝心なところを飛ばしているので、私達にはさっぱり判りません。
恨めしげに睨んでいると、ヴェルナーさんが私の頭をぽんぽんと叩きました。
「あいつらは冒険者じゃねえよ。皆先月いなくなった、失踪者だ」
「失踪者って?」
「どうして?」
「ああ、最初から説明するから落ち着け」
ヴェルナーさんは私達を宥め、ゆっくりと語り始めました。
事の起こりは三の月一の日。
その日、商区街東区、所謂飲み屋街の辺りで何人かが行方知れずになりました。
彼らが最後に目撃されたのがその日だったため、実際にいなくなったのはそれ以降かもしれません。
ただ、いなくなった者の大半が酔っ払いだったため、路地裏で眠りこけているんだろう等と、気に留める者も殆どいなかったのです。
実際、捜索依頼が出されたのは十名中二名。
女給と配達の少年の二人だけだったのです。
この二人に関しては誘拐の可能性もあったため、領主様も私兵団を動かしたらしいのですが、行方は杳として知れませんでした。
「早朝から魔の森に入ったパーティが最初の死体を見つけて報告してきたのが午前十時頃。後はまあ追い追いだな」
そう言って、ヴェルナーさんは深いため息をつきました。
「犯人は見つかってないんですか?」
「ああ、そっちも皆目見当がつかないらしい」
「動機も手立ても判らないし、お手上げだって役人がぼやいてたわ」
そして四の月になり、魔の森に入ったパーティが随所で死体を発見し、現在に至るわけです。
「何れにせよこっから先はお役人の仕事だ。ただ、犯人がこれに味を占めてまた犯行に及ぶ可能性もある。お前らも注意しろよ」
「そろそろ日暮れよ。今日はもう帰りなさい」
ヴェルナーさんの言葉に頷き、私達は冒険者ギルドを後にしたのでした。
「コユキちゃん、どう思う?」
帰る道すがら、ニナが話掛けてきました。
あの場で話すことは出来ませんでしたが、私達はもう一つ情報を持っています。
それとの関連性について聞いているのでしょう。
「判らない。でも絶対に起こらないとも言い切れない」
何と言っても、事件当日は蝕だったのです。
特異点である魔の森、魔力が強くなる蝕、体にびりびりと感じる程の魔力波動を発する転移魔法陣、これらが重なったとき、リントベルクの街中に転送ゲートが開き、たまたまそこにいた人が魔の森に運ばれた。
でもこれは単なる推論でしかありません。
ニナも同様の結論なのか、私達はお互い顔を見合わせ、はあとため息をついたのでした。
◇ ◇ ◇
「お嬢様方、旦那様がお呼びです」
領主様のお屋敷に帰った私達をテレーゼさんが出迎えてくれました。
案内されて向かった先は見慣れた執務室です。
「よう、待ってたぜ」
部屋にいたのはダインさんお一人だけでした。
しかも神妙な顔つきをなさっていらっしゃいます。
私達が顔を見合わせていると、ダインさんはテーブルの上に一通の封書を置きました。
「まさか、こんなに早く使うことになるとはな」
中身は師匠からの手紙でした。
ダインさんは魔法関連については疎いので、何かあったら力になってやって欲しい……云々、な内容が記されていました。
しかし、どこまで話していいものやら。
私が思案していると、ニナが真剣な表情で手をぎゅっと握ってきました。
判っています。
このまま手を拱いていたら、二ヶ月後にはまた同じ、いや今回以上の事件が起こるやもしれません。
「その顔つきだと、もう今回の事件のことは知っているようだな」
「「はい」」
「単刀直入に聞く。嬢ちゃん達の見解は?」
見解を聞いてくるということは、ダインさんも今回の件が単なる失踪事件とは考えていないのでしょう。
ニナにちらっと目を向けるとこくりと頷いてきます。
私はすうっと息を吸い込みました。
「証拠はありません。でも、今回の件は、転移魔法陣の起動に伴う事故と考えられます」
次回予告:「第三十三話 迷い道」




