第三十話 深雪
今年は冬の訪れが早く、十一の月に入った頃から木枯らしが吹き始めました。
マヌブタンによる臭気騒ぎの影響で、魔の森の間引きは実施されませんでしたが、森の外に出て来た魔物が大量に討伐されたため、充分相殺されたとの見方が強くなっています。
十二の月に入ると雪が舞い始め、年の瀬には各地で積雪が見られるようになりました。
山間のマイスナー村も例に漏れず、すっかり雪化粧を終えています。
そのため、毎年恒例の隠し芸大会は急遽雪像作りの雪祭りへと変更されました。
今年は二人に増えた妹達の隠し芸に付き合うため、わざわざ帰省してきたアレク兄様は当てが外れた格好になりましたが、変わりに私達の雪像作りを手伝っていらっしゃいます。
尤も作っているのは雪像ではなく、かまくらだったりしますけど……。
「旧ボルンマン伯爵領は、ローレンツ子爵が治めることになったみたいだね」
「ローレンツ子爵家といえば、マリ姉様のご実家ですよね」
王都では、年末に発布された来年度の王国体制についての話題でもちきりなのだそうです。
注目されていた旧ボルンマン伯爵領の復興は、長く中央官を勤めてきたローレンツ子爵に委ねられ、相談役として師匠――マイスナー男爵――が派遣されることになりました。
「マリも手伝いに借り出されたらしくて、三の月まで休学すると言ってた」
「春までマリ姉様に会えないなんて、かわいそうなお兄様」
「おいおい」
「コユキちゃん、マリ姉様ってどなたなの?」
マリ姉様の話題になったので、アレク兄様をからかってたら、事情を知らないニナが疑問を投げ掛けてきました。
早速内緒話で説明してあげます。
事情が判ってくるに従って、ニナの顔がにこにこ笑顔になり、逆にアレク兄様は渋い表情へと変わっていきます。
「言っとくけど、僕とマリはまだそんな仲じゃないからね」
「”まだ”ですって、ニナちゃん」
「お兄様も意外とヘタレでいらっしゃるのね」
ここぞとばかりに妹達に弄られ、アレク兄様は苦笑するしかありません。
その発散先が手元の作業に向いた結果、思ったよりも早くかまくらは完成したのでした。
「それで、リントベルクの新しい相談役はどなたが?」
「後任はラムブレヒト子爵だね。確か魔法ギルド支部長も兼任されるはずだよ」
早速かまくらの中で手土産に買ってきたお魚や貝を焼きながら、私達は話し続けていました。
「ラムブレヒト子爵?」
「父さんをもの凄くライバル視している方だよ」
あ~その一言でなんとなく判ったような気がします。
ニナも同様なのか苦笑いを浮かべていました。
「今年の野外実習もリントベルクにしようって皆と話してたんだけどね」
アレク兄様は思案するように両手を頭の後ろで組みました。
「そういえば、ニナとコユキはどうするの?」
「まだ何も」
「聞いてません」
アレク兄様の素朴な疑問に私達は顔を見合わせました。
確かに師匠がローレンツ子爵領へ派遣されるとなると、今住んでるお屋敷はリントベルク伯爵へ返還され、私達はマイスナー村へ戻ってくることになりそうです。
そのための養子縁組だって以前聞かされました。
お母様が小躍りして喜びそうです。
ところが……。
「ニナとコユキはこれまで通りだよ」
かまくらの外から声がしました。
私達が入り口へ目を向けると、師匠が顔を覗かせています。
「意外に中は暖かいんだね」
最初から大きめに作っていたこともあり、かまくらは四人が入ってもそれほど窮屈には感じません。
師匠はふぅと一息つくと、続きを話して下さいました。
「いろんな思惑が絡んでいてね」
マイスナー家としては、ニナと私を一緒に居させたい。
ダインさんは、私達をリントベルクにおいておきたい。
他の貴族方は常に私達の動向を監視出来るようにしておきたい。
その結果、私達は今まで通りリントベルクで暮らすことになったのだそうです。
但し、住む場所はこれまでのお屋敷ではなく、リントベルク伯爵家、つまり領主様のお屋敷にお部屋を頂くことになりました。
流石に幼児二人だけで住まわせる訳にはいかないですよね。
「……と言う訳で四の月から皆ばらけてしまうけど、私達は家族だから。そのことを忘れないように」
師匠の言葉に私達は真剣な顔で頷いたのでした。
◇ ◇ ◇
年が明けたリントベルクでは、もう一つ大きなイベントが待っていました。
昨年より建設されていた魔法ギルドが完成し、竣工式が開催されたのです。
魔法ギルドの完成は、また、王都~リントベルク間転移魔法陣の運用が開始されたことを意味します。
王都から十数名の来賓が招かれ、式典は大々的に執り行われました。
しかし、この式典を主催したのは、リントベルク伯爵ではありません。
魔法ギルドリントベルク支部長ラムブレヒト子爵が全てを取り仕切っていたのです。
領主席のダインさんが端から見ても憮然とした表情であるのに対し、ラムブレヒト子爵は終始にこやかに談笑されていらっしゃいました。
何故貴賓席のことにそんなに詳しいかと言えば、ニナと私はこの式典に強制参加させられていたからです。
しかも伯爵と支部長に花束を渡す役目を仰せつかって……です。
「なんであんな人が魔法ギルドの支部長なの」
「コユキちゃん、落ち着いて」
もともとこういう目立つことが嫌いな私はご機嫌斜め。
そんな私の頭をニナちゃんがよしよしと撫でてくれました。
実際、ニナは私の義理のお姉さんになったからか、ますます大人びてきています。
実年齢は私の方が上なのに、変な感じです。
話が逸れました、ラムブレヒト子爵のことでしたね。
宮廷魔術師としての席次は師匠よりも上位とのことですが、その力量は師匠の圧勝でしょう。
間近で見た限り、然程強い魔力を感じませんでした。
ニナも同様だったらしく、お飾りなんじゃないかなと結構酷いことを呟いています。
始祖の竜と同等の魔力を持つ今の私達から本来の魔力を隠しおおせる人がいるとは思えないので、この見解は間違っていないはずです。
支部長がこれだと、魔法ギルドも先が思いやられますね。
私は式典の疲れもあって、ふぅ~と長いため息をついたのでした。
◇ ◇ ◇
リントベルクの飲み屋街と呼ばれる一角に一面レンガで覆われた壁がある。
そこに悪戯書きのように書かれた店名。
知る者でなければ、その下に隠蔽された扉があるとは思わないだろう。
【風の噂】
そこは情報屋達の聖地。
久しぶりの店内だが、客層は以前とあまり変化はなさそうだ。
マスターに目配せで合図し、いつもの三番個室へと向かう。
扉を開くと相手は既に半分出来上がっていた。
「全く、これから酒が不味くなるかと思うとやってらんねぇぜ」
「おいおい、娘達を預けるんですからしっかりしてもらわないと困りますよ」
「そっちはまあなんとかならあ。それよりおめえの方はどうなんだよ」
「ローレンツ子爵は有能な方ですから、今よりは楽が出来そうですよ」
「………」
「………」
暫くここの酒も飲めなくなるので、今日はしっかり味わっておきたいと思っていたが、当てが外れた。
昼間不機嫌そうにしていたから、気にはなっていたが、まさかもう出来上がっているとは……。
「とりあえず、あの阿呆に好き勝手されないように、しっかり手綱を締めて下さいよ」
「ふん、知ったことか。いきなりアレだぜ。やってられるかよ」
「全く、魔法のこととなるとからっきしなんですから」
「嬢ちゃん達に期待する、以上」
「………」
「………」
だめだ、これじゃあ話にならない。
仕方ない、罵られるのを覚悟で、二人に事の次第を話しておこう。
全く最後の酒がこんな形になるとはついてない……。
深夜の飲み会はそうそうに切り上げられた。
次回予告:「第三十一話 綻び」




