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晶の標  作者:
30/61

第二十九話 闇炎

『こんにちは、ルイドお爺ちゃん』

『毎度毎度突然目の前に現れよる。たまにはちゃんと森を通って来んか』

『あはは』


 ニナ初仕事の翌日、グレゴールさんのところに挨拶に行ったり、コゼルさんのお店に買い物に行ったりした後、私達は迷いの森を訪れていました。

 もちろん、ルイドお爺ちゃんにニナを紹介するためです。


『……で、そっちが闇の嬢ちゃんかい』

『はい、ニナと申します。こちらはヨミ。どうぞよろしくお願い致します』

『ほう、晶の嬢ちゃんと違うて礼儀を弁えておるの』


 どうせ私はがさつですよ。

 でもとりあえず、ニナを受け入れてもらって良かったです。


『しかし、同時期に始祖の竜が二匹もおらんというのはちとやっかいじゃの』

『何か問題があるんでしょうか?』

『判らん。何か起こるやもしれんし、起こらんやもしれん』


 ルイドお爺ちゃんにも判らないことがあるんじゃないですか。

 私がくすっと笑ったのを見咎めたのか、お爺ちゃんがむっとしました。


『わしにも未来のことは判らんわい』

『もう、ルイドさんもコユキちゃんも喧嘩しないで』


 言い合いを始めた私達をニナが慌てて止めに入りました。

 それから暫く歓談し、そろそろ帰ろうかという頃、ルイドお爺ちゃんが真剣な顔つきになりました。


『始祖の竜がおらん時は、その力が不安定になりやすい。魔の森でなんぞ起こっとらんかの』


 私達は顔を見合わせました。

 思い当たる節は一つしかありません。

 その事を話すとルイドお爺ちゃんはむむむと困ったような顔をしました。


『あの周辺は地形的にも、魔素や瘴気の場的にも不安定な所でな。ちょっとしたことで淀みを生じ易いんじゃよ。そのため森でありながら、わしの支配下からも外れておる』

『特異点ということですか?』

『晶の嬢は難しい言葉を知っておるの。まあそういうことじゃ』


 それじゃあまた何か起こるかもしれないってことですね。

 私達は、注意しておきますと言って、迷いの森を後にしたのでした。


        ◇        ◇        ◇


 ルイドお爺ちゃんの不安は直に現実のものとなりました。


「おう、コユキにニナ、ちょっと困ったことになった」


 二日ぶりに冒険者ギルドを訪れると、難しい顔をしたヴェルナーさんに呼び止められたのです。


「何かあったんですか?」

「ああ、どうやらあの花がまた咲いているらしい」

「ええ?!」

「昨日魔の森に入った連中が見つけた。場所も恐らくあそこだ」


 業火ヘルファイエルで消滅させたのにたった二日で復活するってどれだけ……。


『ティンク、マヌブタンの発生条件は?』

『魔素溜まりや瘴気溜まり?』


 そうです、マヌブタンが咲いたってことは、あの場所に魔素溜まりや瘴気溜まりがあるってことじゃないですか。

 そのことをヴェルナーさん達に話すと、四人が困ったように視線を逸らしました。


「実はな、あの花が生えてるところ、ちょっと訳ありでな」


 ヴェルナーさんによると、あの場所はゴブリン達の巣があって、夏場に三パーティ合同で殲滅したところなのだとか。

 その際、祭壇にあったご神体のようなものを戦闘の弾みで壊してしまったらしいのです。


「この間、南の海岸で地震があったでしょ。あれで祭壇が壊れて瘴気が噴出したんじゃないかな」


 …………それってもしかしなくてもあれですよね。

 私の背中を冷や汗が伝っていきます。


「コユキちゃん?」

「あはは、なんでもないよ」


 ニナが心配そうに見つめてくるのを手を振って誤魔化します。

 そんな私にニナがぐぐっと顔を近づけてきました。


「何かあったんだよね」

「実は……」


 ニナは私のことを良く見てるだけあって、言い逃れできませんでした。

 仕方なく二人だけに聞こえる位の声でこそこそと事情を話します。

 聞き終えるとニナはふぅとため息をつきました。


「それじゃあ、ヴェルナーさん達がご神体を、コユキちゃんが祭壇を壊して瘴気が噴出しちゃったんだね」

「そういうことに……なるのかな」

「現実逃避してる場合じゃないよ。早くなんとかしないと」


 何か立場逆転してません?

 ニナが急に大人びたような……。


「でもどうしたらいいのかな?」

「うーん、そうだね……ここはやっぱり」


 私達はお互いに頷きます。


「ヴェルナーさん、私達、詳しい方に聞いてきます」

「お、何か当てがあるのか、それなら頼む」


 ヴェルナーさんの返事を背中に聞きながら、私達は冒険者ギルドを飛び出しました。

 急いでお屋敷に戻り、マイスナー村へ転移します。


『それでわざわざ聞きに来たっていうのかい?』


 ローザ様は鋭い眼光で私達を睨みました。

 凄い不機嫌そうなんですが、何かあったのでしょうか。


『お前らの事でアンが忙しくてな。ゆっくりお茶もできやしない。その上向こうに行ったかと思えばまた厄介事を持って来やがる。これで機嫌が良いとでも?』

「「ごめんなさい」」


 私達は慌てて頭を下げました。

 確かに今の私達ってどこからどうみてもトラブルメーカーですよね。


『まあ、光竜の婆さんに頼まれてるから、助言だけはしてやるよ。”毒をもって毒を制す”、後は自分らで考えな』


 ローザ様はニナに視線を向けてそうおっしゃいました。

 魔素溜まりや瘴気溜まりは闇の力が淀んだものだから、より強い闇の力で吹き飛ばしてしまえということでしょうか?

 それってなんて力技な解決法。

 でも今は四の五の言ってられません。


「ニナ、使える魔法ある?」

闇炎イリガーレ・フラムの魔法で燃やしちゃえばいいのかな? でも制御に失敗したら魔の森が消えちゃうかも」


 森一つ吹き飛ぶような魔法なの?

 確かに闇魔法は強力なものが多い印象ありますけど……。

 ニナが不安そうに私を見ています。


「大丈夫、私も手伝うから、二人で頑張ろう」


 私はニナの手を取ると、にっこり微笑みました。


        ◇        ◇        ◇


 夕日がもう西に傾いています。

 私達は、急ぎ魔の森南側の海岸へ移動してきました。

 周りに影響がないように出来るとはいえ、練習するには人目に付かない場所でないといけません。

 いろいろ不安はありますが、私には他に適当な場所が思いつかなかったのです。

 そのため魔の森からはかなり離れた、半島の先端の方まで来ています。


「合成魔法?」

「うん」


 ニナに私の魔法の特性を話しました。

 空間魔法で切り取った範囲内にニナの魔法を発動させれば、森への影響は最小限に抑えられるはずです。

 今までは自分で全て制御していましたが、今回はここにニナの魔法を合成するので同調のタイミングを練習しておこうというわけです。


「それなら良い魔法がある」


 そう言ったニナの足元に黒い魔法陣が展開されました。


『コユキちゃん聞こえる?』

『これって多重遠話《メルファス・エントフェルンテ・コンベザツィオン》の魔法?』

『うん』


 確かにこれならタイミングの問題はなさそうです。


『じゃあ一度試してみよう』

『うん』


        ◇        ◇        ◇


 辺りはもう薄暗くなってきていました。

 臭気の影響で魔物に会いにくいとはいえ、夜に魔の森を徘徊するのは危険極まりないです。

 私達はさっさとけりをつけるべく、マヌブタンの生えている場所へ急ぎました。


『育ってるね……』

『うん……』


 二日前に見たときの倍近くまで範囲が広がっています。


『日暮れまでもう時間がないからやるよ。淀みの正確な範囲を教えてね』

『了解、ヨミお願い』

『おっけ~』

『ティンク、ヨミからの情報に従って空間生成、制御、空間外への魔力他のエネルギー遮断』

『任せて~』


 ヨミから受け取った情報に従って、ティンクがかなり複雑な空間を生成していきます。

 そこに制御を加えて準備完了です。


『ニナ、今よ』

闇炎イリガーレ・フラム!!』


 イメージをより強固にするため、ニナが魔法の名を叫びます。

 展開された魔法陣を空間制御に加えると、ニナが魔力を注ぎ込みました。

 空間外へのエネルギー流出を遮断しているため、見た目には中がどうなっているのかさえ判りませんが、空間制御している私とティンク、同調しているニナとヨミには中で闇の炎が荒れ狂っているのが感じられます。

 それは暫く続いていましたが、少しづつ弱くなり、やがて全く感じられなくなりました。


『ティンク、制御解除、空間内に淀みはない?』

『解除します。淀みはないよ~』


 そこには、壊れた祭壇の残骸があるだけで、マヌブタンも臭気も綺麗に消えうせていました。


『瘴気も感じられないみたい』

『やったね~』


 ニナの方でも異常は認められなかったようです。

 そういえば、前回は残っていた臭気が今回は完全に消えているので、きっと大丈夫なんだと思います。


『日も暮れたみたいだし、そろそろ帰ろう』

『うん』


 暫く留まって異常がないことを確認し、私達はリントベルクへ帰還したのでした。


        ◇        ◇        ◇


「「ごめんなさい」」


 リントベルクへ戻った私達を待っていたのは、ヴォルフさん、ミリアムさん、ヴェルナーさん、他からのお説教でした。

 曰く、”勝手に二人だけで対処したりして、もし何かあったらどうする”、”子供達だけで夜の魔の森に入るとは何事だ”、”ちゃんと連絡しなさい”、”心配したんだからね”、云々……。


 確かにおっしゃる通りなので、私達はただただ頭を下げるしかありませんでした。

 そして、私達が謝り疲れた頃。


「良く頑張ったね」

「お疲れ様」


 最後に労いの声をもらった私達は、半泣きの顔を見合わせ、漸く微笑みを浮かべたのでした。


次回予告:「第三十話 深雪」

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