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晶の標  作者:
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第二話 日々

【日々】


 毎朝、目覚めると身支度をして師匠――アルベルトさんって呼ぶのは少し恥ずかしいから師匠と呼ぶことにしました――の元を訪れます。

 魔力溢れの処置を施してもらうためです。

 今の私は何故か魔力が体からだだ漏れの状態らしく、そのままだと本人はもとより周りにも影響を及ぼしかねないから危険なんだとか。

 でもこの処置は私にとってあまり好ましいものではありません。

 体がきゅっと締め付けられ、枷を付けられたような感じになるのです。

 先日習った魔法の知識からすると、どうやら封印ヴェジーゲルングの魔法を掛けられているようなのですが、封印ヴェジーゲルングの魔法ってあまり良い印象ありませんよね。

 悪魔とか邪神になったように感じてしまうのは私だけではないはずです。

 毎回のように項垂れる私を励ますように、アルベルトさんは頭をぽんぽんと撫でられます。

 すっかり日課となったマイスナー家の朝の風景です。


        ◇        ◇        ◇


「魔法に関しては、粗方説明してしまったんだよ」


 師匠がちょっと困ったような顔をなさいました。

 魔法適正があれば実践練習も出来たのですが、どうやら暫く魔法の訓練はお休みのようです。

 そんな訳で今日は今まで習ったことのおさらいすることにしました。


 この国の名前は、コーラル王国。

 大陸の東南に位置し、比較的温暖な気候のため農業国として有名です。

 王都アストリーアはレラン湖畔にあり、湖の都と呼ばれています。


 私達が今居る場所は、王国の東南端、リントベルク伯爵領主街リントベルク。

 この国では、領主の家名を領主街につけることが多く、王都アストリーアもアストリーア王家からきているとのこと。


 リントベルクは伯爵領唯一の街。

 通称エンデベルク。

 ここが街道の終着点になっているからそう呼ばれるようになったのだそうです。

 と言うのも、この地は古い遺跡や不可思議な森があったり、平原にちょっとやっかいな竜がいたりで、開拓が後回しにされていたから。

 リントベルクも街となってからまだ十数年ほどしか経っていません。

 そんな辺境の若い街でありながら、発展が著しいのはその立地条件に理由があります。


 北のトレール山脈には大小併せて百にも及ぶ魔窟があり、そこでは様々な鉱石が採掘されるため、有名な鍛冶職人さんが集まり、工房を開いています。

 更に山脈南側に広がる森林地帯から採れる材木は、弓や杖等の材料に最適な硬度としなりがあり、これまた木工職人さんが集まって来られるのだとか。

 南は開墾された肥沃な土地で一大穀倉地帯となっていて、その先にあるナウド湾は魚の種類が豊富な一大漁場。

 東はドラブル川が自然の防塞となり、その先、北側に迷いの森、南側に魔の森が広がり、更に東は古代遺跡の跡地となっていて、多くの冒険者がこの街を拠点にして攻略に励んでいるそうです。

 西は街道が整備され、その周辺は草原になっていて、放牧等が行われています。

 職人の街、冒険者の聖地、食の街と呼ばれる所以ですね。


        ◇        ◇        ◇


 その後も、この世界で生活するために必要な知識と称して、師匠とリズさんはいろんなことを教えて下さいました。

 師匠からは、薬草の知識や調薬の仕方、魔物についての知識等を、リズさんからは、お掃除や洗濯の仕方、料理、お買い物で損をしない交渉の仕方等をです。

 但し、こんな知識は必要なの?……と疑問に思うものもあったりします。


「師匠~、礼儀作法はともかく、何故ダンスの練習が必要なのでしょう?」

「いつ何時、パーティに招かれたりするかもしれないじゃないですか」


 多分一生そんなことはありません。

 もしあったとしても全力でお断りさせていただきます。


 またある時は……。


「師匠、引いてます……って何故詠唱してるんですか?」

「魚の魔物もいますからね……雷撃ザンダーストローク


 なんてこともありました。

 因みに師匠の趣味は釣りだそうです。


        ◇        ◇        ◇


 そんなこんなで私がこの世界に来てから一ヶ月程が経過しました。

 因みにこちらの暦では一年は三百六十日、一月が三十日となっているようです。


 言葉の方も問題なくなり、勉強の方もひと段落つきました。

 魔力溢れの処置にも慣れてきたのか、動きのぎこちなさも殆どありません。

 ずっと勉強で体が鈍ってきているので、日課だった鍛錬を再開することにしました。

 師匠にそのことを話すと、無理をしないことを条件に許可して下さいました。


 咲島家は古流武術の家系で、私も物心付いた頃から護身術と称して武術を学んでいたのです。

 そこそこの才能はあったらしく、お祖父様は私が男の子だったら道場を継がせられるのにと嘆いていました。


 庭でランニングしたり、ダッシュしたりした後、素手の型を一通り試します。

 手頃な棒があったので、それを使って武器の型を試していたら、師匠に怒られてしまいました。

 どうやら師匠が魔法を唱える時に使う杖で、とても高価なものなのだそうです。


「勝手に使ってごめんなさい。あの、何か木の棒のようなものはないでしょうか?」

「初心者用のロッドだけど、こんなものでいいかな」

「ありがとうございます」

「どういたしまして」


 師匠からいただいたロッドの方が小柄な私には使いやすく、武器の型も一通り試し終えました。

 この後は組み手になるのですが、師匠に相手をお願いしたら、急にごほごほと咳をして、今日は風向きが良くないからと断られました。

 咳と風向きにどんな関係があるのでしょう?


        ◇        ◇        ◇


 夕飯の後、師匠が改まって、話があるとおっしゃいました。

 それを聞いた時、私はとうとうこの時が来たと思ったのです。

 怒涛の一ヶ月でしたが、楽しい日々でした。


「コユキが今後どうしたいのか聞いておこうと思ってね」

「はい、お世話になりました」

「今のところ君を元居た場所に帰す術はない。君の魔力溢れについても同様だ。でも方策がないわけじゃないんだ。王都で調べれば……え?」

「いろいろ教えていただき、ありがとうございました。このご恩は……え?」

「……」

「……」

「何か勘違いしてないかい?」

「あ、あれ?」


 どうやら私の勘違いだったようです。

 師匠には大笑いされました。


「単刀直入に言うよ。私の養女にならないかい?」

「幼女?」

「私に幼女趣味はないからね。……じゃなくて、養子縁組をしないかい」


 師匠の話によると、今の私の立場は非常に曖昧なものらしいです。

 一応師匠が後見人ということになっていますが、ずっとこのままというわけにもいきません。

 かといって五歳の身寄りのない娘を放り出す……という選択肢は、元々考えになかったそうです。

 一ヶ月一緒に暮らして愛着も沸き、私の方も師匠と慕ってくれている。

 それなら私が元の世界に帰る方法が見つかるか、自活できるようになるまで、養女として育てたいということらしいです。


「養子縁組の解消は何時でも可能だよ。良かったら考えてみて欲しい」

「はい」

「そう言えば、コユキはここを出てどうするつもりだったの?」

「あ、冒険者になろうかなと」


 養子縁組……考えてもそうそう結論なんて出ませんよね。

 それより手っ取り早く自活するためには、冒険者になるのが一番近道だと思ったのです。


「確かに冒険者登録すれば、立場は冒険者ギルドが保障してくれるか。じゃあ明日早速登録に行ってみるかい?」

「え、いいんですか?」

「もちろんだよ。コユキがやりたいと言ったことは出来る限り叶えてあげたいと思っているからね」


 師匠はそう言って、私の頭を優しく撫でて下さったのでした。


次回予告:「第三話 冒険者」

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