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晶の標  作者:
29/61

第二十八話 紅葉

「そう言えば、ニナってあまり若返ってないよね」

「うん、長耳族の血を引いてるからそんなに影響が出ないんだって」


 ニナのお父さんかお母さんの先祖に長耳族の人がいたのでしょう。

 その血の影響もあって、寿命を延ばしても現在の体形にあまり変化がなかったらしいのです。

 今のニナは身長が二、三センチ縮んだ位。

 私と比べたら大違いですね。


「でもコユキちゃんが元は十五歳だったなんてびっくり」

「今はこんなだけどね」

「これからはコユキお姉ちゃんって呼ぼうかな?」

「それだけはやめて~」


 師匠達がニナの今後について、あーでもない、こーでもないと議論しているのを他所に、肝心の当人達は呑気におしゃべりをしていました。


「まだ結論は出てないけど、とりあえず侍女の件は白紙よ」


 珍しく疲れた顔のお母様が途中経過を知らせてくださいました。

 流石に闇竜の仮親を私の侍女という訳にはいかないのでしょう。

 私と一緒にいたいというニナの希望も鑑みれば、どこかの下級貴族の養女になるのが最良です。

 しかし、ある程度付き合いがあり、かつ信頼できるところとなるとほぼ全滅といった有様なのだとか。


「どうせだからリントベルクで羽を伸ばしてらっしゃい」


 お母様のお墨付きをもらい、私達はリントベルクに戻ることになったのでした。


「とりあえずどこに行こうか?」

「あのね、冒険者ギルド」


 よりによってそこですか……。

 グレゴールさんからいろいろ話を聞いていたらしく、ニナは冒険者への憧れもあったのだそうです。

 今なら実力的にも問題ありません。

 聞けば、マイスナー村周辺の森で狩りの経験もあるのだとか。


「じゃあ冒険者ギルドへ」

「れっつご~」


 私達は手を繋ぎ、冒険者ギルドへ向かって駆け出したのでした。


        ◇        ◇        ◇


「ミリアムさん、この子の冒険者登録お願いします」

「はい、それじゃあこちらへ」


 お昼時の冒険者ギルドはいつものように閑散としていました。

 ニナの冒険者登録に付き合っていると、暇だったのかヴェルナーさん一行が後ろから覗き込んできました。


「なんだコユキの友達か?」

「はい、ニナちゃんです。ニナ、こちらはヴェルナーさん、テオさん、コリンナさん。あれ、ハインツさんは?」


 順番に紹介していたら、一人足りないことに気づきました。


「ああ、あいつは今日、二日酔いで寝込んでる」

「あらら」

「ここ暫く稼ぎが良かったからね。好い気になって飲みすぎたんだよ」


 最近、ゴブリン達が魔の森から外に出てくることが良くあるらしく、討伐依頼が頻繁に出されているのだとか。

 そのため、ヴェルナーさん達も討伐に駆り出され、結構良い稼ぎになっているようです。


「何だったらそっちの嬢ちゃんの初仕事でこれから行ってみるか?」

「どうする、ニナ?」

「行きます!!」


 ヴェルナーさんの提案に、出来上がったばかりの冒険者カードを受け取ったニナは即答しました。

 やる気満々です。

 気負いすぎて怪我をしないと良いのですが……。


「よっしゃ、決まりだな。ミリアム、こいつを頼むぜ」


 用意周到、最初からそのつもりだったのか、ヴェルナーさんは既に手にしていた依頼票をミリアムさんに渡しました。


「新人さんがいるんですから、無理なさらないように。はい、どうぞ」

「わあってるさ」


 ミリアムさんが呆れた様子で依頼票を受理しました。

 こうして、私達はニナの初仕事に出かけることになったのでした。


        ◇        ◇        ◇


「テオさんの右手よりゴブリン三、カウント五でエンゲージ」

「……」


 了解の合図なのか軽く手を上げて右方向へテオさんが向きを変えます。

 飛び出して来たゴブリンの一匹を盾で弾き飛ばし、一匹を袈裟懸けに切り倒しました。

 残った一匹はフォローに入っていたニナがあっさり切り捨てています。


 今のフォーメーションは前からニ、一、ニ。

 中衛にニナが入り、私は後衛、ハインツさんの位置に下がっています。

 魔の森の外でニ、三戦して、ニナの戦いぶりを見たヴェルナーさんの指示によるものです。

 始めて見たニナの動きには、ヴェルナーさんも舌を巻くほど驚いていました。


「コユキとためを張るたあ聞いちゃいたが、これほどとはな」

「ありがとう……ございます」


 褒められて嬉しいのかニナは頬を染めて俯いています。

 でもこれが初仕事なのですから、躓かないよう、先輩としてしっかりサポートしてあげないと。


「それにしても、魔物が少ないですね」

「確かにそうね。森に入った途端、数が減ったようにみえる」


 私が疑問を口にすると、コリンナさんも同様の感想を漏らします。


「それに何か臭うわ」


 確かに少し変な臭いが森の奥の方から漂って来ています。

 原因を探るため、私達は奥へ進むことにしました。

 幸い臭う以外、体に不調を来たすようなことはありませんが、コリンナさんが全員に毒耐性強化の魔法を掛けて下さいました。

 私も密かに皆の周りに危険度の高い有害物質を遮断する空間を生成します。

 やがて、先頭を進むヴェルナーさんとテオさんが口元を手で覆うようになってきました。


「こいつあちょっとキツイぜ」


 先ほどまではほのかに臭う程度だったのですが、今でははっきりと卵の腐ったような臭いが辺りに充満し、周りの木々の葉も赤茶けた色に変わってきています。


「この先に何か反応があります」

「何かってことはコユキが見たことねえ奴ってことか……」


 そうです、今までこんな反応は見たことがありません。

 高さは然程ないのにかなりの場所を占めていて、動く様子がない。

 そう例えて言うなら……。


「巨大なお花のような……」

「なんだそりゃ?!」


 臭気がひどいのでさっさと調べようということになり、その場へ行ってみた私達が目にしたものは、ラフレシアをもっと凶悪にしたような巨大なお花でした。


「確かにコユキの言う通りだわね」

「……」


 コリンナさんが呟き、テオさんが同意するように頷いています。

 そのお花の真ん中辺りから、時折、ふしゅ~と臭気の元になっているガスのようなものが噴出していました。


『ティンク、これって何か判る?』

『解説するよ』


 あれ、今回はいつものアレはやらないのかな。

 成長したのなら嬉しいのですが。


『マヌブタン。魔素溜まりや瘴気溜まりに咲く魔草。直接的な害を与えることはないが、腐臭と共に魔素や瘴気を辺りに撒き散らす。強力な魔物やアンデッドを生む要因になるとも言われている』


 ニナもヨミから聞いたのか、私の方を見てこくりと頷きました。


「こいつあ何かやばそうだ。焼いちまった方が良さそうだな」

「うむ」


 熟練の冒険者の勘から同じ結論に達したヴェルナーさんは、私の方に目を向けました。


「コユキ、頼めるか」

「はい」


 私は頷いて、呪文を詠唱するふりを始めました。


『ティンク、行くよ。魔法陣展開、《高速詠唱》、業火ヘルファイエル

『了解』

『空間生成。制御、マヌブタンにフィット、灼熱、目安は跡形もなく溶けてなくなる位……発動タイミングはいつも通り』

『いっけぇ~』


 呪文の完了と同時にマヌブタンが白光し消滅しました。


「相変わらずコユキの業火ヘルファイエルは凄まじいな」

「ハインツがいなくて良かったわね」


 事態を見守っていたヴェルナーさんとコリンナさんが率直な感想を漏らします。

 一方ニナは私の手を握り、「コユキちゃん、凄い」と感嘆の声をあげていました。


「さて、一旦戻るか。このことはギルドに報告しておいた方が良さそうだからな」


 異論を挟む者はなく、私達はそそくさと帰途についたのでした。

 理由はもちろん、まだ辺りに漂う腐臭から一刻も早く逃れたかったからです。


次回予告:「第二十九話 闇炎」

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