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晶の標  作者:
28/61

第二十七話 暗闇

 キィン……キィンと剣戟の音が響きます。

 最初の頃は余裕で躱せていたのに、最近はこうやって受け流すことが増えてきました。

 元々素質は充分だったところに、一流の師が英才教育を施したのだから、その成長たるや凄まじいものがあります。


「今日はここまでにしておきましょうか」


 お母様の声で互いに礼をして訓練終了です。

 周りからの歓声や拍手に送られて私達は屋敷の中へ入って行きました。


「でも驚いたよ。短期間でこんなに強くなるんだもの」

「一杯練習したから……」


 私の賛辞にえへへと照れるニナ。

 その手に先月までは見受けられた傷や肉刺は今はもう見る影もありません。

 剣を持つ手に余計な力が入らなくなった証拠です。


 いくら両親と祖父が優秀な影であったとしても、本人の努力なしにここまでの成長はありえません。

 多少動機に問題がある気もしますが、その頑張りは賞賛されるべきものです。

 もちろん剣技だけでなく、勉強や礼儀作法等も同様に習熟しているのですから、その努力は並大抵のものではないでしょう。


 温泉で汗を流し、お喋りに興じた――内容は模擬戦の反省会だったりしますが――

私達がお部屋に戻って来ると、渋い顔をしたお母様と不機嫌そうなローザ様が待っていらっしゃいました。


「コユキちゃん、悪いけど大至急アルを呼んで来てもらえる」

「はい、それは構いませんけど……何か厄介事でも起こったのですか?」

「とっても困ったことになったわ。あ、ニナちゃんは師匠を呼んで来てね」

「……はい」


 何かとても嫌な予感がするのは気のせいではないでしょう。

 私とニナは訝しげに顔を見合わせるとそれぞれの役目を果たすため、部屋を後にしたのでした。


        ◇        ◇        ◇


 部屋は異様な雰囲気に包まれていました。

 集まった人数が八名ということで、急遽少し大きめの客間を用意し、三人掛けのソファーを追加して対応することになったのです。

 緊張した面持ちでメイドさんがお茶を出して辞した後、暫く部屋の中は時の流れが止まったかのように静まり返っていました。


『あ~久しぶりじゃの、コユキ嬢ちゃんにティンク。元気にしとったかの』

『元気だよ~』

「ご無沙汰致しております」


 口火を切ったのは闇竜のお爺さん。

 私とティンクに話しを振ってきたのは、場の雰囲気を和らげるためのものでしょうか。


『話というのは他でもないんじゃが……』

『あ~お主は自分のこととなると話が長うなる。わしに任せんか』


 闇竜のお爺さんの話を遮ったのは、純白のローブに同色の円錐形でつばの広い帽子を被ったお婆さんでした。

 この方ってもしかしなくても……。


『大半の者は知っとるじゃろうが、わしらはお主らの言葉でいうところの竜と呼ばれる種じゃ』


 それを聞いてはっとしたのはニナだけでした。

 ニナのお爺さん――バルタザールさん――は雰囲気からある程度察していたようです。


『そうさな、わしらは無限の刻を生きるが、数千年から数万年の間隔で代替わりというか、幼生返りをするんじゃ』

「幼生返り?」

『そうじゃ、古い体を捨てて新しく再構築する。まぁ一種のりふれっしゅと気分転換というやつじゃな』


 ニナの質問にお婆さんはそう言って、ほほほと笑いました。


『それでじゃ。幼生体の間は住処でじっとしとるものなんじゃが、好奇心旺盛な風の奴が、長耳族に仮親となって育ててもろうての。これがまた得意げに話すものだから、他の奴らも興味をそそられるようになって、しまいにはどいつもこいつも代替わりの時期が近づくと、適性や波長のあう仮親を探すようになってしもうた。そういう訳じゃ』


 ぽかんと話を聞いてるのはニナとバルタザールさん。

 他の三人は当事者なので、今更な内容です。

 師匠なんてあさっての方を向いちゃってます。

 それじゃあばればれですよ、もう。


「あ、あの、ひょっとして、もしかして、まさかとは思いますが、仮親って?」

『お主のことじゃ~。話聞いとったじゃろ?』


 なんとなく雰囲気を察して嫌な予感を覚えていたニナにあっさりと引導を渡す白のお婆さん。


『どうじゃ? 引き受けてはもらえんか?』


 どうしようと周りを見回したニナが漸く私達の様子に気づきました。


「そういえば、どうして旦那様も奥様もローザ様もコユキちゃんもここにいるの?」

『全員関係者だからよ』


 それまで不機嫌そうに黙っていたローザ様が漸く口を開かれました。


「そう……なの?」


 ニナの視線がぎぎぎっと私の方を向きます。

 そうだよね、ここは私が説明するしかないよね。

 師匠とお母様を見ると、”よろしく”だの”任せた”だのアイコンタクトで言われたような気がします。


「ニナ、落ち着いてきいてね」

「…………うん」


 それから私はニナに事情を説明しました。

 私が晶竜の仮親であること、ティンクが晶竜の幼生体であること、師匠とお母様が事情を知っていて私を養女にしたこと、私の魔法のこと、等々。

 ニナはその内容を目をぱちくりさせながら聞いていたけど、ところどころ納得するものがあったのでしょう。

 私が話し終える頃には晴々とした顔をしていました。


「それで私はお婆様の仮親になればよろしいのですか?」

『いや、こっちの爺だよ』

『やってくれるのかのお?』

「…………はい、私でよろしければ」


 ニナは一度だけバルタザールさんに目をやり、その意を確認してからゆっくりと頷いたのでした。


        ◇        ◇        ◇


 知識や魔法の伝授、幼生返りや命名の儀等は闇竜さんの住処で行うことになり、白のお婆さんが見届け人としてして同行して行かれました。

 ニナは少し不安そうでしたが、持ち前の強かさでなんとかするでしょう。


 残った私達ははぁ~と長いため息をつき、ぽつりぽつりと雑談を始めました。


「あの白いお婆様はやはり?」

『光竜の婆さんだよ』

「随分と世話を焼かれてましたが?」

『どちらが先に波長の合う者を見つけるか賭けをしてたらしいね。負けた方が勝った方の口利きをするって条件でね』

「なるほど……」


 もっぱら、ローザ様にいろいろ質問する形でしたけど。


「師匠は良かったの、こんなことになって」

「あの娘は不遇な幼児時代を過ごしてるからな。出来うる限り本人の望む道を歩ませてやりてえ。まあ嬢ちゃんには迷惑かけるかもしれんが」


 そう言ってバルタザールさんは私の方に目を向けました。

 表情は優しげに見えましたが、その視線には”孫をよろしく頼む”という強い意志が込められているかのようでした。


 冷めたお茶をメイドさんが交換して部屋を辞した頃、ニナ達は戻ってきました。

 ニナのヘッドドレスに掴まっているのは黒い妖精さん。


「ヨミっていうの。よろしくね」

『よろしくな~』

『よろしく~』


 ティンクはお仲間が出来て嬉しいのか、ヨミの周りをくるくる回っています。


「ニナ、本当に良かったの?」

「うん」

「そっか、これからもよろしくね」

「こちらこそよろしくお願いします」


 差し出した手をぎゅっと握り返してくる手は少しだけ震えていました。

 だから安心させるようににっこりと微笑みます。

 二人ならきっと大丈夫だから。

 思いが通じたのか、ニナはぎこちなさがとれて、朗らかな笑みを浮かべました。


『それじゃあ私は帰るかね……と忘れるところじゃった』


 お婆さんがどこからか、キラキラと輝く板のようなものと大きな宝石を取り出しました。


『よういくひはこれで良かったのじゃろ?』


 渡されたバルタザールさんは戸惑ってお母様に丸投げしています。

 まあ今回も師匠が管理することになるのでしょう。


『それじゃあ二人共、たっしゃでの。ローザ、困ったことがあったら助けておやりよ』

『判ってるわよ』


 そう言い残して、白のお婆様は姿を消してしまいました。


「これからいろいろ大変よね」

「少し位は手伝ってくれると嬉しい……かな」


 お母様はバルタザールさんから託された物をそのまま師匠に渡し、受け取った師匠はさりげなく協力を請うのでした。


次回予告:「第二十八話 紅葉」

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