第二十六話 整理
アレク兄様達が王都に戻られてから数日、私はお部屋に篭っていました。
マリ姉様の特訓に刺激され、改めて自分の魔法を見直そうを思ったからです。
よくよく考えてみれば、最近の私は便利な魔法ばかりを使い、研究も疎かになっていました。
これではティンクの教育上も良くありません。
そこでこれを機にいろんな魔法を使ってみようと思います。
いつまでも受動探知と転移だけじゃつまらないですものね。
『じゃあ最初は座学からね』
『は~い』
空間魔法は、空間を生成し、そこに様々な制御を加えることで術者の望む事象を発生させる魔法です。
空間の形、大きさは自由自在。
通常空間の他に意識や亜空間なんかにも生成することが出来ます。
晶竜さんの知識を収めている意識空間や、私達の魔力を溜めている魔力空間なんかがその例です。
制御は多種多様、イメージ次第です。
イメージに自信がないときは、他の魔法の魔法陣を使うことも出来ます。
空間魔法の魔法陣は無色透明で普通は見ることが出来ません。
これには理由があって、他の魔法陣との親和性が高くなり、合成魔法を容易に発動させることが出来るからなのだそうです。
例えば生成した空間に水生成の魔法陣を加えると空間内を水で満たすことが出来ます。
魔法陣を使う方法はここ数日間の研究の成果なのです。
また制御を複数重ねることも出来ます。
先ほどの水で満たした空間へ同時に温度を下げる制御を加えることで、空間内に氷を生成することが出来きるのです。
『これが基本原理だよ』
『は~い』
『じゃあ実際にお外で魔法を使ってみよう』
『うん』
そんな訳で魔の森の南東側の海岸にやってきました。
ここはリントベルクから魔の森を挟んで反対側になるので、人が来ることはまずありません。
私が魔法の試し撃ちをするには正にうってつけの場所ですね。
『じゃあ始めるよ。ティンクも試してみてね』
『は~い』
まずはあまり使う機会のない能動探知からいきましょう。
能動探知はこちらから魔力を発してその反応で探知を行う魔法で、現実世界でいうところのレーダーのようなものです。
『空間生成、私を中心に半径一キロ。制御、魔力能動探知、魔力射出点四、東西南北一キロ地点。投射』
『了解』
自分を起点に魔力を放出すると、魔力を感知できる人にはこちらの位置がばれてしまいます。
しかし、このように魔力を射出する場所を変えてやれば、こちらの位置がばれることなく、四点投射で精度の高い探知を行うことが出来るようになります。
更に応用技として、投射する魔力を強くすることで、空間内にいる者に魔力酔いのような症状を発生させることも出来ます。
ちょっとした攻撃魔法ですね。
攻撃魔法の話が出てきたので、少し試してみましょう。
一般的なところで、炎弾を使ってみます。
『空間生成五、制御、魔力炎生成、速度、人が全力で走る位、ターゲット前方の岩。発射』
『いっけ~』
生成された五個の炎弾が前方の岩に次々に命中し爆発しました。
岩は跡形もなくなり、ぱらぱらと破片が辺りに散らばります。
初級攻撃魔法にしてはなかなかの威力でしたね。
『折角人気のないところに来てるから、大きな魔法も試してみようか?』
『やるやる~』
さっき壊した岩の欠片で手頃な大きさのものがあったのでこれを使います。
『空間生成、制御、岩の欠片にフィット、空気抵抗無効化、ターゲット前方の海、重力圏ぎりぎりの所へ転移』
『いってらっしゃ~い』
暫く後、海に小さな流れ星のようなものが落下しました。
どごごごごごおおおおおんんんんんんんんんん!!!!!
ものすごい衝撃が発生し、巨大な津波が海岸に押し寄せてきます。
『空間生成、海岸を守る防波堤のような形で、制御、冷却』
『凍っちゃえ~』
防波堤空間に接触した津波がそのままの形で凍りつき、見事な氷のオブジェクトが生まれました。
夏の日差しがきらきらと反射してとても幻想的な美しさです。
でもこのまま解けちゃうと大変なので、もったいないけど粉々にしましょう。
『空間生成五、天空から凍った津波へ、制御、雷生成』
『天の裁き~』
ピカッ、どんがらがっしゃ~~~ん!!
氷と共に凍ったお魚が沢山降ってきました。
今度の村へのお土産はこれで良さそうですね。
その後も竜巻を起こしたり、地震を起こしたり、大雨を降らせたり等々試して家に帰ると師匠が鬼の形相で待っていました。
「”魔の森の南側で天変地異が起こっている”という連絡があって、調査隊を派遣することになったよ」
「……」
「さて、コユキは今までどこに行っていたのかな?」
「……ごめんなさい」
こういう時は素直に謝るに限ります。
師匠ははぁ~とため息をつき、「あまり無茶をしちゃだめだよ」と私の頭をぽんぽんと叩いたのでした。
それでは空間魔法について、おさらいをしておきます。
使えるのは私とティンクだけ。
イメージ生成のため、呪文等は不要……所謂無詠唱というものです。
人前で使うときは、カムフラージュのため、別の空間を生成して魔法陣を浮かび上がらせ、呪文の詠唱も行ってます。
呪文の詠唱は全部やると面倒なので、いつもは《高速詠唱》の魔法陣を同時に浮かび上がらせています。
◇ ◇ ◇
九の月に入り、私がこの世界に来てから一年が経過しました。
思えばいろんな事がありました。
正に怒涛の一年だったと言えるでしょう。
何から話したいいか、迷うほど沢山の土産話があります。
「それじゃ、行ってきます」
「気をつけて行くんだよ」
「いってらっしゃいませ」
リズさんから花束を受け取ると、私は懐かしいあの場所を頭に思い浮かべました。
そこは一年前と変わらず、まるで時が止まっているかのようでした。
ほのかな明るさを持つ洞窟の中にぽっかりと空いた空間。
まだあの時の温もりがそのまま残っているような感じさえします。
『お久しぶりです』
私は花束を以前と同じように保存用空間で包み、ある程度持続するだけの魔力を送り込んで、主の居た場所に供えました。
それから聞く者のいない空間に向かって、この一年にあった様々なことを語ったのです。
誰か見ていたら逆に恥ずかしいですね。
そんなことを考えながら語り終えると、そっと手を合わせてお祈りをしました。
「来年はもう少しのんびりとした一年だったと報告が出来るといいのですが……」
叶わぬ夢でしょうね、きっと。
自虐的な呟きもらして、思わず苦笑してしまいます。
『さあ、帰ろっか』
『今日のご飯はなあにっかな~』
気持ちを切り替えて明るく笑うと、ティンクも併せておどけてくれます。
その頭を優しく撫で、我が家の庭を頭の中に思い浮かべました。
次回予告:「第二十七話 暗闇」




