第二十三話 憧れ
私はお外へ出たことがなかった。
ずっと家の中で生活していた。
お父様は大事なお仕事をしていて、何日も帰ってこないことがある。
だから私の話相手はお母様だけだった。
お母様は家事もしないといけないから、忙しい時は私に本を勧めた。
本にはいろんなことが書いてあった。
知らないことがいっぱい載っていた。
私は夢中になって本を読み耽った。
やがて読む本がなくなった。
家にはそんなに沢山の本は置いてなかったのだ。
お母様に新しい本をねだってみたけど、古い本を繰り返し読むように言われた。
もうどの本も暗唱できるのに。
六歳の誕生日にお父様が木の箱とお花の種を買ってきてくれた。
木の箱にお庭の土を入れて種を撒くと綺麗なお花が咲くのだそうだ。
私はせっせと手入れをし、水をやった。
やがてお花が咲き、帰ってきたお父様が綺麗だなと言ってくれた。
七歳の誕生日、今日もお父様は帰って来ない。
木の箱には枯れた花からとれた種を植えている。
綺麗だなと言ってもらえずに、お花は枯れてしまうのかな。
お母様がいなくなったのは何時だったっけ。
お爺様だという人がやってきたのはそんな時だった。
ごつごつとした手で私をひょいっと背負うやいなや外へと飛び出す。
始めて見た外の世界は真っ暗で怖かった。
ずっとお爺様の背中にしがみ付いていた。
いつしか眠っていたらしく、気がつくと馬上の人となっていた。
夜が明け、初めて外の世界を目にする。
何もかもが皆輝いていた。
お父様はどうしてこの景色を見せてくれなかったのだろう。
お爺様はごつごつした手で私の頭をぐりぐり撫でる。
髪が乱れるけど不思議と嫌じゃない。
それはお父様もお母様もしてくれなかったことだから。
私に微笑んでくれたのもお爺様が最初だった。
お爺様は私を知らないおじさんに預けるとどこかへ行ってしまった。
大事な用事があるのだそうだ。
大人は皆そう言っていなくなってしまう。
私はまた一人ぼっちになってしまった。
おじさんは何かと私に話しかけてくる。
これまでにあった他愛もないことを楽しそうに語ったりする。
そんな中に出てきたのだ。
私と大して歳の変わらない女の子のお話が。
私が興味を示したので、おじさんはその子のことをいろいろ話してくれた。
五歳で冒険者という職についたり、大人と互角に戦ったり。
とっても元気な子で、いつも笑顔なんだって。
私の中でその子のイメージはどんどん広がっていった。
おじさんは私が外にでるのを咎めなかった。
気をつけろと注意を促すだけだった。
街の中はきらきらと輝いている。
いろんな人がいて、いろんな物を売っていた。
人の沢山いる通りもよりも裏通りの方が面白い。
いろんな発見があるからだ。
その日も小道の先に雑貨屋さんを見つけた。
そこで私は懐かしい木の箱と再会することになる。
土を入れ、種を植えてお水をあげる。
ずっとやってきたことだから迷うことなんてない。
当然のようにまた始めてしまった。
きっと私はこうしていることが好きなのだ。
おじさんが嬉しそうに私に告げた。
明日あの子がここにやってくると。
どうしよう、何故だか胸がどきどきしてきた。
頭の中ではもう毎日のようにおしゃべりしているあの子に会えるのだ。
扉を開けてびっくりした。
想像していた通りのあの子がそこにいる。
頭の中では笑ってばかりだったのに、現実のあの子はちょっとおどおどしていた。
くるくると変わる表情がとても愛らしい。
名前はコユキちゃんというのだそうだ。
出かける私に一緒についていくと言ってくれた。
あのお店に連れて行ってあげよう。
コユキちゃんが気に入ってくれるといいなあ。
コユキちゃんのポーチは魔法の鞄だった。
一抱えもある木の箱が三つもすっぽり入ってしまったのだ。
どうやってるのか聞いてみたけど、内緒なんだって。
私もお店のこと秘密にしてたから、これでおあいこだねって二人で笑った。
コユキちゃんといると楽しい。
こういうのを友達っていうのかな。
帰り道でいろんなお話をした。
すっかり意気投合した私達を見て、おじさんも嬉しそうだった。
楽しかったはずなのに、何故か息苦しい。
何があったのか良く思い出せない。
どうして私はここにいるの?
それよりも、ここはどこなんだろう……
◇ ◇ ◇
「お嬢さん、すいやせん、ちと野暮用で、暫く護衛できやせんが無茶しねえで下さい」
珍しくサンジさんから話しかけてきました。
先日の一件依頼たまにお話することもありますが、大半は私が話し掛けて、サンジさんが仕方なく答えるといった感じだったからです。
「こっちは大丈夫だから早く行ってあげて」
「……」
サンジさんは直に踵を返したようでした。
何か余程急ぎの用件なのでしょう。
そんなことを考えながら冒険者ギルドに顔を出します。
いつもと違い慌しい雰囲気なのは、そこに血相を変えたグレゴールさんがいたからでした。
「嬢ちゃん、ニナの奴を知らねえか? 午前中に家を出たきりまだ帰って来ないんだ」
何か嫌な予感がします。
いいえ、きっと間違いありません。
「探して来ます!!」
私は叫ぶなり、冒険者ギルドを飛び出しました。
空間探知、いえ、街中では人が多過ぎます。
それ以前に私はニナの反応を知りません。
友達のことをそんな風に調べたくないと思ったのが仇に成りました。
一度でも空間探知しておけば反応の特徴を覚えられたのに……。
そうだ、サンジさんの反応はどっちへ向かった?
確か……南!!
『ティンク、南を重点的に、不自然な人の流れがないか調べて』
『了解~』
ティンクに手伝ってもらいながら、私も東通りを真っ直ぐ南へ向かいます。
『南門から南へ向かう一団があるよ……』
多分それがサンジさん達でしょう。
畑仕事の人も漁師さんも、お昼過ぎにそんなに急いだりはしないはずです。
……とすれば向かう先はナウド湾の漁港。
私は近場の空間探知を行って人がいないことを確かめると、漁港近くにある木陰を頭に思い描きました。
一瞬にして景色が変わります。
『ティンク、漁港を中心に空間探知して。どこかにニナが居る筈』
『おっけ~』
再び近場の空間探知を行って辺りに人がいないことを確かめ、漁港に向かって駆け出します。
『左奥の建物に十人位いるよ~』
『ありがとう』
左奥の……倉庫と思しき場所に、不自然な動きをする反応が十位あります。
何かに慌てているといった様子です。
そこから少し離れたところにぽつんと反応が一つ、多分これがニナでしょう。
魔力の反応に揺らぎがあるけど、今は気にしちゃいられません。
「あ~もうばれちまったっすか……」
どうやって助け出すか算段していると、どこからかサンジさんの声が聞こえました。
早いです。
もうここまで来ちゃったんですね。
「どうやって先回りしたのかなんてこたあ聞きやせんが、ここはおいら達に任せてもらいやしょう。それからあの子に余計な真似はしやせんように」
散っていくいくつかの気配があった後、そこかしこから剣戟の音が静かに聞こえてきました。
『コユキちゃん、今ならいけるよ』
『うん』
入り口のところにあった反応が消えています。
私はこっそり倉庫の中へと入っていきました。
ニナの場所は直に判りました。
目隠しをされ、縄で縛られて床に無造作に転がされています。
遠めに見た限りでは手荒な真似はされていないようなのでほっとしました。
一応周りに罠の類がないか確認し、ニナの傍に駆け寄ります。
「ニナ」
目隠しと縄をといてあげると、私を見たニナがひしっと抱きついてきました。
「もう大丈夫だよ」
声を上げずに泣くニナの背中を優しく撫でてあげました。
暫くそのままでいると、ニナは泣き疲れて眠ってしまったようです。
「お嬢さん、良かったらその子を南門まで連れて行ってやって下せえ」
「サンジさん達は大丈夫?」
「うちらこれでも精鋭ですんで、タイマンなら負けはしやせん。じゃあお願えしやす」
相手がどうなったとかは聞きませんでした。
それに散って行く気配がさっきよりも少なくなっていることも。
これが影ギルド同士の戦いなのでしょう。
「ニナ、帰ろう」
私は二人を包み込む空間を生成すると、軽く浮遊して風の抵抗を受けないよう制御を加えました。
そのままふわふわと南門目指して飛んで行きます。
「お帰り、コユキ」
南門で待っていたのは師匠と数名の兵士でした。
師匠が跪いて私を抱き締めます。
その間にまだ眠ったままのニナを兵士が運んでいきした。
「ニナ」
「大丈夫、また後で逢えるよ」
私を安心させるように、師匠は優しく声を掛け、背中をぽんぽんと叩くのでした。
第二十四話 顛末




