第二十二話 友達
「ランベルト殿下との仕合は新人達へのデモンストレーションとして処理したので安心して下さい」
冒険者ギルドに顔を出すと、ヴォルフさんに呼ばれ、支部長室で先日の一件に関するお話がありました。
「この件は殿下も了承されています」
それならそうと、最初から言っておいて下されば、あんなに悩まなくてすんだのに……。
「そこは殿下から口止めされていましたので」
「口止め?」
「模擬戦だと最初から判っていたら、貴方の本気が見れないからと」
全く自分が楽しむためにはとことん拘る人のようです。
「しかし、殿下のおっしゃる通りでしたね。あの仕合は一見の価値がありました」
「本人を目の前にして絶賛するのは止めて下さい。凄く恥ずかしいです」
「ご謙遜を。どうです、この際いっその事Sランクになってしまうというのは?」
Sランクになるには、ギルドの幹部クラスから推薦があり、審議にて許可された場合、SSランク以上の者に勝利し認められた場合の二つの方法があります。
「全力でお断りさせて頂きます」
「そうですか、もったいないですね」
ランクが上がると待遇も良くなるので、こんな良い話はないと思われるでしょう。
しかしランクが上がれば有名になるし、いろいろと柵が増えます。
あのランベルトさんでさえ、フードを被って正体を隠してた位ですし。
そう、今はもう一つなりたくない理由が増えました。
ランベルトさんがどんな恥ずかしい称号を付けるかと思うと……。
「殿下の感性は普通だと思いますけどね」
そう言って、ヴォルフさんはくすりと笑いました。
「そうそう、グレゴールさんから伝言です。”ロッドをメンテナンスに持ってきなさい”とのことです」
「どうしてメンテナンスを……」
「殿下から仕合のことを聞いたのでしょう」
確かに折角の一品に傷が沢山ついちゃいましたからね。
ついでに謝ってくることにします。
笑顔で手を振るヴォルフさんに見送られて、私は管区街西区にあるグレゴールさんの工房へ向かいました。
◇ ◇ ◇
グレゴールさんの工房を訪ねると、応対に出てきたのは私より一、二歳年上の女の子でした。
サンディブロンドの髪を後ろで束ね、瞳の色はダークブラウン。
こちらの世界に来てから、同世代の女の子と接する機会が殆どなかったので、凄く新鮮な感じがします。
そんな私を見て彼女はにっこりと微笑みました。
「あ、あの、グレゴールさんはいらっしゃいますか?」
女の子はこくりと頷くと身振りで中へ入るよう促します。
椅子を勧められ、暫く待っていると、グレゴールさんが奥から出てこられました。
「おう、嬢ちゃん、手間をとらせてすまんの」
「いえ、こちらこそ」
「どれ、見せてみぃ」
グレゴールさんはロッドを受け取ると、歪みやバランス等を細かく調べていきます。
「ランベルトと派手に遣り合ったと聞いておったが、然程歪みは出ておらんようじゃの。これなら直に調整できるじゃろ」
「すいません、折角作って頂いたのに傷だらけにしてしまって」
「何を言うか。これだけ思いっきり使ってもらえりゃ職人冥利に尽きるというものよ。飾って眺めるだけの武器になんの意味がある」
そうですね、グレゴールさんはそれが嫌で依頼を断るようになったのでしたね。
ロッドをいろんな方向から眺め、あーでもない、こーでもないと呟いていらっしゃいます。
それを微笑ましく眺めていると、私の前にそっとティーカップが置かれました。
先ほどの女の子がお茶を入れてくれたみたいです。
グレゴールさんの前にも邪魔にならないように注意してティーカップを置いています。
「おおニナ、すまんの。そうじゃ紹介しとこう。嬢、こっちはニナ。然る知り合いの孫娘での、ちょっと事情があって暫く預かっておる。ニナ、こっちがこの間話したマイスナー相談役の養女、コユキじゃ」
「はじめまして、コユキです」
ニナはぺこぺことお辞儀をしました。
えっと、これはもしかして……。
「ニナはとある事情で声が出んのじゃ。気を悪くせんでくれ」
「いえ、そんなこと……よろしくね、ニナ」
ニナは微笑んでこくりと頷きました。
◇ ◇ ◇
ハミングを奏でそうな程の上機嫌でニナが隣を歩いています。
調整には二、三時間かかるとのことなので、手持ち無沙汰になった私は、丁度出かけるところだったニナに同行を申し出たところ、手を引っ張られるほど喜ばれました。
以降ずっとこの調子です。
ニナも私と同じように同世代の子が近くにいなくて寂しかったのかもしれません。
私達は工房を出て、西通りを南へ向かっています。
先ほど南通りを渡ったので、この辺りはもう住区街のはずです。
「ニナ、どこに行くの?」
私が尋ねるとニナは微笑んで口の前に人差し指でばつ印を作りました。
内緒ってことなのかな?
「まだ遠いの?」
ふるふる。
「そこは楽しいところ?」
こくこく。
「じゃあ楽しみだね」
私が笑うとニナも笑って頷きました。
やがて細い路地をいくつか曲がり、小さな小道に入っていきます。
その先は行き止まりになっていて、こじんまりとした一軒家が建っていました。
どう見ても普通の民家です。
立ち止まった私の手をニナが引っ張りました。
からんとドアベルの音がして中に入ると、丁度奥から家主と思われるお爺さんがでてきたところでした。
「あ、こんにちは」
「いらっしゃい。ニナのお友達かい?」
ニナが微笑んで頷くと、お爺さんの視線が私に向きました。
その視線が一瞬だけ鋭くなったのは……気のせいじゃないようです。
「お嬢ちゃん、冒険者かい?」
「は、はい、コユキといいます。始めまして」
「わしはコゼルじゃ。こんな成りでも雑貨店じゃから気にせんでええ。たいしたもんは置いとらんがな」
「ありがとうございます」
商品棚を見て回ると、日用雑貨品が全て大銅貨1枚で売られていました。
所謂百円ショップのようです。
とは言っても質はまあそれなりといった感じですが。
「多少見た目が悪くても普通に使えるものは使わんともったいないからの」
まるで私の心を読んだかのように、絶妙のタイミングで説明が入りました。
工房で出た値のつかない品を安く手に入れて、街の人にお手軽な価格で販売されているのとのこと。
生産者は不良品を処分できる、コゼルさんは儲かる、街の人は多少見た目が悪くても使える品が安く手に入って皆幸せ、そんな経営を目指しているようです。
しかも目立たない場所だから、商業ギルドからもお目こぼしされているのだとか。
へぇ~と感心していると、ニナが私の袖をひっぱりました。
「あっ、これって……」
棚の隅っこに置いてあったのは、蓋のついていない木箱でした。
「それはプランターじゃな。どう見てもただの木箱にしか見えんがの」
「でも作りはしっかりしてますね」
ニナはこくこくと頷くと、それを二つ抱え、コゼルさんのところへ持っていきました。
「そっか、お花を植えるのね」
笑顔でこくこくと頷かれます。
思えば、グレゴールさんの工房は、そこかしこにお花が飾ってありました。
あれはニナの趣味ということなんですね。
「私も一つ買って帰ろうかな」
呟くと、ニナが首がとれそうなほどこくこくと頷き、種やら土やらを選んでくれました。
「いろいろありがとうございました」
「気が向いたらまたおいで。それとここのことは……」
「はい判ってます」
知る人ぞ知る街の雑貨屋さん。
そんなお店があってもいいですよね。
店を出ると、日差しはもう大分西に傾いていました。
プランターはかさばるのでポーチにしまいます。
それを見たニナはびっくりし、私に視線を向けて小首を傾げました。
私は微笑んで口の前に人差し指をばつ印を作ります。
ニナが初めてむぅとした表情を見せたので私が笑うと、つられたのかニナも笑顔を覗かせました。
工房に戻り、出かける時以上に上機嫌なニナを見て、グレゴールさんは満足げに頷き、何故か私の背中をばんばんと叩いたのでした。
次回予告:「第二十三話 憧れ」




