第二十一話 監視
「あんたら、腕は立ちそうだな。どうだい、良かったら俺らが案内するぜ」
ヴェルナーさんが不敵な笑みを浮かべるとリーダの男はすうっと目を細めました。
「案内は一人でいい」
「初対面で、んな殺気だってる奴らに一人でのこのこついてくような馬鹿はここにはいねえよ」
畳み掛けるヴェルナーさんの物言いに、リーダ以外の三人が反応しました。
戦士風の男がこちらに一歩踏み出します。
「バルドゥル」
その動きを封じるようにリーダの男の声が飛びました。
「やめだ。こんな遣り方は俺の趣味じゃねえ」
「しかし、殿下」
「その呼び方はするなと言ったろ」
今、確かに殿下って言いましたよね、このおじさん。
ということはこの人達は王家の関係者さんですか……。
「最初からこうしときゃ良かったんだよ」
そう言って、リーダの男は目深に被っていたフードを取りました。
ばさっと肩に落ちたのは、目にも眩しい銀髪。
がたっと後ろで椅子が倒れる音が響きます。
驚いたようにヴェルナーさんが立ち上がっていました。
「銀狼……”神速の銀狼”、ランベルト殿下か……」
冒険者ランクが上がってSランクになると、ギルドからそれまでの活躍に相応しい称号が送られます。
ダインさんの”竜殺し”や、お母様の”双剣の舞姫”なんかがそれです。
そして、今目の前にいらっしゃる方が、数少ない現役Sランク冒険者の一人、”神速の銀狼”、ランベルト殿下。
先々代の王が退位後に生まれた王子で、その力に見惚れた先王が養子にしたという逸話まである実力者です。
現在は王家との係わりを絶ち、気侭な冒険者となって各地を放浪していらっしゃるのだとか。
そんな方が何故……。
「ダインの親父から一本取ったガキがいるって噂を聞いてな」
……やっぱりそうですよね。
私は、はぁとため息をつきました。
目敏くそれに気づいた殿下が私の方に向かってきます。
「やっぱりおめえがそうか。確かコユキと言ったな。俺と……」
「お断りします」
皆まで言わないで下さい。
答えは決まってますから。
「ちょっ、待ておい」
「嫌です、待ちません」
扉へと歩き出した私の行く手をローブのお二人が塞ぎました。
「ホルスト、エラ」
殿下が声を掛けると、二人は渋々道を開けてくれます。
「俺らは刻の歯車亭に宿泊している。気が変わったら何時でも来な」
笑いを堪えたような声を聞きながら、私は冒険者ギルドを後にしたのでした。
◇ ◇ ◇
「はぁ~」
私は今日何度目かのため息をつきました。
あれから数日、こんな日々が続いています。
原因はもちろん行く先々で目にする、バルドゥルさん、ホルストさん、エラさん。
あからさまな尾行こそありませんが、私の訪れそうな場所に網を張っているようなのです。
何かずっと監視されてるみたいで気が休まりません。
「もう、なんとかなりませんか、サンジさん」
「無茶言わんで下さい。あっしらじゃあ、逆立ちしたって勝てやせん……って誰がサンジやねん」
「わっ、反応があった」
「……」
「……」
「……おちょくって遊ばんといて下せえ」
どこかからため息が聞こえてきました。
ごめんなさい、ストレスが溜まってて……。
「とっとと一戦してしもうた方が楽なんとちゃいますやろか」
一度反応してしまったから、二度も三度も同じと判断したのか、サンジさんがアドバイスして下さいました。
師匠、お母様、リズさん、ダインさん、ヴェルナーさん、ルイドお爺さん……。
いろんな人に相談したけど、返ってくる答えは皆一緒なんです。
お母様なんか、
「銀狼なんかぎったんぎったんにしちゃいなさい。そしたら仕掛けてくる奴なんかいなくなるわよ」
……なんて言って発破をかけてくるんです。
私もこんなに悩むならさっさと仕合った方がいいと思うのですが、ふとした拍子にゲルトさんの裏切りが頭に浮かんで、ため息をつくことになります。
あの事件は私にとってかなりショックなことだったようです。
でもうじうじしてても始まらないし……。
『ティンク』
『なあに~』
『私に元気をちょうだい』
『おっけ~』
ティンクは目の前に現れると、小さなおでこを私のおでこにくっつけてきました。
『コユキちゃんならきっと大丈夫』
『うん』
よし、いくよ。
私はその足で刻の歯車亭へ赴き、応対にでたバルドゥルさんに告げたのでした。
「明日午後一時、冒険者ギルド訓練場にてお待ち致します」
◇ ◇ ◇
「やっとその気になってくれたか。嬉しいぜ」
ランベルトさんは長剣で肩をとんとんと叩きながら、不敵に微笑んでいます。
「いいかげん馬鹿らしくなっただけです。ランベルトさんと一緒にしないで下さい」
「まあな。俺は楽しいことのためなら手段は選ばねえからな」
この肉食獰猛狼め……。
「なんか言ったか?」
「何も」
どうして皆心を読むのが上手なんでしょうね。
「そろそろ始めるか。手え抜くんじゃねえぞ」
「情けをかけるつもりはありません」
「おもしれえ」
静かに始まった仕合は、しかし一拍の後にはぎゃりぎゃりという激しい音を奏でていました。
一息の間もなく跳び込んできたランベルトさんが振り下ろす剣は既に回避不能。
辛うじてロッドで受け流しますが、力を逃がしきれずに後ろに跳ばされます。
「くっ」
思わず声が出てしまいました。
体制を立て直す余裕も与えず、二撃、三撃が襲ってきます。
「どうしたどうした、逃げるだけかあ」
逃げてる訳じゃありません。
流石神速と言われるだけあって、速度がとんでもないです。
熟練の戦士は無意識のうちに魔力を使って身体を強化出来るといわれていますが、今のランベルトさんはまさにその状態でしょう。
初撃で後手に回ってしまった以上、ここは捌き続けるしかありません。
『コユキちゃんならきっと大丈夫』
『うん』
思考を無にし、流れに身を任せる……咲島流奥義、流水同化。
ランベルトさんが何か叫んでいます。
剣の流れを肌で感じ、先を見るように動く。
剣の揺らぎが返し手の先触れを感じさせる。
いつしか、ぎゃりぎゃりというノイズは聞かれなくなり、風切り音のみが響くようになっていました。
”ぴたっ”という擬音はこういう時に使うのでしょう。
ランベルトさんの長剣が私の眉間、私のロッドがランベルトさんの喉、それぞれ僅かな隙間を残して止まっていました。
「情けはかけねえんじゃなかったのか」
「貴方に傷をつけたら、後が怖いですから」
どちらからともなく得物を引き、ふぅと息を吐き出します。
「久々に楽しかったぜ。そのうちまたな」
「これっきりですよ」
「ちっ、減らず口が」
悪態をつきながらもどこか満足げな笑みを浮かべて、ランベルトさんは背を向けたのでした。
◇ ◇ ◇
翌日。
冒険者ギルドへ行くと、ミリアムさんから、ランベルトさん一行が朝早くに出立したことを告げられました。
「これを渡しておいてくれって」
手渡されたのは一枚の紙。
中を開いてみると、小汚い字でこう書かれていました。
”今回は引き分けだ、次は必ず決着をつけるから首を洗って待ってろ。
追伸:てめえの称号は俺がつけてやるから期待しておけ”
冗談じゃないです。
こんな呪いの手紙は誰の目にも触れないうちに抹消しましょう。
次回予告:「第二十二話 友達」




