第二十話 新芽
四の月に入り、春の息吹があちこちで感じられるようになりました。
残念ながら、この辺りには桜の樹に似たようなものはないらしく、毎年目にしていた春の景色とは少し違って見えます。
その事を統べる樹のお爺さんに話したら、『そんなに綺麗ならわしも見てみたいものじゃ』とおっしゃっていたので、何年か先には実現するかもしれません。
因みにお爺さんの名前はルイドさんにしました。
『けったいな名前じゃの』と言っていましたが、目が笑っていたので気に入ってもらえたのかな。
ルイドさんとお話が出来たので、ティンクの機嫌も直りました。
このまま反抗期になったらどうしようかと心配していたけど、どうやら取り越し苦労だったようです。
クリスはブランデルに戻って直に手紙をくれました。
あれから症状は出てないようなので、こちらも一安心。
早く魔法を思いっきり使いたいって書いてあったけど、もう暫く我慢しなさいと釘を刺しておきました。
無茶して再発したらどうするの。
私の方は、クリスとの婚約に至らなかった事が逆に幸いして、今のところ表立った事件は起こっていません。
ダインさん曰く、狙い通りだとのことで、これで何か動きがあったら、その時改めてクリスとの婚約発表を行う段取りなんだそうです。
発案者はブランデル伯爵。
『あの爺の考えそうなこったろ』とダインさんは笑っていました。
四の月はまた各地の学校や王都のアカデミーを卒業して本格的に冒険者を志す者が増える時期でもあります。
リントベルクでも新品の武器や防具を装備した新顔の冒険者を数多く見かけるようになりました。
新人だけでなく、各地から流れてくる者も増えるので、現在リントベルクの冒険者ギルドは大賑わいです。
しかもゲルトさんに加担していた職員が一斉に解雇されたため、当然人手不足で対応も遅れがちになっています。
「よう、コユキ、ぼさっとしてないでお前も手伝いな」
冒険者ギルド警備員の皆さんも手伝いに借り出されているようで、あっちで書類整理を手伝ったり、こっちで依頼票を張り出したりしています。
「ごめん、コユキちゃん、やり方を教えるから受付を手伝って」
「はい」
猫の手も借りたい雰囲気のミリアムさんに懇願されて、私も受付嬢デビューすることになりました。
「依頼票とランクをチェックして、冒険者に内容と依頼を受ける意志を再度確認。問題なければ登録して依頼票に印を押して受理箱へ。判らないことがあったらその都度聞いてね」
「アドバイスを求められたらどうします?」
「判る範囲で答えちゃっていいよ。コユキちゃんの方が詳しいことも多いだろうし。だめそうならこっちに回して」
「はい」
「じゃあ、受付始めます。新規登録は一番窓口、依頼受付は二番窓口へ一列に並んでお待ち下さい」
ミリアムさんの声に呼応して各受付に冒険者が殺到しました。
「二十一番は空いてっか?」
「すいません、今埋まりました」
「しゃあねぇ、じゃあ二十五で」
「はい、お気をつけて」
四の月といえば春の魔窟変から一ヶ月経過していますが、毎年この時期から活動を始める冒険者が大半を占めるため、未だ手付かずの魔窟が数多く残っています。
そのため、魔窟探索の依頼を求める冒険者が後を絶ちません。
一桁番号は初心者向けと決められているので、比較的楽な十番~二十番台が人気のようです。
そんな中。
「六十一番を頼む」
「はい、あ、ジークムントさん」
よっと小粋に挨拶してきたのは、魔窟探索を専門にしているパーティのリーダ、ジークムントさんです。
「モーリッツさんが戻って来られたんですか」
「ああ、一昨日な。今日から本格的に始動だ。それよりリッツの奴が驚いてたぞ、”開かずの七七”を攻略したんだってな」
「はあ、なんとか……」
「あそこは事故が相次いだから、半封鎖状態だったんだが、良く許可が下りたな」
あの狸親父、こんなところまで悪さを働いてたんですね。
因みに、彼らはお母様とリズさんに散々どつきまわされた挙句、兵士に引き渡されたそうです。
今頃はどこかで強制労働に就かされていることでしょう。
「急ぎの依頼だったのでなんとか許可が下りたんですよ」
「そうか……まあおかげで良い情報が得られた。ありがとう」
「いえ、ではお気をつけて」
ジークムントさんは手を上げて答えながら、仲間の下へ戻っていきました。
◇ ◇ ◇
「つ、疲れた……」
お昼前に漸く全ての処理が終わり、職員、お手伝い含め、全員が屍を晒していました。
「そろそろ新規登録も減ってくる頃だから、少しは緩和されるでしょう」
「ヴォルフ支部長」
ミリアムさんが声を上げたので、そちらを見ると、ヴォルフさんが階段を下りてくるところでした。
「皆さん、お疲れ様。お昼は出前を取りましたので一息入れましょう」
「おお、新しい支部長は話の判るお人だぜ」
冒険者ギルドには食堂もあるのですが、今日はそちらも休業にして対応してたので、お昼の準備も出来てなかったのです。
「増員の要請もしていますので、もう少しだけ皆で頑張りましょうね」
「はい」
お昼が支部長のおごりと聞いて、皆少しだけ元気がでたみたいです。
「そういや、図書館の隣には何が建つんだ?」
「魔法ギルドだそうですよ」
テーブルを寄せ合って皆でお昼ご飯を楽しんでいる最中、ヴェルナーさんが発した疑問にヴォルフさんが答えます。
「魔法ギルドだと? なんでそんなもんがここにできるんだよ」
「いろいろと思惑が絡んでいそうですね」
そう言って、ヴォルフさんはちらりと私を見ました。
魔法ギルドは現在王都にある本部以外では、隣国との交通の要所にある三つの街にしか支部を置いていません。
支部を設置する際には国の許可が必要となるからです。
その訳は魔法ギルドが実験的に運用をしている転移魔法陣にあります。
便利な転移魔法陣ですが、悪用されると逆に王都が危険に晒されるため、その設置と運用には充分な検討が必要とされるのだそうです。
「リントベルクは今いろんな意味で最先端の技術が集まっていますから、国としても渡りをつけておきたいのでしょうね」
「でも国内向けの支部としては始めてですよね」
「胡散臭えことにならなきゃいいんだがよ」
ヴェルナーさんの呟きに皆が無言で頷きました。
何かあったときはこちらにお鉢が回ってくるのが判っているからでしょう。
「さて、そろそろ午後のお仕事を始めましょうか」
重くなった雰囲気を散らすようにヴォルフさんがぱんぱんと手を叩きました。
◇ ◇ ◇
午後の業務は職員だけで賄えそうなので、私達のお手伝いはここで終了です。
そろそろ帰ろうかなと思っていると、扉が開き、見たことのない四人組が姿を現しました。
最初に入ってきたのは騎士のようないでたちで精悍な顔つきをした二十歳前後の男性。
恐らく彼がパーティのリーダでしょう。
その次、護衛のように付き従っているのは、四十歳前後の男性で歴戦の戦士といった感じです。
その後ろにいる二人はどちらもローブ姿で、三十代の男性と二十代の女性。
いずれもかなりの実力者のようで、ちらちらとこちらに鋭い視線を投げ掛けてきています。
ヴェルナーさん達もそれを感じているのでしょう。
先ほどから雰囲気がぴりぴりしています。
正に一種即発って感じです。
そんな中、リーダの男性が受付のミリアムさんのところへ歩み寄りました。
「魔の森に行きたい。案内を頼める者はいるか?」
その視線はミリアムさんでなく、真っ直ぐ私に向けられていました。
次回予告:「第二十一話 監視」




