第十六話 思惑
大声で泣いてしまいました……。
”感情を素直に出すのは良い事よ”とお母様はおっしゃっいましたが、それでも乙女としては恥ずかしいものです。
五名中三名が暫く使い物にならなくなったため、お母様の判断でその場は一旦お開きとなり、私達は客間に戻ってきています。
「少しは落ち着いた?」
「はい」
ティーカップを受け取り、お茶を一口飲みます。
爽やかなハーブの香りに、思考が洗練されていくようです。
改めて考えてみれば、まだ打診があっただけなんです。
直にどうこうなる訳でもないのに、何を慌ててたんでしょうね。
「そろそろ……と行きたいところだけど、こっちはもう少し時間がかかりそうね」
お母様がため息をついて見つめる先には……。
「きらい……だいきらい……」
真っ白になったままの師匠の姿がありました。
◇ ◇ ◇
「時間もあまりねえから、とっととけりつけようぜ」
再びダインさんの執務室に集まった五人ですが、私に大嫌いと言われた二人はまだ精彩を欠いているようです。
「それじゃあ私から説明します。よろしいですね、父上」
「ああ、頼む」
エルヴィン様はこほんと一つ咳払いをすると事情を語り始めました。
「まず基本的なところからおさらいしておこう。リントベルクはまだまだ発展途上の街だ、活気もある。この点はいいかい?」
「はい」
私の答えにエルヴィン様は満足そうに頷くと話をお続けになりました。
「活気があり、発展しているからこそいろんな事が起こる。人々が注目する。するとどうなるか? その話は当然諸侯の耳にも入ることになる。もちろん彼らはそんなにのんびりと構えていたりはしない。常に美味しい話はないかと触手を張り巡らせているからね」
「沢山の間者が送り込まれてきているということでしょうか」
「そう、恐らく間者を送ってきていない諸侯は数えるほどしかないだろう」
おっしゃりたいことが判ってきました。
リントベルクで何かあれば、その内容は直に諸侯の耳に入る。
それじゃあ私のことも……。
「そう、あの日は不可思議な天候だったからね。落雷の直後、マイスナー卿が身元不明の少女を抱きかかえ、身を隠すように自宅へ連れ帰ったという情報は、数日とおかずに諸侯の下へ届けられただろうね」
やっぱりそうですか……。
「こちらも早急に手を打った。影ギルドに依頼して、表立った行動をみせた者の排除、或いは捕縛。相談役屋敷周辺の巡回強化。コユキを暫く屋敷から出さないよう要請。もちろんマイスナー卿も独自に動かれた。養子縁組しかり、マイスナー村への避難しかりだね」
そういう事情があったのですね。
それじゃあ冒険者ギルドの一件は?
「その件は父上の名誉のためにも弁明させてもらうよ」
諸侯が冒険者を臣下とするためには規定があるそうです。
多くの優秀な冒険者が一諸侯に集中するのを避けるため、ランク、人数共に割り当てが決まっていて、それ以上の冒険者を臣下に置きたければ、他の誰かを手放すしかないとのこと。
大半の有力諸侯は既に規定枠目一杯まで冒険者を抱えているため、私をSランク冒険者にしておけば、臣下には出来ないだろうとの目論見だったそうです。
しかし私がSランクになるのを嫌がったため、仕合の結果だけがクローズアップされることになったのでした。
「呆れた」
「面目ねえ」
この話を始めて聞いたのか、お母様はダインさんと師匠に冷たい視線を向けています。
「でもその件は皆さんに口止めをお願いしたはずですが……」
「リークしたのは冒険者ギルドだよ」
「え?」
「正確には冒険者ギルド元リントベルク支部長が……だね」
うそ、あの温厚そうな方が……。
「他にも思い当たる節があるんじゃないかな」
あ、ひょっとして……。
「釣り師Aランクに、冒険者Dランク」
「半分正解かな」
「半分?」
「嬢ちゃんの実績全てが有力諸侯に筒抜けになってやがった」
ダインさんが怒りをぶちまけるように大きな声を出しました。
空気が重くなってしまいましたね。
こういうときに周りの人が憤ってくださるのは幸せなことだと思います。
おかげで冷静に物事の判断ができます。
「情報が漏れてしまったのは仕方ありません。お礼はいつかするとして、今後どうするかを考えましょう」
「さすが私の娘ね、お返しはきっちりしないと」
お母様、そこに食いつかないで下さい……。
「とりあえず、冒険者ギルドはヴォルフに掃除させる。奴は昔馴染みだ。きっちりやってくれるだろう」
「では要点を確認しておきましょうか」
現在私には、リントベルクの街中に限り、影ギルドの護衛がついているそうです。
たまに気配を感じていたのは、こういうことだったのですね。
「傷つくから撒かないでくれと苦情が来ています」
「あはは」
街中で魔法を使うときは気をつけないとですね。
「マイスナー家の令嬢にうかつなまねはしてこないとは思いますが、それでも不埒なまねをしてくる輩がいるやもしれません。充分に注意して下さい」
「はい」
「コユキちゃんに手を出したら、ぎったんぎったんにしてあげるわ」
「アン姐、いつぞやの再現はやめて下さいね」
エルヴィン様が思わせぶりな話を持ち出してお母様に釘を刺しています。
再現って、過去に何かされたことがあるのでしょうか。
気になるけど、今ここで聞ける雰囲気ではないのが残念です。
「後は、ブランデル伯爵の件ですね」
「おいアル、いいかげん働け」
「やめてください、あなたの腕は凶器なんですから」
ダインさんがばしばし背中を叩くと、師匠が漸く復活しました。
それでもまだ私と視線を合わせようとしないのは、後ろめたさがあるからでしょうか。
「あの爺さんのことだから何か裏があるんだろうが、そいつは会ってみねえと何とも言えねえな」
「確かに感情論で動く人ではないですね」
「利害関係が一致すれば味方になってくださるわよ」
「まあそういうこったな」
「婚約の件にしても、会って直にどうこうという話ではないでしょう」
「そうですね、許婚あたりが妥当なところかと」
師匠が復活したら、私そっちのけで急に話が進みだしました。
「で、後は譲ちゃんしだいなんだが、どうする?」
最終判断だけこっちに投げてくるのはやめて下さい。
もう結論でてるじゃないですか……。
「……わかりました」
「コユキちゃん?」
「いいのかい?」
心配そうに覗き込んでくる師匠とお母様に力強く頷き返します。
どうせ今断っても、後々いろんなところからお話が来るのでしょう。
それなら片っ端から潰してしまう方が気分的に楽ですよね。
お母様仕込みの殿方あしらい術、今こそ試す時。
そんな感じで変な方向に盛り上がる私を、大人たちは不安げな表情で眺めていました。
翌日、リントベルク伯爵の方で日程の調整がなされ、手紙は早馬でブランデル伯爵の下へ届けられました。
それから数日後、ブランデル伯爵から返信が届き、訪問は本決まりとなりました。
滞在は三の月三の日から一週間。
奇妙な不安を覚えつつ、私はその日を迎えることになったのでした。
次回予告:「第十七話 少年」




