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晶の標  作者:
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第十五話 晩餐

「ごめんなさいね、手違いでこんなことになっちゃって」

「いえ、大丈夫ですから」


 両手を合わせて拝んでくるミリアムさんに左手をぱたぱたと振って答える。

 右手にはDランクと記入された私の冒険者カード。


 冒険者ランクはそれぞれのランクで実績を挙げ、そのポイントが規定値に達した場合に本人の意思でランクアップするか保留するかを選択することが出来ます。

 先日の依頼達成で私はDランクに上がるだけのポイントが溜まったのですが、保留しようと思っていました。

 それがギルド側の手違いでランクアップされてしまい、私の知らない内にDランク冒険者にされていたのでした。


「二、三日時間はかかるけど、戻すこともできるわよ」

「そこまでして保留したいわけじゃないです」


 これがAランクとかBランクとかなら何を以ってもお願いするところですけど、Dランク冒険者は普通に沢山いるから目立つこともないでしょう。


「でも手違いって何があったんですか?」

「それが詳しいことは誰も知らないの。ゲルト支部長も昨日付けで急に移動になっちゃったし……」

「え、そうなんですか」


 温厚で空気の読める人でしたから、いなくなっちゃうとちょっと寂しいですね。

 でもきっと、もっと重要なポストに移動になったのでしょう。


        ◇        ◇        ◇


「あら、コユキちゃん、お帰りなさい」


 お屋敷に戻った私は瞬く間に抱きつかれました。


「お母様、何時こちらに?」

「ついさっきよ、ローザが送ってくれたの」


 あたふたしながら問いかければ、さらっと恐ろしい事をおっしゃいます。

 いいのでしょうか、高位の竜に送迎なんてやらせてしまって……。

 うなだれる私をお母様は急かすように部屋へと連れて行きます。


「あの、何をなさっているのですか?」

「コユキちゃんのお着替え。ねえ、リズちゃん、これなんかどうかしら?」

「奥様、こちらの方がお嬢様にはお似合いかと」

「そうね、じゃあそっちにしようかしら」


 既に私の意志とは関係なく支度が進んでいきます。

 とりあえず軽く深呼吸。

 いつまでも流されていてはだめです。

 ここは毅然とした態度をとらなければ。


「お母様、これは一体何事ですか?」

「あら、聞いてないの? リントベルク伯爵から晩餐のお招きだそうよ」


 また急なお話ですね。

 しかもお母様までお呼びになるということは……あれ、これって私に何か関係してるのでしょうか?


「ちゃんと判ってるんじゃない。それじゃあ、参りましょうか」


 気がつけば、私は一端のお嬢様に仕立てられていました。


 領主様のお屋敷は見た目よりも機能性を重視した造りで、煌びやかさは全くといっていいほどありません。

 しかし良く見れば、要所要所に高価な素材を使用しているのが見て取れます。

 到着した私達は客間に通され、準備が整うまで暫く待つことになりました。


「慌しく呼び立ててしまってすまないね」

「それはいいんだけど」


 やはり何か私に関係することで招かれたのでしょう。

 二人が私を心配そうにちらちらと見るので、こっちの方が不安になってしまいます。


「お母様?」


 訝しげな顔をしていると、お母様が優しく抱きしめてくださいました。

 何もおっしゃらずにずっとそうしていらっしゃいます。

 案内の者が扉のノックしたのはそれから暫く経ってからの事でした。


 晩餐の席についたのは、私達を含めて八人でした。

 リントベルク伯爵ご夫妻、ご長男のエルヴィン様とその妻イルマ様、そして見知らぬもうお爺さんといってもよい感じの紳士。


「今日は急な招きにもかかわらず、よく来てくれた。料理長に腕を振るわせたから、存分に楽しんでいってくれ」

「お招きありがとうございます。田舎育ちで不調法な点もございますが、どうぞ良しなに」


 形式的な遣り取りの後、それぞれの紹介となり、私もなんとか練習の成果を披露できたと思います。

 そして最後に謎のお爺さんの番となりました。


「紹介しておこう、今度冒険者ギルドの支部長になったヴォルフだ。丁度よい機会だから来てもらった。マイスナー卿には今更紹介するまでもないと思うがな」

「ご紹介にあずかりましたヴォルフです。本日は斯様な場にお招き頂き恐縮です」

「そう硬くなるな、ヴォルフ。またよろしく頼むぜ」

「はい」


 そういって、深くお辞儀をするヴォルフさん。

 この方が新しい支部長さんなのですね。

 私の視線に気づいたのか、優しい笑みを向けられました。


 その後、食事は滞りなく済み、銘々が歓談を始めていました。

 師匠とお母様はリントベルク伯爵ご夫妻と世間話を、私はイルマ様に請われて、最近の冒険譚を話し、エルヴィン様とヴォルフさんはそれを興味深そうに聞いていらっしゃいました。


「そろそろこの辺でお開きとするか」


 リントベルク伯爵の一言で、晩餐は何事もなく終了したのでした。


        ◇        ◇        ◇


 場所は変わり、リントベルク伯爵の執務室。

 一人掛けのソファーにはリントベルク伯爵とエルヴィン様、三人掛けの方には、左右に師匠とお母様、真ん中に私が腰を下ろしています。


「さて、こっからが本題だ。堅苦しいのは嫌えだからいつもの調子で構わねえ」

「いきなりくだけ過ぎです」


 ダインさんは師匠の突っ込みにちっと舌打ちし、お母様の前に質の良い紙が使用された封書を置きました。


「アルには前もって見せたからな」


 それを聞いて何故か師匠がため息をつきました。

 お母様は封書を手に取ると、無言で内容に目を走らせています。


「なるほどね」


 読み終えたのか一言そう呟くと、封書を私に手渡してきました。

 読んでもいいのでしょうか?

 目で訴えるとこくりと頷かれます。


「嬢ちゃんも読みな。意見が聞きてえ」


 ダインさんの許可も出たので読んでみることにします。

 それはブランゼル伯爵様からの手紙でした。


 カールハインツ・フォン・ブランゼル伯爵。

 王国南部の中心となる地域を治める実力者で、その優しげな表情とは裏腹に敵対する者には容赦しない性格で恐れられているそうです。

 リントベルクの街ができる以前は、ブランゼル伯爵領最東端の街オステンブルクが南東地域開拓の拠点となっていたこともあり、ダインさんとブランゼル伯爵は当時から顔見知りで、現在も良好なお隣さんといった付き合いなのだそうです。

 「常に腹に一物抱えてる爺様だがな」とはダインさんの弁。


 さて手紙の内容ですが、新年の挨拶に始まり、領地の諸事情についてのあれこれが語られ、最後に孫がリントベルクに興味を示しているので、そちらへの訪問を考えているが都合はいかがであろうか、歳の近い者もいるようなので孫の相手になってもらえると幸いである……とこんな内容が綴られていました。


「何か問題があるのでしょうか?」


 読み終えてそう口にすると、四人の視線が痛いほど突き刺さってきました。


「構わねえのか?」


 ダインさんに念を押されてちょっと不安になったので、改めて手紙の内容を確認します。

 季節の挨拶、領地のあれこれ、リントベルクへの訪問願い……特に問題になりそうなところはあり……ちょっと待って下さい。


「歳の近い者もいるようだから、孫の相手になってもらえると幸いである……」


 四人の視線は相変わらず私に注がれたままです。


「これってもしかして私の事だったりします?」


 顔を上げて問いかけると、一様に無言で視線を逸らされました。

 沈黙は肯定。


「だ、だめです。だって相手は伯爵様のお孫さんなんでしょ」

「……嬢ちゃんだって、男爵令嬢だ。身分の事なら気にしなくてもいいと思うぜ」


 私の意見に、ダインさんはちょっとだけ意外な顔をし、暫く思案するとそう答えました。

 今の間は何だったのでしょうか。

 気になって師匠とお母様を交互に見ると、「おや?」だの「あらあら?」だの言いたそうな顔で私に目を向けてこられました。


「あ~、やっぱり気づいてなかったのか。そいつは譲ちゃんへの婚約申し込みだ」


 婚約……申し込み?


「えええーーーーーーー?!」


 突如上がった私の声はお屋敷中に響渡り、家臣の皆さんが騒ぎ出すやら、ダインさんの孫のマーヤちゃんがびっくりして泣き出し、イルマ様があやすのに大変だったりしたらしいです。


『コユキちゃんがそれどころではないようなので、ここからはティンクが語り部を務めま~す』


「どうして私の婚約話が持ち上がってるんですか?!」

「コ、コユキ、落ち着いて……」


 普段はのほほんとしてるコユキちゃんですが、頭に血が上ったときは逆に異常な勘の良さを発揮するんです。

 師匠さんの一言はその引き金になってしまったみたい。


「そういえば、師匠はこの事最初から知っていたんですよね」

「あ、えっと、その……」

「どうして二人はいつも私の望まない事ばかり引き起こすんですか……きらい、師匠もダインさんも大っ嫌い!!」


 うわあああーーーーーんとコユキちゃんはお母様に縋りつくように泣き出してしまいました。

 男性三人の内、二人は真っ白になり、一人はおろおろしています。

 唯一お母様だけが少しほっとしたような表情でコユキちゃんを宥めていました。


次回予告:「第十六話 思惑」

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