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晶の標  作者:
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第十四話 呟き

 リーズロッテと申します。

 マイスナー家旦那様付きのメイドをしています。


 お嬢様にお会いしたのは昨年の九の月一の日のことでした。

 薬草採取に行くとお出かけになられた旦那様が、何故か抱きかかえて戻っていらっしゃったのです。

 最初は幼女誘拐でもされたのかと思いました。

 とてもお可愛らしい方でしたから魔が差したのだろうと……。


 三昼夜眠り続け、漸く目を覚まされたお嬢様は、私達の話す言葉がお判りにならないようでした。

 そこでお忙しい旦那様に代わって、私が日常会話をお教えしたのですが、お嬢様は私の言い回しをそのまま覚えてしまわれたらしく、何方に対しても丁寧な言葉遣いをなさいます。

 それ自体は悪いことではないのですが、マイスナー家の養女となられたからには威厳というものも必要でしょう。

 まあその辺は奥様が直接ご指導下さるそうなので一安心ですが。


 お嬢様は非常に記憶力の良い方です。

 言葉も直に覚えられましたし、現在使われている全ての魔法が網羅されているという魔法大全を暗記していらっしゃるとか。

 調子に乗ってお教えした旦那様と私にも責任がありますが、砂が水を吸うように覚えてしまわれるのを見ると、ついついあれもこれもと誘惑にかられてしまうのです。

 先日も市場で顔見知りの店主に、私が二人いるようだとぼやかれました。

 彼には大変申し訳ないことをしてしまいましたが、この街で一番のお魚屋さんを見極めるとは流石お嬢様です。


 お嬢様はまた非常に活発な方でもあります。

 何でも有名な冒険者の方と仕合をして一本とってしまったとか、奥様相手に鍛錬されているとかいろいろ聞き及んでいます。

 魔法の方も最初の頃は使えなくて沈んでおられましたが、最近は……と、申し訳ありません。

 お嬢様の魔法に関しては、私の口からは申し上げることができません。

 ご容赦下さい。


        ◇        ◇        ◇


 俺はヴェルナー、冒険者だ。

 リントベルクの街ができてからは、ここを根城にしている。

 最近はギルド警備員なんて揶揄されちゃいるが、いざという時、実力のあるパーティが動けないってえのは困るからな。


 判ってるよ、お嬢のことだろ。

 初めて目にしたのは、冒険者登録に来たときだったな。

 アルにくっついておどおどしてやがったが、どうしてどうしてとんでもねえ奴だった。

 ダインの親父が何か企んでたみてえだが、一本とられたときは呆けてたからな。

 あの顔は見ものだった。

 そのあと本気で遣り合って、結局髪の毛を掠めただけってなあ笑えねえ冗談だがな。


 そういや、アルと一緒にジーランスとジーラゴスも討伐してたな。

 釣り師Aランク資格持ちって、今この国に数人しかいねえんじゃなかったか。

 アルが風物詩になってた依頼票剥がしたときはご愁傷様と思ったもんだが、その日のうちに達成してきやがったからな。


 まあそんな訳で、最近はよくパーティに加わってもらってる。

 ダインの親父から頼まれたからってのもあるが、こんだけ逸話がありゃあ充分だろ。

 しかしハインツも言ってたが、あれでEランク、と、今はもうDランクだっけか、だと文句の一つも言いたくなるだろうさ。

 普通二ランクも差がありゃあ、まともにパーティ行動なんて出来やしねえ。

 それがたった一戦しただけで、自分の立ち位置を確立しちまいやがったからな。

 まだ五歳、いやもう六歳だったか、末恐ろしいもんだ。


 アルの奴は戦士だってほざいてたが、魔術師としても半端ねえらしい。

 俺は魔法のことは詳しくねえから伝になるんだがな。

 コリンが言ってたが、魔の森の奥地や魔窟で探知エンデコンの魔法が使える術者なんて見たことがねえそうだ。

 魔窟といやこの間の依頼の後、ハインツの野郎があんな業火ヘルファイエルの魔法見たことねえって落ち込んでたな。

 確かにあの時は俺も何が起こったのかよく判らなかった。

 ぴかっと光った次の瞬間にはスケルトンが跡形もなく消えちまってたんだからな。

 しかも二体同時にだ。

 まあ、アルの奴が弟子どころか養女にしたってんだから、相当見込みがあるってことなんだろうよ。

 そうでなくてもこのまま固定メンバーにしてえところだぜ。


        ◇        ◇        ◇


 あ~、仕事の都合上、名前と所属は勘弁してください。

 お嬢ちゃんの街中での警護をやってます。

 いや、ストーカーじゃありませんよ。

 さる筋からの依頼ってことで、お前やってみろってマスター直々のご使命なんですから。


 それでお嬢ちゃんですが、まあ、元気ですな。

 朝は早くからランニングにストレッチに型稽古。

 良く続くもんですわ。

 それに毎日見てると判るもんですね。

 お嬢ちゃんはバランスが良いから、足捌きにぶれがない。

 だから動きにキレがあるんですね。


 魔法は最初使ってなかったんですよ。

 でも、あれは何時だったかな。

 そう、何かすっげえこええお客が来たあたりから使い出したんですよ。

 相談役の旦那の魔力砲っていうんですか。

 あれを全部弾き返したシールズの魔法は秀逸だったな。

 それに浮遊トライブンの魔法。

 あっという間にお空の彼方まで飛んでいっちまって、見えなくなったんですよ。

 子供は突然あんな風に魔法が使えるようになるもんなんですかね。


 そういや秋の終わり位から、週に二、三日姿を見せない日がありますね。

 屋敷の中で何かやってるんですかね?

 それに、最近撒かれることが多々あって困りもんです。

 これでも一応玄人なんですから、素人さんに撒かれると凹むんですよ。


 こんなとこでいいですかね。

 え? やっぱりストーカーじゃないかって。

 お嬢ちゃんに近づこうとした怪しいやつを二、三人捕縛してるんですよ。

 ちゃんと仕事はやってますって。


        ◇        ◇        ◇


 リントベルクには夜遅くまで営業している店がいくつか存在する。

 数多く滞在している冒険者の懐を当て込んだ店が集まる、所謂飲み屋街と呼ばれる一角にその店はあった。


 【風の噂】


 ここで得られぬ情報ねたはないとまで言われる情報屋の聖地。

 酒を提供する店としては珍しく、外からは店内を窺い知ることはできない。

 強力な結界が張られ、店の外に音が漏れないようになっているのだ。

 店内にはカウンターとテーブルが四つ。

 そのどれもが情報を遣り取りする者たちで埋まっていた。


 扉を開くと店内の喧騒がぴたりと止む。

 こちらに顔を向ける者はいないが、探るような視線が突き刺さってくる。

 それらを無視してマスターに目配せすると、彼は店の奥に視線を送り、指を三本立ててきた。

 頷いて歩き出す。

 奥の扉をくぐった先は通路になっており、個室が三つ並んでいる。

 三と書かれた扉を開け中に入ると相手は既にグラスを傾けていた。


「更に結界を重ねるとはご大層なことだな」

「貴方がこんな場所を指定するからでしょうが」

「いつものことだろう」

「いつものことだから文句を言っているのですよ」

「……」

「……」


 ふうとため息をついて、手酌でグラスに酒を注ぎ煽る。

 さすがに良い酒は旨い。

 二杯目を注いでいると数枚の報告書がテーブルを滑ってきた。

 素早く目を走らせる。


「うちのメイドに尋問するのはやめてくれませんかね」

「最初の突っ込みどころがそこかよ」

「他にどこを突っ込めと?」

「いろいろあるだろうがよ、魔法のこととか、釣り師のこととかよ」

「……」

「……」


 相手はふうっとため息をついて頭を下げた。


「まあ釣り師の件はこっちの手落ちだ、すまねえ」

「警戒してなかったこっちにも責任の一旦はありますけどね。で?」

「とっとと更迭させた。泳がすには向かねえ役職だからな」

「そうですね」

「……」

「……」


 つまみが運ばれてくる。

 ティンテンを干して軽く炙ったものか。

 歯ごたえがあってなかなか旨い。


 知らん振りを決め込んでいると、憎々しそうに睨まれた。

 いろいろと聞きたいこともあるのだろうが、そこは我慢してもらうしかない。

 貴方が事の真相を知っていたら、いろいろと面倒なことになるのだから。


 三杯目を注いでいると、今度は質の良い紙を使った封書が目の前に置かれた。

 開いてから後悔する。

 見なきゃ良かった。


「そろそろ嬢ちゃんにも話さなきゃならねえようだ」

「貴方から話すってのはどうですかね?」

「てめえだけ逃げようって腹か?」

「娘に嫌われる父親の痛みが貴方には判らんのですよ」

「……」

「……」


 いくらあの娘が寛容でもこればかりは許してもらえるとは思えない。

 折角の旨い酒だったのに、自棄酒になってしまいそうだ。


 その後、深夜の飲み会は遅くまで続いた。


次回予告:「第十五話 晩餐」

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