第十二話 魔窟
一の月も半ばに入り、新年気分も抜けた頃。
リントベルクでは今年初めての雪が降りました。
ちらちらと舞うような雪で、積もることはなさそうですが、寒い一日になりそうです。
いつものように防寒対策をして、冒険者ギルドに向かいます。
毎日は無理ですが、こうやって週に何日かは顔を出すようにしているのです。
扉を開けると、ヴェルナーさんと受付嬢のミリアムさんが見知らぬ――恐らくドワーフ族の――おじさんと何やら込み入った話をしているところでした。
どうしたものかと周りを見渡せば、テーブルの方でハインツさんが手招きしています。
「何かあったのですか?」
「……ちょっと問題がね」
空いている椅子に腰掛けて問いかけると、先にテーブルについていたヴェルナーさんとパーティを組んでいる三人は互いに顔を見合わせ、仕方ないわねといった感じで、隣に座っているコリンナさんが口を開きました。
「魔窟変は知ってるよね?」
「はい……『ティンクちゃん、お願い』」
『はいは~い、さくっと解説しちゃうよ。
この星アルスにはムナとルーンっていう二つの月があります。
三ヶ月毎に二つの月が重なる蝕という現象が起こるんだけど、この時期は魔力が高まり、各地でいろんな現象が発生します。
火山の噴火とか、温泉が突然吹き上げるとかね。
魔窟変もその一つで、トレール山脈に百ある魔窟の内部が魔物も含め変化してしまうのです……』
三ヶ月毎ということは、前回の蝕が九の月一の日だから、十二の月に魔窟変も起こったということですね。
春から夏にかけては冒険者が活発に活動するので、魔窟変が起こっても攻略が進み易く、鉱石も充分に出回ります。
しかし秋から冬にかけては冒険者の活動が鈍るため、魔窟の攻略も滞りがちになり、鉱石の産出量も落ち込むのだそうです。
希少な鉱石を産出する番号の大きい魔窟は危険度も高いため、場合によっては手付かずのまま次の魔窟変を迎えることもあるのだとか。
「今ヴェルナーの旦那と話してるのが鍛冶師のグレゴールさん。どうしても断れない筋から作成依頼があったらしいんだけど、ミスリルの在庫が足りないそうなの」
「それで魔窟に採掘に行きたいと?」
私の質問に三人は困ったような顔でうんうんと頷きました。
グレゴールさんは名の通った鍛冶師で、特にミスリル製品では第一人者と呼ばれる程の腕前なのだそうです。
そのため多くの作成依頼が寄せられるけど、やっつけ仕事で品質が落ちるのを嫌い、気に入った仕事しか請けないのだとか。
素材にも拘りがあり、不純物の少ない上質のミスリル鉱石を自ら精製したインゴットしか使わないため、職人ギルドや他の職人さんからインゴットを融通してもらうこともできません。
また鉱石は嵩張るため、掘り出したらすぐにインゴットへ精製してしまい、鉱石の状態で残っているものは現状殆どないそうです。
「でもこう言った話は普通魔窟に長けた冒険者に依頼するものでは?」
「ジークのパーティに依頼したけど、断られたらしい」
「あそこは探索役のモーリッツが今実家に帰ってるらしいからな」
魔窟はその名の通り魔素濃度が濃く、魔力を感知する探知の魔法は使い物になりません。
そのため魔窟を攻略するパーティには、探索役と呼ばれる隠密行動に長けた者を加えるのが一般的です。
ジークムントさんのパーティは、魔窟攻略に関してはリントベルク一といっても過言ではない程の実績を誇っています。
それはメンバーが魔窟のように狭い場所での戦闘に手馴れている実力者揃いということもさることながら、探索役であるモーリッツさんの実力が他の追随を許さないからだとも言われています。
実際、番号の大きい魔窟の大半はジークムントさんのパーティが攻略しているのです。
「それでヴェルナーさんのところにお話が回ってきたのですね」
「そうそう」
「でも皆さんはどちらかといえば野外専門ですよね」
「まあ、どちらかといえばそうなるな」
何故でしょう、凄く嫌な予感しかしないのですが……。
君子危うきに近寄らず……ここは早々に退散したほうが良さそうです。
「あ、そうだ。私お買い物の途中だった……」
「よう、コユキ、待たせたな」
椅子から立ち上がろうとした私を押し留めるように、後ろからヴェルナーさんの声が掛かりました。
その後ろには話が纏まったのかほっとした様子のグレゴールさん。
訝しむように三人に目を戻すと気まずそうに視線を逸らされました。
どうやら三人の役目は私への事情説明と引き留めだったようです。
「私を連れて行っても役に立ちませんよ」
「あら、気づいてなかったの? 魔の森の外縁部はともかく、奥に入っても精度の落ちない探知の魔法を使える術者なんて殆どいないわよ」
最後の抵抗を試みたところ、意外な方向から切り返されました。
「……そうなんですか?」
「まあそういうことだ。よろしく頼む」
確認するようにヴェルナーさんに目を向けると、苦笑しながらごっつい手で頭を軽くぽんぽんと叩かれました。
◇ ◇ ◇
やめておけば良かった。
そう思ったのは魔窟に入ってすぐのことでした。
慌しく準備を整え、また急ぎのため臨時の馬車を用意してもらい揺られること二時間余り。
比較的入り口に近い場所で上質のミスリルが採掘できる魔窟ということで、過去の結果から選ばれたのが七十七番魔窟です。
魔窟の入り口は真っ黒なベールのようなもので覆われていて、外から内部の様子を窺い知ることは出来ません。
過去の経験から入り口付近には魔物がいないとされていますが、充分な注意が必要でしょう。
私達はお互いに頷き合い、ヴェルナーさんを先頭に魔窟へと入っていきました。
二つの異なる空間の狭間を通り抜けるような奇妙な感覚の後、魔窟内部への第一歩を印します。
どこかで魔力の光が瞬いているのか、仄かな明るさがあるようです。
すかさず空間探知を行うと、聞いていた通り魔力に関してはざざあとノイズが入ったような感じになりましたが、熱、音、風の感知に関しては特に問題いようです。
「コユキ、どうだ?」
「大丈夫、行けます」
魔法陣の展開を見たヴェルナーさんの問いに肯定の意を返すと、皆からほっとしたような空気が流れました。
そのまま探知範囲を広げて周囲の状況を確認します。
通路は一本道で、三メートルほど進むと直に右へ折れ、そこから暫く歩いて行くと前方に広間のようなものがあることが判りました。
「とりあえず広間の手前まで行ってみるか」
「そうだな」
状況を伝えると方針はすぐに決まりました。
ヴェルナーさんとテオさんが先頭に立ち、周囲を警戒しながら進んでいきます。
広間が近づいてくると、早速反応がありました。
「広間に強めの反応が二つ、弱めの反応が二十四」
「うへえ」
「まじかよ」
反応は様々ですが、皆その数にげんなりした様子。
手早く広間の入り口まで偵察に行くと、いるわ、いるわ。
ボーンナイトに付き従うスケルトンが十二、内二は弓持ちでそれが二グループ。
それぞれに隊列を組み、広間の中を巡回しています。
「通路に引き込んで戦いながら数を減らすしかねえな。俺とテオで壁を作るからハインツとコリンが殲滅。コユキは後ろの護衛を頼む」
戻って報告すると、ヴェルナーさんが素早く指示を出し、全員が無言でそれに頷きました。
今回は相手がアンデッド系ということもあり、光属性魔法が得意なコリンナさんも攻撃に加わるようです。
予めヴェルナーさんとテオさんに加護の魔法と障壁の魔法をかけ、出来るだけ音をたてないように、かつ素早く広間の入り口付近に展開します。
各自が配置につくと、ヴェルナーさんが手を振りました。
それぞれが思い思いの方法で応答を返してきます。
それを確認するとヴェルナーさんは小弓を取り出し、近い方のグループに向かって矢を放ちました。
矢はスケルトンの一体に刺さりましたが、致命傷には至らなかったようです。
逆に二十六体全てがこちらに顔を向けました。
「ちい、やっぱりオールリンクか。テオ、やるぞ」
「おう」
がっと最初の激突でスケルトン二体が吹き飛びます。
通路の幅は二人がなんとか横に並んで戦闘出来る位しかありません。
これで少しづつ数を減らしていけば……と思っていたのですが。
「うそ、復活してる?!」
「なにい」
私は前後を警戒しながら定期的に空間探知を行っていたのですが、ハインツさんとコリンナさんが魔法でスケルトンを倒したと同時に、広間の中央付近に新たな反応が現れたのです。
確かにもう四分の一は倒してるはずなのに、前衛二人の前には先ほどと変わらない数のスケルトンがいるようです。
「一旦引くぞ、コユキ、先導しろ」
「はい」
ヴェルナーさんはすぐさま撤退を決めました。
打開策のないまま踏み止まってもジリ貧になるだけです。
私はグレゴールさんの横に移動すると、出口へ向かいました。
他の四人はフォーメーションを組んだままじりじりと後退してきます。
何者かの掌で踊らされているというのはこういう状況を言うのでしょうね。
突き当たりを左折するとそこは……。
「出口がないぞい」
グレゴールさんの声が虚しく響きます。
私達が入ってきた場所はただの袋小路と成り果てていたのでした。
次回予告:「第十三話 罠」




