第十一話 年越し
『突然だけど、ティンクのなぜなにリントベルク~、はっじまるよ~。
コユキちゃんはさっきから姿見の前であれこれ思案中。
なので、この場を借りてリントベルクの街を少しだけ紹介しちゃいます。
リントベルクは南北にやや長い長方形型の城塞都市で、その内部は東西方向に三本、南北方向に三本の大きな通りで十六区画に分けられています。
東西を結ぶ通りは北から順に、北通り、中通り、南通り。
特に東西の門を結ぶ北通りは道幅も広く、大通りとも呼ばれています。
南北を結ぶ通りは東から順に、東通り、中央通り、西通り。
中央通りは北の壁に隣接する領主様のお屋敷と南門を結んでいます。
こうして分けられた区画には呼び名が付けられていて、大通りの北側を官区街、大通りと中通りの間を商区街、中通りより南を住区街と呼び、また東西方向は東から東区、東中区、西中区、西区と呼ばれています。
住区街では北東区や南西区のように区の先頭に南北を付けることで区分けをしています。
官区街は、東区に兵舎や訓練場、私達が住んでるお屋敷、東中区には大通りに面したところに冒険者ギルドや図書館があり、北側は領主様臣下のお屋敷や官舎となっています。
西中区は北側が神殿、南側は公園になっていて、西区は大通りに面したところに職人ギルドがあり、その北側は職人さん達の工房が並んでいます。
商区街は、東区が所謂飲み屋街と呼ばれる場所で、東中区は宿屋さんや食べ物屋さんが沢山あります。
西中区は商人ギルドやいろんな商品を売るお店、市場等があり、西区は南側が倉庫、北側は荷物の積み下ろしスペースとなっています。
これで皆迷わずにどこへでも行けるね……』
◇ ◇ ◇
十二の月も後半に入り、木枯らしが吹く季節になりました。
温暖な気候とはいえ、吐く息が白く見える程度には寒くなっているようです。
私は身支度を整えると、体にぴったりフィットするような空間を生成しました。
これは先日晶竜さんの知識から見つけた空間制御の方法で、本来の使い方は動き回る敵を捕捉するためのものなのだそうです。
それはともかく、空間内の温度を二十五度、湿度を六十パーセント位に保ち、紫外線や汚れを遮断をするよう制御を加えました。
これで冬でも快適に過ごせます。
少し伸びてきた髪もつやつやと輝いて見えます。
ここに外から内への運動エネルギー吸収と魔力吸収を付加すると冒険者仕様になります。
最近定番にしている空間制御です。
『コユキちゃん、お待たせ~』
姿見の前でくるりとターンしていると、ティンクが私の頭に載ってきました。
「何して遊んでたの? 外は寒いからティンクも防寒しようね」
『了解~』
どこで覚えたのか敬礼のポーズをした後、魔法を使い始めました。
極薄のベールがかかったようにその体がきらきらと輝いています。
ローザさんに相談して以来、私が使った魔法はティンクにも同じようにやらせているのですが、結構器用に魔法を使うので教え甲斐があります。
「それじゃあ、お買い物に行こうか」
『しゅっぱ~つ』
市場に行く途中で冒険者ギルドをちょっと覗いてみましたが、閑散としていました。
晩秋にかけて行われた魔の森の間引きに参加した冒険者の懐は、差し詰めボーナスをもらったお父さんのように暖かくなっているはずです。
私も冒険者ギルドに行く度、お知り合いになった方達のパーティに誘われ、こんなにもらってもいいの?……と心配になるほどの報酬を頂きました。
おかげさまで帰郷する度に、沢山の海の幸を手土産にできているのです。
コーレル王国の主な街では毎年新年を祝う行事が催されます。
リントベルクでも東西の門を結ぶ大通りのそこかしこで飾りつけが行われていました。
そんな大通りから市場のある小さな通りへ入ると溢れんばかりの人。
皆さん年末の買出しなのでしょう。
いつもの倍は混んでいるような気がします。
そんな人波を縫うようにして、目的のお店に辿り着きました。
ラルス鮮魚店。
露店が多く並ぶ市場では珍しく、ちゃんとした店舗のお魚屋さんです。
毎週お魚を購入してたので、すっかり顔馴染みになっています。
「こんにちは」
私は店主のラルスさんを見つけると、声を掛けました。
「おう、嬢ちゃんか」
「例の物は?」
「今朝入ったぜ、見るかい?」
「もちろんです」
べ、別に怪しい取引じゃありませんよ。
今日は年越し用に頼んでおいた、タンヒという大きな魚を買いに来たのです。
前回帰郷した際、料理長のヤンさんが以前タンヒの解体ショーをやったことがあると聞いて、それなら年越し用に買ってきましょうということになったのでした。
ラルスさんについて店の奥へ行くと、今海から獲って来たような鮮度抜群のタンヒが置いてありました。
頭から尻尾までの長さはラルスさんの身長よりも長そうです。
「うわあ」
「どうだ、ちょっと小振りだが、いい型だろ?」
こくこくと頷くと、ラルスさんはにやりと笑って、指を八本立ててきました。
活きの良いうちに早速商談ということでしょう。
私が首を振って指を三本立てると、ラルスさんは唖然とした顔で指を七本に減らしました。
首を傾げて四本に増やせば、がりがりと頭を掻いて六本に減らします。
そこで私は、はあと息を吐いてくるりと背を向けました。
「判ったよ、全く嬢ちゃんには敵わねえな」
その声を聞いて小さくガッツポーズをすると、私は満面の笑みを湛えて振り向きました。
「ありがとうございます」
商談成立ということで、金貨四枚(日本円にすると約四十万円)を渡します。
こっそりタンヒにフィットする空間を生成して防臭、防水、防腐処理を施し、魔法のポーチへしまっていると、ラルスさんが受け取った金貨を弄びながら話しかけてきました。
「それでもおいそれと手の出る値段じゃねえんだがな。その魔法のポーチといい、全くどこのお嬢様なんだか……」
「あはは……」
「安心しな、お得意様の秘密をぺらぺらしゃべるようなまねはしねえからよ。まあ話したところで誰も信じやしねえけどな」
そう言ってにっこり笑うラルスさんに見送られ、お魚屋さんを後にしました。
◇ ◇ ◇
師匠とお母様が結婚したのは、師匠が二十歳、お母様が十八歳の時だそうです。
何故こんな話をしているのかといえば、ため息をつく私の目の前に、にこにこ顔で立っている美少年がいるからです。
その方のお名前は……。
「アレクシス・マイスナーだよ。よろしくね、コユキ」
……だそうです。
仮にもマイスナー家は男爵家ですから、跡取りも儲けずに別居するはずがないと思わない私にも非があります。
それでも一言あって然るべきじゃないでしょうか。
師匠はとうに姿が見えず、お母様は「サプライズ、サプライズぅ」と笑っていらっしゃいます。
お兄様は御年十歳。
四の月から王都にあるアストリーア総合学園の騎士科に通っていらっしゃるそうです。
身長は百五十センチ位。
サンディブロンドの髪に師匠と同じ鳶色の瞳、一方面差しはお母様に良く似ていらっしゃいます。
「コユキです。どうぞよろしくお願い致します、お兄様」
「僕のことはアレクでいいよ。母様に随分と鍛えられたみたいだね」
口上を述べ、恭しくお辞儀をすると、お兄様は感心したように微笑みました。
だってこれもレッスンの一環なんです。
失敗すると後で補習が待っているんです。
「大丈夫、とても付け焼刃には見えないから」
そう言って、くくくと肩を震わせました。
それって褒めてませんよね。
ちょっとむっとしてお母様を見ると、扇を一瞬開いて閉じられました。
うっかりしてると気づかなかったかもしれませんが、それは間違いなく合図です。
「お兄様、酷い」
私は顔を両手で覆って、その場に泣き崩れました。
因みにここはお部屋の中ではありません。
周りには私達以外にも結構な人がいます。
その人達から非難の視線が一斉にお兄様に突き刺さりました。
さあどうします?
ここで対応を間違うと残念美少年まっしぐらですよ。
ふわっと爽やかな香りが私を包みました。
優しく抱きしめられ、背中をぽんぽんと叩かれます。
「ごめんよ、君があまりにも素敵だから、ちょっと意地悪してみたくなっただけなんだ。許しておくれ、我が妹よ」
うわ、そんな歯の浮くような台詞をサラッと言えちゃうんですね、お兄様。
でも対応は間違ってなかったようで、周りの人達の視線は随分と和らいだようです。
『おお、さすがアレク様』なんて声も聞こえてきます。
「お兄様……」
私がおずおずと顔を上げると、指先でそっと目元の雫を払って下さいました。
「さあ、お部屋に戻ろう」
「はい、お兄様」
手を取って立たせて下さったお兄様に私は満面の笑みで頷きました。
こうして二人は拍手喝采を浴びながら、村の広場にこの時のためだけに設営された特設ステージを後にしたのでした。
◇ ◇ ◇
「お疲れ様、初めてにしては上出来だったよ」
ソファーに座り込んだ私の前にそっとテーカップが差し出されました。
マイスナー村恒例の年越しイベント、【全員参加隠し芸大会】は師匠とお母様が領地を引き継いでから毎年行われているそうです。
お兄様も五歳の時から参加していて、今年は私のために一緒に寸劇をやって下さったのです。
脚本はもちろんお母様。
帰郷した私はお兄様との対面もそこそこに脚本を渡され、あれよあれよという間に特設ステージに登らされたというわけです。
「破天荒な両親だけど、コユキのことが可愛くて仕方ないんだよ。それだけは判ってあげて欲しいな」
「はい」
それは感謝しても、し足りない程判っています。
流れに載せられてばかりですけど、嫌なわけじゃないですから。
ただ、自活の道はどんどん遠のいていってる気がします……。
「落ち着いたのなら行こうか。そろそろヤンさんの出番だ」
「あ、タンヒの解体ショー」
ヤンさんが解体したタンヒはその場で調理され、村人に振舞われることになっています。
マリネ、カルパッチョ、ステーキにから揚げ、お鍋もいいなあ……。
そういえば、お夕飯もサンドイッチを一切れ食べただけです。
私達は手に手をとって喧騒の中へと戻っていきました。
その後、お祭り騒ぎは深夜まで続き、そのまま新年おめでとうパーティに引き継がれました。
そんな浮かれた気分のまま数日は慌しく過ぎて……。
「今年の夏は野外実習でリントベルクに行くつもりだから、その時にまた会おうね」
冬季休暇もそろそろ終わりに近づいたある日、お兄様はそう言い残して王都へ戻って行かれたのでした。
次回予告:「第十二話 魔窟」




