第十話 冬支度
「嬢ちゃん、すまねえ、一匹そっちにいった!!」
「大丈夫、任せて下さい」
私はこちらに流れてきたゴブリンの小剣を余裕を持って躱しながら、カウンターで喉元の急所にロッドで突き入れました。
声を発することもなくその場にくずおれるゴブリン。
「ゴブリン、クリア」
「助かる」
感謝の言葉を受けながら、受動探知の魔法を唱え、同時に足元の空間に魔法陣を浮かび上がらせます。
もちろんこれは表向きの誤魔化しでしかありません。
裏で半径五十メートル程の空間に対して、魔力、熱、音、風の探知を実行します。
反応あり。
「ヴェルナーさんの左手よりゴブリン三、接触までカウント五」
「了解だ。ハインツ、援護頼む」
ゴブリン達は視界に入ったと同時に、ハインツさんの拘束の魔法に絡め取られ、動きを封じられたまま、ヴェルナーさんの流れるような剣技で首をはねられていきました。
私は再度受動探知の魔法を唱えるふりをして、空間探知を行いました。
「周囲に反応ありません」
「よっしゃ、そろそろ引き上げようぜ」
死体の後始末を終えると、私達は周囲を警戒しながら帰路につきました。
十の月も後半に入り、秋も深まってきました。
度々実施された魔の森の調査により、今年は例年並みに魔物の生息数が多いことが判明。
それを踏まえ、リントベルク伯は今年も冬入り前に魔物の間引きを実施することを宣言し、冒険者ギルドにも魔の森での狩り依頼が数多く出されることとなりました。
普段ギルド警備と称して屯している連中もこの時期ばかりは重い腰を上げ、魔の森に出かけて行くのだそうです。
そんな状況だったので、たまたま冒険者ギルドに立ち寄った私は見事に拉致られました。
幼女誘拐じゃないの?……という意見はごもっとも。
何せ私は見た目五才の少女です。
でもそこは顔見知りということでスルーされました。
受付のお姉さん曰く、”先日親しそうにお話してましたよね”……だそうです。
そういえばジーランス釣りに行ったとき、屯してた冒険者さんと少しおしゃべりしたような……。
どうやらあれがヴェルナーさんだったようです。
「オーガが二、ホブゴブリン五、ゴブリン四十三、ジャイアントスパイダー三、グレイウルフ十四だ」
ヴェルナーさんとツートップを張っていたテオさんが、受付で戦果を報告しています。
「嬢ちゃんの探知の魔法のおかげで、結構効率良く狩れたからな」
「俺も護衛してもらってたから、気兼ねなく魔法が撃てたよ」
「ハインツよ、へっぴり腰晒さなくて良かったな」
結構な稼ぎになったからか、皆さん上機嫌です。
恐らくこの後酒場に繰り出して一杯やるのでしょう。
「それじゃあ私はお買い物があるので、これで」
「おう、今日は助かったぜ」
「またよろしくな」
結構な額の報酬を受け取って、冒険者ギルドを後にしました。
「まったくあれでEランクだってんだからな」
「ダインの旦那じゃなくても文句言いたくなりますね」
閉まった扉を眺めつつそんな会話がなされているとは思いもしない私は、数倍に膨らんだ予算で何を買おうか悩みながら市場へと向かったのでした。
「こんなに遅くなるほど魔物狩りは楽しかったのかなぁ」
帰宅したら師匠が片方の耳を押さえながらお怒りでした。
それから一時間程お説教。
遠話の魔法を真似て耳元に声を飛ばしたのに……師匠のいじわる。
「それでお買い物は出来たのかい?」
私が涙目になったことで満足したのか、師匠は本日の成果を確認してきました。
「はい、報し……ちょっとしたお手伝いでお礼を頂いたので、沢山購入することが出来ました」
「そうか。今日は疲れただろうから、早くお休み」
だったら一時間もお説教しなきゃいいのに……。
「何か言ったかい?」
「いえ、何も。お休みなさいませ、お父様」
「えっ?!」
びっくりして固まる師匠をよそに、私はさっさとお部屋に戻ったのでした。
これくらいの意趣返しは許されますよね。
◇ ◇ ◇
「ふふふ、その時のアルの顔見たかったわ」
翌日。
マイスナー村に着くなり、ドレスを着せられ、お茶会に強制参加させられました。
話題はもちろん昨日の顛末。
遠話によるご夫婦の会話では詳しく教えてもらえなかったらしく、お母様は嬉々として私のお話に耳を傾けていらっしゃいました。
「残念ですが、不意打ちは初回しか効果がありません」
「そうね。でもアルを弄るネタがまた増えたわ」
そう言って嬉しそうにカップを傾けるお母様。
私も喉を潤すためにお茶を口にしました。
その所作を見て、お母様はうんうんと頷いていらっしゃいます。
優雅なお茶会に見えますが、レッスンも兼ねているから侮れません。
「おいしい」
さわやかな香りが口の中に広がります。
村では試験的にいろんな物を栽培していて、この茶葉もその成果とのこと。
「そういえば、こちらでは間引きはなさらないのですか?」
「明日から始めるわよ。それでいいわよね、ローザ?」
お母様は私に答えると共に、テーブルに座るもう一人の人物に確認を取りました。
『ええ、構わないわ』
赤いローブ、燃えるような赤い髪、真紅の瞳の妖艶な美女、ローザさんは優雅にお茶を飲みながら、そう答えました。
勘の良い方はもうお気づきでしょう。
今は完璧に気配を消していらっしゃいますが、先日私に会いにいらした赤の御方その人です。
お母様に古い友人と紹介されたときは心臓が止まるかと思いました。
ここまで冷静に対処できた私を褒めてあげたいです。
そんなローザさんを伺うように見ていると、ばちっと目が逢いました。
『何か聞きたいことがあるのでしょう?』
「はい、ティンクのことでご相談が」
ちらりとお母様の方を伺うと、ティンクにお菓子を与えて、遊んで下さっている様子。
「仮親って何をすれば良いのでしょう?」
『特にすべきことはないわね』
「……えっ?」
ローザ様は少し呆れたように微笑みました。
『闇の爺が言ってたでしょう? 幼生体の間は住処でじっとしてるって。それでもちゃんと成長するのさ』
「それじゃあ仮親の役目って?」
『人族の知識とか、生き様を示すとか……かしらね。元々風の親爺が好奇心で始めたこと。決まりごとなんてものはないのさ。ああでも魔法を覚えるのは早くなるわね』
それって、試しにやってみようってことなんじゃあ……。
『簡単に言えば、そういうことになるかね』
「……」
『お前の思うがままやってみればいいさ。なに、多少下手をうったとしても、ちょっと常識外れの晶竜が出来上がるだけさね』
そう言って、ローザ様はくくくっと笑われました。
私がティンクの方を見ると、視線に気づいたのか、お菓子を抱えて飛んできました。
『コユキちゃん、元気ない? お菓子食べる?』
「ありがとう」
お菓子を口に入れると少し甘酸っぱい味がしました。
「おいしい」
『元気出た?』
「うん、ありがとう、ティンク」
指先で頭を撫でてあげると、嬉しそうに首をすくめた後、私の周りをくるくると飛び回りました。
「ありがとう、ローザ」
『私は何もしてないさ』
「してくれたわよ」
『じゃあそういうことにしておこう』
嬉しそうにはしゃぐ私達を眺めながら、お母様達はそんなことを話していたそうです。
「そろそろ忘れていることを思い出させにいきましょうか」
『淑女教育もほどほどにしておきなさい』
その日の午後もレッスンが続いたのは言うまでもありません。
次回予告:「第十一話 年越し」




