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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
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星春

作者: 鹿間 颯
掲載日:2026/06/20

教師がそう言って、日直が号令をかけると、掃除の準備のために机を動かす音がガタガタと鳴り出した。


教室の窓からは秋の午後のけだるい光が差し込んでいた。


冬の到来を予想させる澄んだ青空。


本当はそこに在るはずなのに、地球の「まやかし」によって隠匿されている星を想いながら、燈子は箒を揺らしていた。


これが終わったら部活に行かなければならない。


彼女は少しでも掃除をゆっくりと行わせるために丁寧に箒をかけた。


しかし早く部活に行きたい運動部の連中は全て掃き終わる前に机を並べ始めてしまう。


部活動。


燈子は地球人のそのような営みを決して評価していなかった。しかし彼女は自分が宇宙人であることを隠すために地球の営みに参加することで擬態しなければならなかった。


彼女が宇宙人である自覚に目覚めたのは昨年の春のことだった。


入学したばかりの彼女は学校に禄に友人も作らず、放課後は学校の中をうろついていた。


何かを期待するように。


そして実際に「円盤」は彼女の期待に答えた。


彼女は誰もいない校舎三階の廊下の窓から、春の薄紫の夕暮れの空に空飛ぶ円盤を見たのである。


それを見たとき、彼女は自分が地球人でないことを自覚した。


そして、彼女は宇宙の記憶をなくしたまま地球に勉強をしに来た水星人であることを「思い出した」。


それと共に、彼女は「来るべき時」に「使命」を果たすべく記憶を取り戻すということを思い出したのである。


彼女はそれを見た時、喜びに満ち溢れて廊下を駆けた。


そういうわけで彼女は地球人に擬態しながら地球について学び始めたのである。


燈子は卓球部に所属していた。


文化部、すなわち何かを表現する部活だと彼女の秘密が知られてしまう可能性があった


。そのため彼女は運動部に入った。


終わってしまった掃除のあと、燈子は更衣室に入った。


「お疲れ」


声をかけてきたのは卓球部で二人しかいない同学年の女子部員のうちの一人、楓華だった。


楓華は中学時代卓球で県大会に行けるほどの実力があったため初心者の燈子は肩身の狭い思いをしていた。


楓華は体操着に着換え終わっていたが、いつもの通り燈子のことを待っていた。


「ねえそういえば昨日鮫島くんが山中さんと喧嘩してたね」


「えっどうして?」


「ほら、合唱祭のことで」


「ああ…」


「お疲れ様です~」


燈子たちが話をしていると、一年生の女子三人が入ってきた。


彼女たちは三人とも元卓球部だった。そのため燈子は三人に対して先輩らしく振る舞うことが出来なかった。


「じゃあ行こうか」


燈子が着換え終わったのを見て、居づらそうな燈子のことを見越してか、楓華はそそくさと更衣室から出た。


体育館につくと男子部員たちは早速基礎練を始めていた。


「お疲れ様~」


「お疲れ様です。」


楓華一人の言葉に、三十人ほどの部員が返事をする。


楓華は部活の中で一番上手いという自覚があるからか、男子部員たちに対して気後れすることなく接していた。燈子は正反対だった。


「合唱祭、もう最後だったと思うと、寂しいよね。まあ、私たちのクラスは割とやる気ないほうだったけど」


ストレッチをしながら、基礎練をしながら、楓華はいつも世間話をしてくる。


燈子は集中できないからそれが嫌だった。しかし楓華は手取り足取り燈子に卓球を教えてくれるので、意見することは難しい。


せっかく楓華が教えてくれているのに、いつまでたっても燈子は上手くならなかった。


水星人に卓球はむいていないのだろうか。吹奏楽部にしておけばよかった。


卓球部に誘ってきたのは一年生の頃に同じクラスで、初めて話をした女子生徒である楓華だった。


楓華は整った顔立ちをしているため、男子部員たちはチラチラと楓華を見ていた。


だからこそ、その反対側でへたくそなプレーをしている燈子は恥ずかしくて、劣等感で一杯になっていた。


五時半になって部活が終わると、顧問のさえない数学教師が言った。


「来週の大会だけど、女子は…」


「私と燈子で出ます。」


女子部長である楓華にすべての決定権はあった。


「は?」


後ろから、一年生の女子の声が聞こえた。


数学教師は気まずそうに部活を終わらせた。


燈子たちが卓球台を片付けていると、一年女子たちがやってきた。


「おかしくないですか?明らかに実力とか、違うわけだし…」


男子部員たちは遠巻きにそれを見ていた。


「燈子、あと半年で引退なのに、まだ一度も大会出てないのね。引退の時の試合が初試合になるわけにもいかないよね?」


燈子は無意識に楓華の後ろに隠れていたが、その背中は大きく見えた。


しかし、それは大きな壁のように見えたのだ。


燈子は大会など出たくなかった。


集団の前で恥をかくことは勿論、誰かに、水星人だとバレてしまったら、という懸念があった。


一年生たちはブツブツ言いながら体育館から出て行った。


「ねえ、少しだけ追加で練習しとく?」


楓華は振り返っていたずらっぽく笑った。燈子の頭に不思議な予感がよぎった。




大会は、燈子のミスにより、楓華の実力にも関わらず惜敗という結果となった。


一年女子たちは勿論、男子部員たちも燈子のことを「足手まとい」だとなじった。


楓華はできるだけそれらが燈子の耳に入らないように努めたが、水星人は情報察知能力に優れていたため、それは無駄な努力だった。


翌日の放課後、燈子は退部届を提出した。水泳部に今からでも入ろう、と思ったのである。


水に飛び込んだときのあの「故郷」に帰ったときのような安心感と、水の中でなら自由に動けるという確信が燈子を突き動かした。


地球の重力に左右される営みは彼女向きではなかった。


数学教師は胃痛の原因が一つでも消えたことに安堵するかのように書類を受理した。


燈子は荷物を取りに教室に戻った。


やたらと赤々とした太陽がゆっくりと沈もうとしているのが分かった。


燈子は、もう一度円盤が現れる気がして、それまで教室で待つことにした。


待っていると、教室のドアが勢いよく開いた。


つかつかと燈子の座っている窓際の他人の席の前まで来ると、その影は叫んだ。


「どうして何も言わずにやめちゃうの!?」


「あ」


燈子は楓華の存在を完全に忘却していた。


彼女にとってはしょせん地球人のうちの一人だ。


「どうして…」


楓華は泣き出した。


「ごめん」


燈子に言える言葉はそれだけだった。


「なんで、私が、どういう気持ちで、私、二年で一人、だし、それに」


嗚咽に紛れて楓華の言葉が燈子にぶつかってきた。


燈子は申し訳ないような気持になったが、そのようなセンチメンタリズムは地球人特有のものだと感じて、それを放棄した。


それよりも、今は円盤の到来の方が大切なことだった。


「私、好き、なの」


「え?」


楓華の存在が輪郭を持ったものとして彼女の瞳に映った。


その姿はあまりにも美しく、金星のようだと燈子は思った。


「私、燈子が、好き、なの…!」


突然の告白に燈子は戸惑った。


水星人である彼女は地球人と交わるわけにはいかない。


彼女はひたすらに円盤の到来を願った。


今、円盤が現れれば楓華に、どうして気持ちに応えられないか説明することが出来る。


「あ」


彼女の願いはかなった。


円盤が太陽を反射して鈍い銅色になって登ってきた。


かすかに光るピンク色のネオンに縁どられたそれは、何かを告げるように窓から二人を見下ろした。


燈子は事情を説明するために楓華を見た。


楓華の顔は秋の眩しい夕日に照らされていた。


「燈子も、宇宙人なの?」






inspired by『美しい星』三島由紀夫 

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