男爵令嬢エレノアは婚約破棄いたします
「アーサー。貴方との婚約を、今日限りで破棄いたします」
春の陽光が差し込む、穏やかな昼下がり。
王都にある瀟洒な邸宅の私室で、私、エレノア・ヴィンセントは、目の前に座る婚約者に向けてそう告げた。
紅茶のカップを置く音だけが、静かな部屋に響く。
向かいのソファに座る銀髪の青年――王国最年少の近衛騎士団長であるアーサー・ローウェルは、きょとんとした顔で私を見つめ返した。
「……えっと、エレノア?ごめん、今なんて言った?執務の疲れで、僕の耳がおかしくなったのかな」
「いいえ、アーサー。貴方の耳は正常です。私は、貴方との婚約を白紙に戻したいと申し上げました」
私の静かな、けれどはっきりとした言葉に、アーサーの顔からスッと血の気が引いていくのがわかった。
「な、なぜ急にそんなことを言うんだ!?僕が何か君を怒らせるようなことをしたなら謝る!最近、任務にかまけて君との時間を取れなかったことか?それとも……」
「貴方に非は一切ありません。アーサー、貴方はいつだって誠実で、優しくて、私には勿体ないほど素晴らしい婚約者でした」
私は、テーブルの下で震えそうになる自分の両手を、ドレスの布地ごと強く握りしめた。
痛みを堪えるように、ゆっくりと息を吐き出す。
「ですが、私たちの歩むべき道は、分かれてしまったのです」
「道が分かれた……?そんなはずないだろう!僕たちは孤児院で出会ってからずっと一緒だった。僕が騎士になったのも、君を絶対に幸せにするって誓ったからだ。なのに、どうして……!」
(ああ、アーサー。そんな泣きそうな顔をしないで)
すがるように身を乗り出してくるアーサーの目は、本気で状況が理解できず、傷ついた子供のように揺れていた。
その顔を見るだけで、胸が刃物で抉られるように痛む。
今すぐその大きな体を抱きしめて、「嘘よ」と笑いかけたい。貴方の腕の中に飛び込んで、これからもずっと傍にいたいと泣き叫びたい。
けれど、私は冷酷な仮面を被り続けた。
ここで私が揺らいでしまえば、彼の輝かしい未来をこの手で奪うことになるのだから。
「アーサー。昨日、王宮からの使者が私の元を訪れました。……筆頭公爵家のご令嬢、セシリア様からの親書を携えて」
その名を出した瞬間、アーサーの肩がびくりと跳ねた。
先日、北方国境で起きた大規模な魔物侵攻。それを鎮圧するための討伐軍の『総司令官』に、アーサーが推挙されている。
しかし、平民出身の彼が貴族だらけの軍を率いるには、強大な後ろ盾が必要だ。才色兼備と名高いセシリア公爵令嬢との政略結婚は、国を救うための絶対条件だった。
「そ、それは……確かに打診はあった。でも、断るつもりだ。僕はセシリア様を尊敬しているけれど、愛しているのは君だけだ。それに、君を捨ててまで手に入れる地位に、何の意味がある!」
「意味はあります。貴方は、この国を救えるただ一人の剣です。その貴方が、私のような平凡な女一人のために、才能と未来を無駄にするというのですか」
「無駄にするなんて言うな!国なんてどうでもいい、君がいなければ、僕が戦う意味なんてないんだ!」
「……子供のようなことを言わないでください」
私は冷たく言い放ち、立ち上がった。
私は、ただの没落男爵家の娘だ。私では、彼に金も、兵も、貴族たちを黙らせる権力も与えられない。
一方のセシリア様の親書には、彼への深い敬意と、国を背負う覚悟を語ってくれた。彼女なら間違いなく、アーサーを歴史に名を残す英雄へと押し上げることができる。
(本当は貴方と別れたいなんて思ったことない。けれど…)
私は、アーサーを見下ろし、人生で1番の嘘をついた。
「私は、疲れたのです。平民出身の天才騎士を婚約者に持ったことで、貴族社会から向けられる嫉妬や悪意に。いつか貴方が戦場で死ぬかもしれないという、重すぎるプレッシャーに。……これ以上、貴方の隣にいるのは、息が詰まるのです」
「エレノア……?」
アーサーの瞳から、光が失われていく。
私が決して言わないと信じていた言葉。それを刃として突きつけたことで、彼の心に致命的な傷を与えてしまったことがわかった。
彼の手が力なくソファに落ちる。その絶望に染まった顔を見て、私の心は音を立てて砕け散った。
「テーブルの上に、屋敷の帳簿と、これからの引き継ぎ資料をまとめてあります。……どうか、立派な英雄になってください」
涙がこぼれ落ちる前に、私は深く一礼し、足早に部屋を後にした。
「待って、エレノア!行かないでくれ!」
背後から響く悲痛な叫び声を、私は血の滲むような思いで無視し、屋敷を飛び出した。
―・―・―
裏口に回ると、見慣れた質素な馬車が停まっていた。今日、この屋敷を誰にも知られずに出立するため、私が前もって手配を頼んでおいたものだ。
御者台から飛び降りてきたのは、焦茶色の髪をした青年――孤児院時代からの幼馴染であり、この屋敷で庭師として働いていたセオドアだ。
「……終わったのか、エル」
私の顔を見るなり、セオドアはすべてを悟ったように悲しげに眉を下ろした。
彼には数日前、私の覚悟と計画をすべて打ち明けていた。私が彼に護衛を頼んだのは、決して駆け落ちなどではない。ただ、決意が揺らいで戻ってしまわないよう、兄のように慕う親友に最後の我儘を聞いてもらい、王都からの逃亡を手伝ってもらったのだ。
「ええ。酷いことを言って、彼を突き放してきたわ。これで彼は、国を救う将軍になれる」
「お前ってやつは……本当に、不器用で大馬鹿野郎だな」
セオドアの震える声を聞いた瞬間、張り詰めていた糸が切れ、目から大粒の涙が溢れ出した。
疲れたなんて嘘だ。
彼を支える毎日は、私の人生のすべてであり、何よりの誇りだった。彼が泥にまみれて帰ってきて「ただいま」と笑ってくれるだけで、どんな苦労も乗り越えられた。
「セオ、私……っ、私、本当は彼から離れたくなんかない……っ!ずっと、ずっと隣にいたかった……!」
泣き崩れる私を、セオドアは不器用な手つきで、けれど力強く抱きしめてくれた。
「わかってる。わかってるよ、エル。お前がどれだけあいつを愛してるか、ずっと近くで見てきたんだから」
セオドアの胸で声を殺して泣きながら、私は彼が小さく呟いた言葉を聞いた。
「……俺じゃ、あいつの代わりにはなれないよな」
その言葉に含まれた仄暗い熱と、長年隠し続けてきたであろう親友の痛切な恋心に、私は気づかないふりをするしかなかった。
私には、彼の気持ちに応えることはできない。私の心には、もうアーサー以外の誰も入る隙間などないのだから。
「さあ、乗れ。王都を出るぞ。あいつの手の届かない、遠いところまで俺が連れて行ってやる」
セオドアに手を引かれ、私は馬車に乗り込んだ。
さようなら、私の愛しい騎士様。どうか、その翼で大空へ羽ばたいて。
遠ざかる王都の景色を見つめながら、私はいつまでも泣き続けた。
―・―・―
それから、七年の月日が流れた。
私は王都から遠く離れた国境近くの街で、身寄りのない子供たちが暮らす小さな孤児院の教師として働いていた。
名前を偽り、髪を短く切り、過去を捨てた。
あの時、私の逃亡を手助けしてくれたセオドアは、今はこの街で小さな商会を営みながら、孤児院の支援をしてくれている。
「エル、王都からの新聞だ。また『彼』の記事が載ってるぞ」
週末、孤児院に物資を届けに来たセオドアが、少し複雑そうな顔で新聞を差し出した。
私は泥だらけの手をエプロンで拭い、それを受け取る。
新聞の一面には、この国の「英雄」の活躍が堂々と記されていた。
北方の脅威を完全に退けたこと。若くして大将軍として国軍をまとめ上げたこと。
そして、傍らで微笑む美しい妻――セシリア公爵令嬢の献身的な支えが、国にどれほどの繁栄をもたらしているか。
「……すごいわ。彼、本当にやり遂げたのね。セシリア様も、彼を立派に支えてくださっている」
記事を読むたび、私の胸は誇らしさと、ほんの少しの切なさで温かくなった。
私の選択は、間違っていなかった。
もしあのまま私の傍にいれば、彼は私という小さな籠の中で、その翼を折っていただろう。
「お前は、本当にそれでいいのかよ」
セオドアが、咎めるような、けれどひどく優しい声で言った。
この七年間、彼は決して私に愛を囁くことはなかった。私の心が誰を想い続けているかを知っているからこそ、一番近くの「友人」として寄り添う道を選んでくれたのだ。
「ええ、もちろんよ。彼が世界で一番幸せなら、それが私の幸せだもの」
私が迷いなく微笑むと、セオドアは諦めたようにため息をつき、私の頭をポンと撫でた。
「……来週、王都からの視察団がこの街を通るらしい。大将軍一行だ」
「え……?」
セオドアの言葉に、私の心臓がドクンと大きく跳ねた。
「お忍びじゃなく、公式のパレードだそうだ。もちろん、セシリア夫人も同行してる。……エル、もし辛いなら、その日は街を出て俺の仕事についてきてもいいんだぞ」
心配そうに私を見つめるセオドア。
七年ぶりの、彼の姿。もう交わるはずのない二つの運命が、この辺境の街で再びすれ違おうとしていた。
「……ううん、逃げないわ、セオ。私はこの街に残る」
私が静かに首を振ると、セオドアは少しだけ驚いたように目を見張った。
「彼がどれほど立派な大将軍になったのか。この国を救う『英雄』になったのか。私のこの目で、しっかり見届けたいの」
「……後悔しないか。あいつの隣にいる、別の女を見ることになっても」
「後悔なんて、七年前に全部王都に置いてきたわ。今の私にあるのは、彼への誇りだけよ」
私が真っ直ぐに見つめ返すと、セオドアはふっと息を吐き、そして優しく微笑んだ。
「わかった。なら、俺も一緒に見届けてやるよ。特等席を用意しないとな」
そして、パレードの当日。
国境の街の大通りは、この国の英雄を一目見ようと集まった人々で、立錐の余地もないほどに埋め尽くされていた。
「先生!早く早く、英雄様が来ちゃうよ!」
「こら、走ると転びますよ。セオドアおじさんとはぐれないようにね」
はしゃぐ孤児院の子供たちと手を繋ぎながら、私はセオドアが確保してくれた沿道の一角に立っていた。
群衆の後方、少し小高い丘のようになっているその場所からは、大通りを進んでくるパレードの列がよく見えた。
やがて、遠くから地響きのような歓声が近づいてくる。
先導する近衛兵たちの後ろから、漆黒の立派な軍馬に跨った一人の騎士が現れた。
「ああ……」
私の口から、無意識に感嘆の吐息が漏れた。
アーサー・ローウェル。
七年前の、少しあどけなさを残した青年の面影は、もうどこにもなかった。
厳しい戦場を生き抜いた証である鋭い眼光、逞しく厚みを増した胸板。身に纏う圧倒的な覇気は、群衆を威圧するのではなく、深い安心感を与えるヒーローのそれだった。
そして、彼と並んで進む豪奢な馬車には、氷の彫像のように美しい公爵令嬢――セシリア様の姿があった。
群衆の歓声に応えながら、アーサーがふと馬車を振り返る。セシリア様も彼を見つめ返し、二人は言葉を交わさずとも、確かな信頼と敬愛に満ちた穏やかな笑みを交わし合っていた。
胸の奥が、熱くなった。
彼らは、私が望んだ通りの『誰もが憧れる英雄と、それを支える伴侶』に見えた。
愛だけでは乗り越えられなかった壁を、彼らは手を取り合って打ち砕き、この国を救ってくれたのだ。私の身を引くという選択は、彼らのその強固な絆の前に、見事に意味のあるものへと昇華されていた。
もう、思い残すことは何もない。
私は祈るように両手を組み合わせ、彼の立派な姿を目に焼き付けようとした。
その時だった。
沿道の人々に手を振っていたアーサーの動きが、ふと止まった。
戦場を生き抜いた将軍の研ぎ澄まされた直感が、何かを感じ取ったのだろうか。
彼がゆっくりと、群衆の奥――私が立っている小高い丘の方へと、その鋭い視線を向けたのだ。
無数の人々越しに、彼と目が合った。
ドクン、と心臓が大きく跳ねた。
呼吸が止まり、周囲の喧噪が遠のいていく。
髪を短く切り、地味な平民の服を着ていても、七年の歳月が流れていても。
彼は、一瞬で私を見つけた。
アーサーの目が、微かに見開かれる。
手綱を握る大きな手が、震えているのが遠目にもわかった。
彼なら、ここで馬を飛び降りて、群衆をかき分けて私の元へ来ることもできるだろう。かつての「私だけの騎士様」だった彼なら、間違いなくそうしていたはずだ。
けれど、大将軍となった彼は、動かなかった。
ただ、私を見つめ続けていた。
驚き、戸惑い、そして――すべてを悟ったような、深く静かな眼差しで。
私の傍らには、子供たちの手を引くセオドアが立っている。
私が今、遠い辺境の地で、彼ではない別の誰かに守られながら、穏やかな日常を生きていること。
アーサーはそれを瞬時に理解し、そして受け入れてくれたのだ。
私は、震えそうになる唇をぐっと噛み締め、彼に向けて、今日一番の微笑みを向けた。
(ありがとう。私の自慢の、英雄様。貴方は私の誇りです)
声には出さず、心の中でそう唱えながら。
すると、アーサーは小さく息を吸い込み、馬の上で背筋を正した。
そして、ゆっくりと右手を胸に当て――騎士が主君に捧げる、最上級の敬礼を、私ただ一人に向けて行ってみせたのだ。
それは、言葉のない対話だった。
引き留めることも、すがることも、過去を蒸し返すこともない。
『君の願い通り、僕は国を救う剣になった。……君がくれた未来で、僕は生きているよ』
そんな風に彼が言っているような気がした。
彼の痛切な感謝と、決して消えることのない愛の形が、その一つの所作に込められているようだ。
私は、溢れ出しそうになる涙を必死に堪え、深く、深く一礼を返す。
やがてアーサーは前を向き、再び馬を進め始めた。
もう、彼がこちらを振り返ることはなかった。
隣を歩くセシリア様が、何かを察したように優しく彼に微笑みかけ、アーサーもまた、前を向いたまま穏やかに頷き返していた。
遠ざかっていく英雄の背中を、私はいつまでも見送っていた。
私たちの人生の道が、再び交わることはもう二度とないだろう。
けれど、互いの心に刻み込まれた一番美しい記憶は、これからの人生を照らす灯火として、決して消えることはないのだ。
「……行ったな」
不意に、隣に立つセオドアがぽつりと呟いた。
気がつけば、私の頬にはとめどなく涙が伝い落ちていた。悲しいからじゃない。胸の奥につかえていた最後の棘が、溶けて消えていくような、温かい涙だった。
「ええ。行ったわ。……とても、立派な背中だった」
私が涙を拭いながら微笑むと、セオドアは少しだけ泣きそうな顔をして、私の肩をポンと抱いた。
「よく頑張ったな、エル」
「……ありがとう、セオ」
「先生、泣いてるの?」
私のドレスの裾を引く小さな手にハッとして、私は慌てて子供たちに向き直った。
「ううん、違うの。太陽が、少し眩しかっただけよ。……さあ、孤児院に帰りましょうか。今日は特別に、みんなの大好きな甘いスープを作ってあげる」
「わーい!!」
歓声を上げる子供たちの手を引き、私は歩き出す。
見上げた空は、どこまでも高く、澄み切った青色をしていた。
―・―・―
それから、さらに五十年の歳月が流れた。
孤児院の裏手にある、陽だまりの丘。
すっかり白髪になった私は、車椅子に深く腰掛け、穏やかな春の風を頬に受けていた。
共にこの街の子供たちを育て、友人として、そして幼馴染として寄り添い続けてくれたセオドアは、数年前に安らかに息を引き取った。私もまた、自分の命の灯火が、あと数日で静かに消えゆくことを悟っていた。
あの日、王都を離れてから今日まで、私の人生にはいつも静かな空席があったけれど。それでも、出会った人々を愛し、慈しんだ、穏やかで満ち足りた生涯だった。
「……エレノア」
不意に、背後からひどく懐かしい、けれど随分と年老いた声がした。
ゆっくりと車椅子を振り返ると、そこには杖をついた一人の老紳士が立っていた。
真っ白になった髪。深く刻まれた皺。
けれど、その背筋はどこまでも真っ直ぐで、海のように澄んだ瞳は、あの日のパレードで見つめ合った時と同じ、強い光を宿していた。
「……アーサー」
掠れた声で名を呼ぶと、彼はゆっくりと歩み寄り、私の足元にそっと跪いた。
かつて、若き騎士が私の隣で未来を語ったあの日のように。
「セシリアは、去年空へ旅立ったよ。僕を誰よりも理解し、共に国を支え続けてくれた、最高の伴侶だった。……そして、後進も育ち、僕の剣としての役目もすべて終わったんだ」
アーサーのしわくちゃになった手が、私の手をそっと包み込む。
その感触に、離れていた長い年月が、まるで一瞬のまどろみだったかのように溶けていく。
「エレノア。あの日……君が僕のために心にもない嘘をついたと気づいた時、僕はすべてを投げ出して、君を追いかけたかった。英雄になんてならなくていい、ただ君の傍にいたいと、何度も剣を捨てようとしたんだ」
アーサーの瞳から、一筋の涙がこぼれ落ち、私の手の甲を濡らした。
「でも、出来なかった。君が自分のすべてを犠牲にしてまで僕に託した未来を、僕のわがままで踏みにじることなんて……絶対に許されなかったから」
彼はただ感謝していたわけではない。私と離れる痛みを、私を追えない絶望を、五十七年という歳月ずっと抱え続けてきたのだ。その等身大の苦しみが、私の胸を激しく打った。
「立派だったわ、アーサー。……貴方を独りにして、あんな重い使命を背負わせてしまってごめんなさい。でも、私はずっと信じていた。貴方なら、誰よりも立派にこの国と、貴方の隣に立つ人を守り抜いてくれるって」
そっと手を伸ばし、彼の白い髪を撫でる。
遠くから、孤児院の子供たちが無邪気に笑う声が風に乗って聞こえてきた。
私たちは、共に歩むことは選ばなかったけれど。お互いのいない場所で、お互いのために精一杯に生きた。その長い歳月の積み重ねこそが、私たちの愛の証だったのだ。
「……アーサー」
「なんだい、エレノア」
「最後にもう一度だけ……あの頃のように、私の名前を呼んで」
私の願いに、彼は涙を湛えながらも、あの日の少年のままの、どこまでも優しい笑顔を向けた。
「エレノア。……どれほど遠く離れていても、僕の心をずっと支えてくれていたのは、君だったんだ」
その言葉を聞き届けた瞬間。
私の中にあった最後の力が、春の陽光の中へふわりと溶けていくのを感じた。
視界がゆっくりと白く染まっていく。
最後に触れた彼の温もりと、穏やかな風の音。
それは、愛する人のために別々の道を生き抜いた私が、最後に彼の温もりの中で迎えた
――どこまでも静かで、穏やかな最期だった。
ここまでお読みいただきありがとうございました!
たまに、このようなお話を書きたくなる時があります…!
補足です!
57年という年数ですが、作者としては、5は2人の関係性の『変化』、7は2人の『幸運』を願う、という意味を込めてこの年数にしました!
それと最後にエレノアがアーサーにあの頃のように名前を呼んで欲しいと言ったのは、この前もエレノアと呼んでますが、これは他人としてではなくあの頃の恋人として呼んで欲しいという意味でした!
よろしければ評価してくださると励みになります!
よろしくお願いいたします。




