第5話:無人の要塞と、贅沢な孤独
奥多摩のエコハウスでの生活は、驚くほど「快適」だった。
屋根一面の太陽光パネルと地熱発電ユニットが、誰に命じられることもなく黙々と電力を生み出し、高性能な蓄電池がそれを夜の明かりに変える。浄水システムは雨水を飲み水に変え、全自動の空調は常に24度を維持していた。
棚には、数年分はあろうかという『完全食ブロック』と、フリーズドライの食材が整然と並んでいる。
私は、リビングに置かれた手触りの良い美しい木製の椅子に深く腰掛け、最新の大型モニターを眺めていた。そこには、ネットワークが切断される直前にキャッシュされた、一週間前のニュース番組がループ再生されている。
「……誰もいない」
洗練されたインテリア。最新の家電。そして、それらを使いこなす人間が、私以外に世界から消えた。
かつては憧れた「贅沢」のすべてが、今や冷たい無機質の塊にしか見えなかった。
私は、自分の右手をじっと見つめる。時折、指先をパチパチと走る青白いバグ。
この『管理者権限』を使えば、家の中のロックされた扉を開けることも、切れたネットワークを強引に繋ぎ直して古いデータを呼び出すこともできた。
けれど、それを一回使うたびに、胃を掴まれるような激しい空腹が襲う。
私は自分の命を削り、機械にエネルギーを分け与えるだけの「電池」になったような気分だった。
「お母さん、ハンバーグ、焦げちゃったかな……」
あの日、新宿で別れた家族の最後を思い出す。
100億人が消えた世界で、私だけがこの贅沢な箱庭に閉じ込められている。
静寂。風の音。そして、時折聞こえる鳥のさえずり。
そのすべてが、私の脳を「お前はもう死んでいるも同然だ」と責め立てているようだった。




