第2話:魔法ではなく、バグ。崩壊する物理法則
人が消えてから三日が経過した。
私は新宿の巨大なデパートの地下食品売り場に身を潜めていた。
東京は急速に「死の街」へと変貌しつつあった。
人間の制御を失った清掃ドローンが意味もなく壁に激突し続け、局地的な火災が発生しても消防システムは沈黙したままだ。夜になれば、真っ暗なビル群の間を野犬の群れがうろつく。
私は非常用のLEDランタンの明かりだけを頼りに、ペットボトルの水をチビチビと飲んで飢えと恐怖を凌いでいた。
「どうして、私だけなの……」
膝を抱え、暗闇の中で何度も自問自答する。
選ばれた人間だから? いいや、違う。私は運動も勉強も平凡な、ただの中学生だ。
何かの病気で幻覚を見ている? それにしては、喉の渇きも、コンクリートの床の冷たさもリアルすぎた。
「お母さん……助けてよ……」
恐怖と絶対的な孤独に押し潰されそうになった時、私の右手に「それ」は現れた。
最初は、指先がチリチリと熱を持つような感覚だった。
暗闇の中で、私の右手からパチパチと青白い火花が散り始めたのだ。
「……っ!? なに、これ」
静電気ではない。
火花は次第に強い光を帯び、まるでプラズマの球体のように私の手のひらに留まった。
私はパニックになり、その光の球を目の前の分厚い防火扉に向かって無意識に振り払った。
バチィィィンッ!!
鼓膜が破れるほどの轟音。
プラズマが直撃した分厚い鉄の扉は、まるで熱を持った飴細工のようにドロドロに溶解し、直径一メートルほどの巨大な穴が空いていた。
「嘘、でしょ……?」
ファンタジー小説なら、これを「魔法」と呼んで喜んだかもしれない。
しかし、科学とAIで最適化された2061年を生きる私にとって、それは恐怖以外の何物でもなかった。
物理法則を完全に無視した現象。質量保存の法則すらひっくり返す異常な力。
その時、私の脳裏に冷たい直感が走った。
私は魔法使いになったんじゃない。100億人が消えたあの瞬間、世界を管理する巨大なシステムに致命的な不具合が生じ、私という存在が世界の物理法則から外れた『バグ』になってしまったのだと。
右手のひらに残る微かな熱を見つめながら、私は震えを止めることができなかった。
この力を使えば、私はこの荒廃した東京を生き延びることができるかもしれない。
だがそれは同時に、私がもう「正常な人間」ではなくなってしまったという、残酷な証明でもあった。




