第1話:100億人のログアウトと、取り残されたエラー
2061年7月14日、午後3時00分。
のちに私が『世界がログアウトした日』と呼ぶことになるその瞬間、私は新宿駅前のスクランブル交差点に立っていた。
うだるような夏の熱気。絶え間なく行き交う自動運転のEV車両。そして、網の目のように世界を覆う量子ネットワークに接続し、ARグラス越しに空間を共有する無数の人々。
当時の地球の総人口はおよそ100億人。深刻なエネルギー不足と環境汚染を、超高度AIの徹底した管理によってギリギリで凌いでいる、ひどく窮屈で、それでも平和な世界だった。
私は、ARグラスに映るパーソナルAIの『ナビ』と、今夜の夕食のメニューについて他愛のない会話をしていた。
『凛さん、お母様からメッセージです。今夜はハンバーグにするので、早く帰るようにとのことです』
「わかった。ナビ、最短ルートの地下鉄の時間を教えて」
信号が青に変わる。
何千人という人間が一斉にアスファルトを踏み鳴らし、交差点を歩き出した。
私はハンバーグの匂いを想像しながら、眩しい太陽を見上げて、一度だけ大きく瞬きをした。
パチリ、と。
本当に、ただまぶたを閉じて、開いただけだった。
「……え?」
静寂。
耳を劈くような静寂だった。
ついコンマ一秒前まで私の周囲を歩いていたサラリーマンも、笑い合っていた女子高生も、手を繋いでいた親子の姿も。
何千人という群衆が、文字通り「一瞬」にして視界から完全に消え去っていた。
「……みんな、どこ?」
悲鳴も、血痕も、着ていた服の残骸すらない。
まるで、最初からそこに誰も存在していなかったかのように、空間だけがぽっかりと切り取られていた。
パニックに陥りそうになる頭を必死に押さえつけ、私はARグラスを叩いた。
「ナビ! 検索して! 新宿のカメラ映像、それに世界中のニュースハブにアクセスして!!」
『……アクセス、試行中。……エラー。東京、ニューヨーク、ロンドン、北京……全エリアの生体反応ロスト。現在、地球上の総人口100億人のうち、ネットワーク上で確認できる人間は――』
ナビの合成音声が、不気味なノイズに塗れて途切れる。
『――確認、できる、人間、は……エラー……凛さん、あな、た、だ、け、で……』
プツン。
その音を最後に、世界中のインフラを支えていた巨大なネットワークがダウンし、私のARグラスは真っ暗になった。
主を失った無人の自動運転車たちが、交差点の真ん中で行き場を失って立ち往生している。
2061年7月14日。
この日、100億人の人類は地球というサーバーから完全に消去され、14歳の私だけが、ただ一つの『エラーコード』として東京のど真ん中に取り残されたのだ。
全30話で完結予定の3部構成です。完結まで毎日投稿します。




