ひとりぼっち、ここどこだ
ひとりぼっち、ここどこだ
異常を知らせるアラームは、最初はただの機械音だった。
いつも通りの、訓練でもさんざん聞かされた警告音。
だから最初の一秒は、「対処すれば済む問題」のはずだった。
次の一秒で、それが違うと知った。
船体全体が、軋んだ。
まるで巨大な獣に掴まれて、力任せに捻られたみたいに。
制御系統は立て続けに沈黙し、緊急推進は起動せず、姿勢制御は半ばで止まり、
モニターに並ぶはずの情報のほとんどが“NO DATA”に変わった。
「……嘘だろ」
思わず口をついて出た言葉は、それだけだった。
それ以上取り乱す余裕はなかった。
視界の外で、船体が火を噛む。
空気圏へ突入したのだと理解するより先に、
振動が骨に入り込み、意識を揺さぶる。
コントロール不能。
姿勢角、狂いっぱなし。
本来なら許されない角度で、大気に叩きつけられながら墜ちていく。
耐熱材が焼け焦げる匂いが、金属の匂いと混じる。
警告音がひとつ、またひとつと千切れて消えた。
「……持ってくれよ」
願いなのか、命令なのか、自分でもわからなかった。
視界が何度も白に弾け、地平線が空と地面の区別を失い、
そして――
世界が、途切れた。
*
目を開けた瞬間、世界が間違っていた。
生きている。
それは理解できた。
衝撃吸収系統は、最後の仕事だけは果たしてくれたらしい。
だが、問題はそこじゃない。
外、だ。
船外ハッチを開けた瞬間、
俺はただ、呆然と立ち尽くした。
空は青いはずなのに、どこか青じゃない。
地平線まで続く大地は確かに「地球」に似ているのに、
木の形も、風の匂いも、鳥の声も、どれも半音ずれている。
通信機はうんともすんとも言わない。
だが、救難信号のランプだけは、規則正しくグリーンに点滅していた。
助けを呼んでいる。
機械の論理上では、救助は「来ることになっている」。
――ただ、それを信じる材料が、世界のどこにも見当たらなかった。
周囲には緑があり、水らしきものも見える。
だがセンサーは、一貫して「不可」を突きつけ続ける。
たしかに“生きられそう”なのに、
“ここで生きろ”とは言われていない場所だった。
非常食でどうにか日数を延ばしていたが、
永遠ではない。
「どうにもこうにも、食糧が尽きる前に助けがくることを祈ろう。
じゃなきゃやってらんねえ」
自分の声がやけに生々しく響き、苦笑する。
マニュアルにも、生存ガイドにも、“祈れ”なんて書いていない。
それでも――祈らずにいられるほど、強くはなかった。
祈ったあとには、やるべきことだけが残る。
ただ「生き延びるために生きる」日々が続いた。
何日過ぎただろう。
風の音と、自分の息遣いだけが、世界のすべてになった頃。
雨も降りゃしねえ。
ただ、空だけがやたらと明るい。
顔を上げた、その瞬間だった。
太陽光の中を、
銀色の翼が飛んでいった。
一瞬、幻覚かと思った。
だが瞬きしても消えない。
「……えっ? あっ!」
胸が爆ぜた。
「ここだ! 俺はここにいるぞおおおお!!」
喉が焼けるのも構わず叫ぶ。
冷静沈着でいようとした男が、その瞬間だけ冷静じゃなかった。
銀の翼は旋回し、こちらを見つけ、
そして――舞い降りた。
ただ、それだけだ。
しかし、それだけでよかった。
世界は、こちらを見ていた。
俺は、切り捨てられていなかった。
こんなに長く待ったことなんて、
たぶん、生涯に一度きりだろう。
誰に言うでもなく呟く。
そして初めて、静かに安堵した。
この見知らぬ大地がどこだったのか。
本当に地球だったのか。
それは、最後までわからなかった。
ただひとつだけ確かなのは――
ひとりぼっちの世界は、ようやく終わったということ。
救難信号のランプは、まだ規則正しく、緑に点滅していた。




