2品目 【サヴァンのカレーとゲェンゲーのフリテ】
鳴門海峡の渦潮のごとく。
渦巻く海を羽場敏夫は見つめていた。
肌寒い風を体で感じ。砂浜を踏みしめ。歩く。
波の音と。砂が鳴く音だけが、その場に響いていた。
「あ、あった」
本当にこれが店なのか?
目の前にはおんぼろな小屋が建っていた。白い外観は塗装が剥げており。
強い風が吹けば、吹き飛んでしまうのではないかと思うほどに、脆そうに見えた。
本当にやっているのか?そして、本当にこんなところで飯が食えるのか?
敏夫は店の前に立ち、ここに来るまでの事を思い返す。
***
事の始まりは、海と潮騒の町「ルサレーナ」までお客を乗せ、荷馬車を走らせていたころに戻る。
「にいちゃんや、ルサレーナは初めてかい?」
「あ、はい。初めてですね」
乗客の男は、陽気な雰囲気の、お酒が好きそうな中年だった。
「ルサレーナは魚が有名な街だ。ぜひ食ってってくれよな〜」
ぐぅとお腹が空くのを感じる、もうそろそろお昼時。
飯の話は今のお腹に禁句だ。
胃が、脳が飯を欲すのを感じる。
「そうしようと、思ってました」
男は朗らかに言う。
「良かったら、ちっと離れちまうが、浜の方にある店まで行ってみてくれ。俺のいとこがやってる店なんだが、とにかくカレーがうめぇのよ」
「はぁ。カレーですか、魚じゃないんですね」
「いや、魚だ。魚のカレーだ。珍しいだろ?」
シーフードカレーにイカやエビが入っていることはあるが、魚そのものが入っているのは、確かに相当珍しそうだ。
魚が有名な街のカレー。興味がわいてきた。
その後すぐ、街に付き。馬を止めた。
「んじゃあんがとよ~。楽しんでいってくれよな」
「ありがとうございます」
ひょうひょうとした様子で、男は町に消えていった。
そして、その男の言う通り浜にある店を目指すことにした。
しかし、歩き始めて1時間以上たっていた。
少しと言ったが、遠すぎないかこれ?
浜からは遠くに水平線が見え。鳥の鳴き声。
砂を踏みしめる足が重たい。
は、腹が減った。
引き返すか……?けど、もうだいぶ歩いてしまったぞ。
同じ時間かけて引き返すのは、あまりにも滑稽だ。
そんな時、目の前に白い建物が見えてきた。
あ、あった。
砂漠の中のオアシスがごとく白く輝く店に、足が勝手に早まる。
近づくとそこになっていたのは。あまりにも店と言うにはおんぼろなたたずまいの小屋だった。
「なんだこの店は」
海の家の様に、少し床が高い作りで、手前には短い階段がある。
外観はボロボロで、柱が今にもきしみそう。
結構な距離を歩いて、お腹はペコペコだ。ここで引き返すのは、お腹と背中がくっつきそうだ。いや、くっつく。
もしも、やって無ければ、ほかの店を探そう……。
階段を上り、扉に近づく。
扉には、木製のプレートに【オープン】の文字。
店名は、『シーンズ』か。海っぽい名だ。
中から人の話し声が聞こえる。やってはいそうだ。
恐る恐る扉を押し開けた。
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この物語は、現代日本から異世界に飛ばされたタクシー運転手の男。
波場敏夫が異世界の飯を、ただ飯を食うだけの探記記である。
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扉をくぐると、からんからんと、音が鳴り響いた。
「らっしゃい~」
ひょろながく、先ほどの男と似てひょうひょうとした店主が厨房から顔を出す。
「やってますか?」
「やってるとも。でなければオープンだなんて、出とらんよ~」
外観と違い。中は海賊船の中の様な雰囲気で、冒険心をくすぐる。
目の前には厨房と、カウンターがあり。右手にはテーブル席が3席。そして大きな窓ガラスが見えた。
窓からは、海が一望できる。遠くにあるはずなのに、目の前に海があるように見える。
店内には自分以外にも、数名お客さんがいた。
「お客さん、一人?」
「あ、はいそうです」
「そこのテーブル席、つかってくださいな」
小さなテーブル席に座る。
店内はスパイスの香りが立ち込めていた。カレーがあるのは本当の様だな。
胃袋のギアが急激に、上がるのを感じた。
そして、このスパイスの匂い、絶対に上手いぞ。匂いだけで飯が食えそうだ。
「はい、こちらメニューね。それと、黒板に書いてあるのもあるから」
メニューを受け取る。
カトラリーとお水が目の前に置かれる。
「それじゃ、決まったら教えてくださいね」
そう告げ店主は再び厨房へと消えていった。
どれどれ、どんなお宝があるんだ。
視線が黒板に写る。そこには四十を超えるのではないかと思うメニューがかかれていた。
おぉ、これはすごい品数。突然大量の選択肢を突き付けられて、どうにかなってしまうぞ。
【ピラーグのトマタ煮】
【サマンのカルッチャパ】
【2 ゲェンゲーのフリテ】
知っている物から知らないものまでさまざまある。
相当珍しい物も含まれてるんじゃないのかこれ?
それと、なんでゲェンゲーのフリテだけ数字がついているんだろう……。
後で聞いてみるとするか。
メニューを見てるだけで楽しいぞ。ここは食のテーマパークだ。
なんだこの店と言ったことを、心で謝り、再び黒板に目を移す。
どれもうまそうで悩む、だめだ。このままじゃメニューを選ぶだけで1時間かかりそうだ……。
ひとまず、手元のメニューを見るとしよう。
【サヴァンのカレー】
おぉ、これが言っていたカレーか。
ん……サヴァンかぁ。こいつは日本のサバの様な魚だ。
だがサバより圧倒的に臭みが強い。一度露店で買って、調理して食べてみたが食えたものではなかった。
本当にそんな魚を使ったカレーがうまいのかぁ‥‥?
【ピケのバーベキュー】
おぉ、魚以外もあるのか。
これはブタのバーべキュー炒めってところか。
『甘辛い味付けで、こどもも大人も大好きな味です!』と……。
いいね、子供っぽいワンパクな味。大好き。
【ゲェンゲーのフライ】
黒板に数字がかかれているやつだ。
聞いたことも見たこともないぞこいつは。
説明には『幻の魚、揚げました』と書かれている。ほぉ、幻の魚とは。
がぜん興味がわいてきたぞ。
【チュレネのパイ】
デザートまであるのか。
そして、チュレネを使ったパイとは、うまそうだ。
チュレネはアメリカンチェリーとレモンを掛け合わせたような果物で。
日本で食べる物よりは大分酸っぱいが。比較的食べやすい味でうまい。
黒板のメニューそして、手元のメニュー。
あまりにも選択肢が多すぎる。
どれにしようか悩んでいると、店主の声が聞こえた。
「あい、お待ちどうさん。こちらサヴァンのカレーね」
おぉ、あれが噂のサヴァンのカレーか。
頼んで人がいるぞ……。
自然と視線はくぎ付けになった。
上手そうな匂いがこちらまで立ち込めてくる。
食った。
上手そうな顔で食うじゃないか……。
よだれが出そうだ。
サヴァンか……と思っていたが。
男も言っていたし、ここまで来たんだせっかくなら食べて帰ろう。
「すいません!」
「あいよ、いまいくよ」
店主が駆けてくる。
「はい、どうぞ」
「サーヴァンのカレーお願いします」
「あいよ」
「それと、黒板の数字ってどういう意味ですか?」
「数に限りがある物についてるよ、ゲェンゲーは本当に珍しいからね」
なるほど、そういう絡繰りだったのか。
「あ、じゃあゲェンゲーのフラテ一つお願いします」
「あい、おまちくださいね」
そう言い、店主は厨房へ戻っていった。
それにしてもこの匂い、食欲をそそる。
改めて店内から見える海を眺める。
海は穏やかに、凪いでいる。
あの偉大なる海から、数々の命をいただいてるんだなぁ。
海のありがたさに感謝していると声がした。
「はい、先にフラテね」
目の前には、ころころとした一口大のが黄金色の山が出来上がっていた。
フラテとあるが、天婦羅だこれ。
けれど、塩でも梅雨でもなくソースがついてるな。
何だろうこのソース、乳白色でマヨネーズっぽいが、いろいろ混じっていそうだ。
腹が。早く早くとせかしている。暖かいうちにいただくとするか。
「いただきます」
どれどれ、まずはそのままいただくとしよう。
フォークを手に取り。ぷすりと刺し口へと運んでいく。
うぉ、何だこの食感。
白身魚の天婦羅なのだが。魚の外側が凄いプルプルしている。
ぷるぷると、ふわふわとサクサクが口の中で合わさって面白い触感だ。
そして、身はたんぱくな白身だがうまい。
うまい、うまいぞ。熱うまい。
どれどれ、ソースもつけてみるとするか。
フォークでぷすりと刺し、ソースに付け再び、口へと運んでいく。
う、うまい!これもスパイスが入っているぞ。
それも1種類じゃない、いっぱいだ。ベースはマヨネーズなんだが、複数のスパイスの風味を感じる。
けれど、嫌な香りじゃない、その香りが食欲を刺激して揚げ物なのに、軽くしているぞ。
そして、このソースさっぱりとした白身魚にこってりさが加わり、ただ、それだけではなく、スパイスの風味が爽やかに駆け抜ける。
全て計算されつくしたような味。な、なんなんだこれは……。
夢中になり食べていくと、山もりにあった天婦羅もあと1個。
ソースをたっぷりつけほおばる。
なぜ食べ物ってなくなってしまうのだろうか。
切なさをかみしめ、最後の一個を飲み込んだ。
目の前には空っぽの陽気だけ。
あぁ、もう十分に満足だ。
けれど、メインディッシュはまだこれからだ。
視線を上げると。サヴァンカレーを食べる客が嫌でも目に入る。
にしても、あの客、うまそうに食う。
見ているだけで腹が減ってくる。
期待に胸を膨らませていると、お盆を持った店主がこちらにやってくる。
「はい、お待ちどう、サヴァンのカレ―ね」
「ありがとうございます」
大きく白いお皿が目の前に置かれる。
おぉ、きたきた。これがサヴァンのカレーか。
皿には、ライス。そして付け合わせに、レタスの様な野菜とマカロニサラダまでも1個のプレートに乗っかっている。
そして、カレー。ゴロゴロとサヴァンの身が入っている。野菜は一切見えない。男らしいな。
カレーの大宴会だなこれは。
「それじゃあごゆっくり」
カレーと自分だけの世界が訪れる。
スプーンを手に取る。
さてさて、あのサヴァンが本当にうまいのだろうか。
けれど、この香り、少しぐらい期待してもいいのではなかろうか。
スプーンですくいあげる。
茶色に輝くそれから、うまそうな匂いが立ち込める。
すくい上げたカレーを自分の口へと運んでいく。
口に近づくほど、うまそうな匂いが立ち込める。
パクリと食らいつく。
んっ!うまい!
なんだこれは、臭みがないぞ!
このスパイスがすべて消してくれてるのか?
いや、ほんのかすかに香る、臭みを感じる。けれどスパイスと混ざり合って、うまさに変っている。
臭みがスパイスの力を借りて。香りそのものが食欲を掻き立てる、スパイスになってるんだ。
うまいぞこれは!
スプーンを動かす手が止まらない、食べれば食べるほど次が欲しくなる。
口の中でほろほろと、崩れるサヴァンの身。
程よい、脂身を感じる。けれどスパイスのおかげでくどくはない。
自分で調理した時は気づかなかった。こんなにもうまい魚だったのか。
いや、この店のカレーが、そして調理方法が素晴らしいのだ。
うまい、うまい。
鼻を抜けるスパイス香り。
さわやかさがありつつも、刺激的な匂い。
無数のスパイスが絡み合って、あんなにまずかったサヴァンをうまくしている。
まるで宇宙ができたときと同じぐらいの奇跡が、このカレーには起きている。
うまい、うますぎる。
たべれば食べるほど、手を動かす速度が速くなるのを感じる。
そして、ライスとの相性が悪いわけがなく、合う。本当に合う。
付け合わせの、マカロニサラダもいい箸休めだ。
味付けは先程食べたフラテのソースに似ているが、ほんの少し変わっている気がする。
これも、ただのマカロニサラダじゃなくって、カレーに合う様に計算されている。
気が付いたときには、皿は空っぽになっていた。
あれ……もうないぞ……。
あまりにも夢中になりすぎていた……。
まだ食べていたい、ずっと食べていたい。
まだ、お腹が、俺の心がカレーを求めている。
「すみません」
「は~い」
「サヴァンのカレーおかわりでお願いします」
「そんなにうまかったかい?」
「は、はい。あ、それとチュレネのパイもお願いします」
「あいよ」
気になっていた、パイも頼んでしまった。
けれど、きっとうまい。これほどのカレーを出す店だ。
何だってうまいに決まっている。
口の中に残り続ける、カレーの味と、匂いの余韻に浸っていると。
カレーの匂いが再び香る。
「はい、おまちどうさま~」
コトンと目の前に置かれたカレー。
また手が止まらなくなる。
カレーを求めている、本能を刺激する味。
もっともっとと、胃が脳が主張を止めない。
幸せだ。食べれるって。
人生、そして生きることに感謝しながら、カレーを味わった。
満足だ。来れてよかった。本当に。
再び空っぽになった皿を見つめながら余韻に浸っていると、店主がやってきた。
「はい、パイお待ちどうさま」
小さな包みに包まれた三角形のパイが、お皿に乗っている。
手に取ると、焼きたてだ、とても熱い。
パクリと三角形の先端に食らいつく。
あま、うまい!
外はサクサクだ。そして中から赤紫色の、とろりとした液体が顔を出す。
チュレネの実を似た物だ。程よい酸味がサクサクのパイと相まって、実に美味しい。
ん?なんだこの白く蕩けた物は。
食べてみよう。
おぉ、チーズだ。意外な組み合わせだ。
けれど、合う。チーズが、甘酸っぱいソースと、サクサクのパイ生地と蕩け混ざり合い溶けあい。
チーズの風味が、チュレネの酸っぱさを柔らかくして。それぞれの良さをさらに引き立てている。
カレーで満腹だったはずなのに、胃がもっともっとと求めているぞ。
そして、生地だ。さっくりとしていて、パイだがそこまでくどくなく食べやすい。
これならば何個だって食べれちゃいそうだ……!
カレーを2杯も食べたはずなのに、パイを食べる手が止まらない。
気が付いたときには手物には包みしか残っていなかった
こんなうまい物がまだこの世の中にあったなんて。
とんでもないお宝を見つけたときの様な気分だ。
暫く余韻に浸りながら、天をを仰いだ。
***
「ごちそうさまでした」
「あんちゃん、いい喰いっぷりだったね」
「いえいえ、本当にうまかったです」
「また近くに来たらよってくれよな」
「是非」
その香りに名残り惜しさを感じながら、扉を開いた。
再び店を見上げる、ボロボロだなんて思って悪かった。
今ではピカピカに光り輝く黄金卿の様だ。
本当にうまかった。
またこよ、絶対こよう。
サヴァンのカレーとフリッタを食べに。
店を眺めていると、脇に小道があるのが目に入った。
あ、こんなところに、道あったんだ……。
俺の苦労は何だったんだ……。
けれど、だからこそうまかったのかもしれないな。
スパイスの残り香を感じながら。
空を仰ぎ、敏夫は足を進めた。




