1品目 【レグーベアのステーキ】
木々のの隙間から、差し込む光がまばゆく輝いている。
波場敏夫は馬車を走らせていた。
ゴトゴトと音をたて、うっそうとした森の街道を進んでいく。
もう少しで目的地だ。
森の出口を抜けると、一瞬の強い明るさに目を細めた。
たどり着いたのは森の中の小さな集落。
リベローナの村。
小さいと言っても、40~50ぐらいの家々が立ち並ぶ。
日本で行ったところの白川郷の様なイメージに近いだろう。
大きな風車が風になびき、ごうごうと回っているのが遠くからでも見えた。
馬車を止め。後ろを振り向き、乗客に声をかけた。
「つきましたよ」
「ありがとね~」
銀貨を受け取り、バッグにしまう。
「たしかに。ありがとうございます、お気をつけて」
馬車から老婆が下りると。
その小さな背中を見せながら、村へと消えていった。
敏夫はその場でぐーっと伸びをした。
空気がうまい。心地い風と、暖かな陽気に。心洗われる。
あと少しで次の町だ。
この村で休憩してもいいが、次の町の方が大きい。
そこで昼飯や、補給を済ませよう。
止めていた馬を再び走らせて、薄暗い森のを進んでいく。
隙間から差し込む光が揺らめいていて、息づく世界の力強さに、息をのむ。
見惚れてしまうぐらい、美しく。光に、吸い込まれそうだった。
この世界に来てから早1年。
日本ではタクシー運転手をしていた。42歳、嫁も子供もいなく、仕事一筋で生きてきた。
隠れた名店を探し、うまい飯を食うのが唯一の趣味だった。
平穏ながらも充実した日々を過ごしていた、あの日までは。
夜、路肩に停車しているところを、前方からトラックに突っ込まれ、気づいたらこの世界に来ていた。
最初はドッキリかと思った。見知らぬ台地、まるで絵本の様な世界に目を疑った。
幸い言葉が通じ、いろんな人に助けられ、今は馬車の運転手をしている。
日本に未練がないと言えば嘘になるが、こっちの世界にも飯はある。
人生も折り返し地点。
線路のレーンが、ほんの少し切り替わったぐらいだろう。
こっちで残りの天命を全うしようと決めている。
流れる景色をぼんやり見つめ、思いふけっていると。
ゴトンと大きな音をたてて、馬車が動きを止めた。
「な、なんだ?」
馬車から降り、後ろを見ると。
木の根っこにつまずいて、車輪が1つ完全に外れてしまっていた。
「あちゃぁ~、こりゃまいったな」
これはひどい、ここでの修理は不可能だな。
次の町まで行けば、修理を頼めるだろうが。ざっと5キロはある距離。
徒歩で行くには少し遠すぎる。
引き返そう。さっきの村であれば、比較的すぐそこだ。
小さな村だが、修理を頼める人がいるかもしれない。
ため息混じりの息を吐き出しながら、馬のたずなを、近くの木にに括り付け。
進んできた道を引き返す。
先ほど老婆を下した、リベローナの村を目指し足を進めた。
村にたどり着くと、思っていたよりも、しっかりとした村だった。
小さな村と聞いていたが、店らしき物が何店舗かあり。
パン屋。服屋。花屋。武具店。宿屋など様々なお店が建ち並んでいる。
この森の近くではよく魔物が出るから、冒険者の一時拠点にもなってるのだろう。
これならば、何とかなるかもしれない。
ひとまずは修理できる人を探してみよう。
武具店の扉を開き店内に入っていく。
「すみません」
「は~い、ただいま」
ひょろりとした、女性が店の奥から出てきた
「いかがされましたか?」
「馬車が脱輪してしまって・・・」
「あらそれは・・・」
手を口元にやり、驚いた様子で女性はつづけた。
「うちの店の主人なら修理できるとは思うのですが」
申し訳なさげに言葉を続ける。
「あいにく、いま街の方に出かけておりまして・・・」
「あぁ・・そうですか」
「お役に立てなくてごめんなさいね・・・」
「いえ、お気になさらず。ありがとうございます」
武具店を後にして、次の店を目指しているとき。
細い路地から、ぱっと人が飛び出して来てぶつかってしまった。
「おっと、すまねぇ」
「すみません、こちらこそ」
スキンヘッドで無精ひげを生やした大男だった。
慌てた様子で、町の方へと消えていった。
なんだか一瞬いい匂いがしたが気のせいか。
その後も訪ね回ったが、修理できる者はいなかった。
焦りといら立ちが募っていく、歩き疲れて体もだるい。
疲労を覚えると同時に、強い空腹を感じた。
空を見やると、お日様は世界のてっぺんに来ていた。
ぐう~っとお腹が鳴る。
「飯にするか。」
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この物語は、現代日本から異世界に飛ばされたタクシー運転手の男。
波場敏夫が異世界の飯を、ただ飯を食うだけの探訪録である。
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空腹を自覚すると、人はなぜここまで食欲がわいてくるのだろう。
エネルギーは切れかかっているはずなのに、空腹が敏夫の足を動かす。
店が建ち並ぶメインストリートを歩くと露店が目に入った。
おいしそうな串焼きの魚や、揚げ物が売られていた。
けれど、今日は気分ではない。
ついてない日の飯は、とびっきりいい物を食いたい。
その時、おいしそうな匂いが鼻を通り抜けた。
肉の匂いだ。
匂いにつられ、メインストリートから外れ、細い路地を歩いていく。
匂いを追いかけたどり着いたのは。
綺麗な赤い煙突が凛凛と立つ、レンガ造りの一件屋だった。
そのたたずまい、民家の様な雰囲気で。入り口には看板が置かれていた。
『シルレ・メルーク』
ー魔物肉と料理の店ー
おお・・・魔物肉の店か。
魔物といっても、扱いとしては動物と同じだ。
中には家畜化されていたり、ペットになっている魔物もいる。
珍しい魔物はジビエの様に扱われていて。
ゲテモノというよりは、普通の家畜より貴重品で、栄養価も高く、好んで食べられる。
こうやって、お店で食べられるところも少なからずはある。
先程までより、肉の匂いを近くで感じ、ぐぅーとお腹が鳴った。
「この店にしよう」
木製のドアにとりついた、鉄製のとってに手をやり。
重い扉を、押し開き店内へと入る。
ちりんと、音を鳴らし。
店に入ると、最初に目に飛び込んできたのは無数の魔物だった。
首だけの魔物のはく製が、壁に所狭しと飾られていた。
小さな店内の左側にテーブル席が4つほどあり、右奥に厨房とカウンター席が見える。
入り口近くには肉のショーケースが置かれており、様々な肉が並んでいた。
唖然として店内を見渡していると。
店の奥から、50代ぐらいの恰幅のいい女性が駆け寄ってきた。
「あらいらっしゃい。お肉かしら?それともお食事?」
「あ、食事です、まだやってますか?」
「大丈夫よ~、空いてる好きなお席にどうぞ」
促され、左側のテーブル席に着く。
店内には自分1人だった。
改めて周りを見渡す、すごい魔物の数々だ。
今にも動き出しそうな、迫力にあっけをとられる。
見たことある魔物から、初めて見る魔物まで今にも動き出しそうだ。
うわぁ・・・、なんか、怖いな。
きょろきょろとしていると、お水とメニューを持ったおかみさんが駆け寄ってきた。
テーブルにお水が置かれ、メニューを手渡される。
せっかくの魔物肉専門店。珍しい物、あるといいな。
「こちら、メニューとお水ね、決まったらまた教えてちょうだいね。」
「ありがとうございます」
手渡されたメニューに目を落とす。なになに。
料理とセットを合わせて注文する系か。
Aセットはサラダとライスかパン。
Bセットはさらにデザートまでついてくるのか。すごいな。
そして、肝心の料理は。
【ヴァジのステーキ】
これはウシの様な魔物で、味も見た目もほぼウシだ。
【ピーゲのカツレツ】
こちらはブタの様な魔物、元の世界の豚肉よりも脂身が多く、こちらの方が柔らかな触感だ。
【ケルッアのグリル】
こいつは鶏肉だ。見た目も肉の味もまんま鶏だ。そして卵を産む、鶏だ。
元居た世界と同じような味が食べられるのは、とても救いだった。
今あげた3つはこの世界でもポピュラーで魔物で。家畜も盛んだ、たいていどこの町の店でも食える。
くるりとメニューをひっくり返し、裏面を見る。
なになに。ほぉ、これはすごいぞ。
【グランボーバのオニリン煮込み】
名前は聞いたことがある、カバの様な見た目で。大きな牙を持つ大きな魔物だと。少し獣くさいがうまらしい。オリニンは玉ねぎだな。そそられるが、今日はもう少しがっつりしたものを食べたい気分だ。
【べビットのフリッタ】
ほぉ、珍しい。べビットは森の中に住む、うさぎのように小さくすばしっこい魔物で。
熟練の冒険者や狩人でなければ取れないと言われている。
これは、絶対に頼もう。
【レグーベアのステーキ】
なんと、レグーベアか・・・この世界でベアの肉はポピュラーだベアすなわち熊肉。
どこでも買えるという訳には行かないが、北海道でジンギスカンがポピュラーなぐらいには、生息数が多い地域では好んで食べられている。
その中でも特殊な個体、マナをため込んだ、強い個体を【レグーベア】という。
普通の個体は【ラグーベア】と言い、基本市場に出回るのは【ラグーベア】の方だ。
そのぐらいには希少で珍しい。前に一度食べたことがあるが、ため息が出るうまさだった。
またあの味を味わえるのか・・・。
こいつを食わないで帰るぐらいならば、俺はここで死んだっていい。
これにしよう、いやこれしかありえない。決めた。
びしっと、手を上げ、呼ぶ。
「すいません」
「は~い」
ぱたぱたと、おかみさんが駆け寄ってくる。
すっと、指差し注文する。
「このレグーベアのステーキをAセットでお願いします」
「かしこまりました~。焼くのに少し時間かかっちゃうけれど、大丈夫かしら?」
「あ、はい大丈夫です、あ、それと。べビットのフリッタもお願いします」
「は~い、結構量多いけどいいかしら?」
そ、そんなに多いのか。
「だ、大丈夫だと思います」
「食べきれなかったら持ち帰ることもできるから、また教えてちょうだいね」
ほぉ、お持ち帰りもできるのか、ありがたい。
「セットなんだけど。ラスレとパフネが選べるんだけど、どちらにします?」
ラスレがライスで、パフネがパンだ。選べるのか。
「じゃあラスレで」
「はい、かしこまりました。少々おまちくださいね」
注文を取り終えたおかみさんは、カウンターの方へと消えていった。
水を一口飲み、一呼吸置く。
楽しみだ。期待に胸が膨らむ。
飯がくるまで待つ時間、これも食事の醍醐味だ。
しばらくして、お盆に木製のお皿を二つのっけて、おかみさんが戻ってきた。
「セットのサラダと、これサービスのスープ。良かったら飲んでちょうだい」
「あ、いいんですか。ありがとうございます」
運ばれてきたサラダは、葉物野菜だけではなく、キノコやイモ。それに鮭など。実に具だくさんで。
サラダというにはもったいない位のごちそうだった。
手を合わせ、目を閉じて。感謝をつげる。
「いただきます」
テーブルに置かれていた食器入れから、フォークを手に取り。サラダを突き刺し。
空腹のお腹に、これから食事が始まることを知らせるように口へと運ぶ。
「ん~!」
うまい。
シャキシャキとしたレタスの、子気味よい歯触りと、様々な食材のうまみが、口中で音を奏でるように広がっていく。
森や川、台地そのものを感じるうまさだ。
どの食材も丁寧に処理されている。
キノコはオイルでマリネされており、鮭は丁寧に網焼きされている。
わんぱくな見た目とは裏腹に繊細な仕事。
食材個々のポテンシャルを最大限までに引き出されたサラダに、思わずうなってしまった。
まるでオーケストラコンサートの様なサラダだ。
これは、ほかのメニューも期待できそうだ。
スープの入った器に手をやる。
ふむ。見た目は、少し赤みが強いコンソメスープといったところか。
香りは、ほぉ、香ばしくも紅茶の様な上品な匂いがするぞ。
スープの中にはキャロッテ(にんじん)と一緒に白く細長い、骨の様なものが入っていた。
なんだこれは、初めて見たぞ。
箸でつかむと少し硬さを感じる、食べていい物なのだろうか。
「すみません」
手を上げおかみさんを呼ぶ。
「は~い、どうされました?」
「このスープの中に入ってる、白いやつは何ですか?」
「あぁ~それはレグーベアの軟骨を使った詰め物ですよ」
「ははぁ・・・」
「軟骨の、空洞部分に、レグーベアの、血や肝で作ったペーストを詰めてあります」
何という手間だ・・・。
「コリッとしてますけど、そのまま召し上がれますよ~」
そういい終え、おかみさんはまた戻っていった。
では。意を決し。いただきます。
スプーンで液体と軟骨を一緒にすくい上げ、口の中へ運んでいく。
ほほー確かに、外側の軟骨は鳥の軟骨の様にコリッとしていてうまい。
・・・うおっ、中から出てくるペーストは、野性味あふれる味だ。
だが臭みは無く。独特のうまみが舌に残り続ける。
そして何より、汁がうまい、レグーベアのダシが。これでもかと、でたスープ。
優しくも、力強いうまさが口に広がる。
そして、スープに溶け込んだ香草や野菜の香りが、さらりと口を爽やかにしてくれる。
うまい、無限に飲めるぞ・・・。
お茶の代わりに持ち歩いて飲みたいぐらいだ。
こんなにもうまい物をサービスで貰ってもいいのか・・・?
いい匂いがして、振り返ると。
木製のボールを持ったおかみさんが立っていた。
「お待たせしました、こちらベビットのフリッタね」
「ありがとうございます」
ことんと、目の前にボールが置かれ。
そういい店の奥へと再び消えていった。
おおお、確かにこれはなかなかの量だ。
こんもりと8個ぐらい、唐揚げ代のサイズの物が積み重なっていた。
スープとサラダに夢中で、すっかり忘れていた。
初ベビットいただきます。
フォークで突き刺し、口へと運んでいく。
ベビットのフリッタは、薄く衣がついて上げ焼きの様になっており。
軽やかな衣が、サクッとしていて歯触りがいい。
そして肉は。ふぉ、柔らかい。
豚と鳥の間の様な、繊維質だけど柔らかさが残った肉の触感。
臭みもなく、少しフルーツの様な甘い香り、そして上品なうまみ。
肉の中の女王様の様な味だ・・・。
そして熱い、はふはふと、口の中で転がしながら熱さから逃げる。
けれど噛みしめるたび暖かな肉汁が、口の中で踊る。
うまい、熱い、うまい。
上手さのサウナだなこれは・・・。
初ベビット実にうまかった。
これはレグーベア、さぞ期待できそうだな。
フリットをつまみつつ、レグーベアがくるのを待っていると。
ちりんと、音が鳴り玄関が開いた。
身長の高く、ガタイのいい男が立っていた。
おかみさんが駆け寄っていく。
「は~い」
「すいません、14時にグランボーバのサンドを2人前届けてほしくって」
「は~いかしこまりました、おとどけの場所はどこですか?」
おかみは、住所を聞き。
男はお支払いを済ませ、何も持たずに帰っていった。
物不思議そうにみてると、視線に気づいたおかみさんが声を駆けてくれる。
「うちは、出前もやってんのよ~」
「そうなんですね」
「この村では、出前使ってくれる人の方が多くってね。お年寄りとか多い村でしょ。」
たしかに、今日乗せてきた老婆含め、ご高齢の方が多い印象ではあった。
そういえばさっきの男、グランボーバのサンドとか言ってたな・・・
もしかして出前専用メニューとかあるのだろうか。そちらもがぜん気になってくる。
「ステーキもう少しだけ待っててね」
そういい、おかみは厨房へと入っていった。
しばらくすると。じゅうじゅうと、焼ける音がして後ろを見ると。
木製のプレートを持った、おかみがこちらへと近づいてくる。
「大変お待たせしました~、熱いから気をつけてね」
目の前にどしりと置かれる。
木製のプレートの上に、鉄板が敷いてあり、その上にずどんと、分厚いステーキが鎮座していた。
おお、来た来た、今日の主役のご登場だ。
「おすすめの食べ方は、まずはそのまま食べて」
ほぉ、そのままとは、真っ向勝負、嫌いじゃないぞ。
「その後、こちらのソース使ってちょうだい。それとこれセットのご飯ね」
木製の小さいボウルに入ったレスラと。
ソースの入った、魔人のランプの様な容器が、コトリと置かれる。
一通り説明を終えたおかみさんは、カウンターへと戻っていった。
ではさっそくいただくとしよう。
ナイフとフォークを手に取り、レグーベアの肉の塊と見つめ合う。
さぁ、いざ尋常に勝負と行こうではないか。
しかし、期待とは裏腹に、目の前に広がる光景に思わず声が出てしまった。
「な、なんだこの肉は・・・!」
てんっぱんの上で、じゅうじゅうと焼けた肉は、まるで岩のごとく、潤いを一切感じなかった。
「肉汁が一滴も出ていないではないか」
そして、肉の焼ける香りもしない。
これは、はずれをつかまされたか・・・。
落胆してても仕方ない、ナイフを手に取りフォークをあてがった。
ぷすり、という少しの弾力の後、すっとフォークが刺さった。
「ん・・・?」
な、なんだ今。食器の重さだけで肉にフォークが刺さったぞ・・・。
何かの間違えかと思いま、反対の手のナイフをあてがう。
力をかけてないにも関わらず、ナイフが肉にうずもれていく・・・。
まるで雲でも切ってるのかと思うぐらい抵抗感がない。
なんて柔らかい肉なんだ・・・
それに、なんだこの肉汁の量は・・・!
温泉を掘り当てたかの如く、肉汁が肉から湧き出てくるぞ。
そして、猛烈な肉の香りが広がる。
鼻をそして全身を包み込むような、豊潤で力強い香り。
森の、自然の香りを浴びるように、匂いが湧き上がってくる。
肉の断面をよく見ると、外側には薄い膜の様なものが見えた。
な、何だこの肉は・・・。
びっくりした様子で固まっていると、おかみさんに声を駆けられた。
「お客さんレグーベアーを食べるのは初めてですか?」
「あ、いえ初めてではないのですが・・・、こんな膜がはっているの初めて見ました」
「グレーベアは魔力を体内に蓄えてて、魔力を膜にしてで筋肉を覆ってるのよ」
「へ~」
「普通は鮮度が落ちるとなくなるから、食べる頃には膜がないの。けど、うちのレグーベアは鮮度がいいからね」
初めて知った。また一つ詳しくなったぞ。
「匂いも、肉汁もすごかったでしょ、その魔力の膜で包まれてるから、すべて閉じ込められてるのよ」
この膜食べて大丈夫なのだろうか・・・
「ちなみに、膜は噛むと消えてなくなるから、そのまま食べて大丈夫よ」
ほう、食べていいのか。
グレーベアの生命力、凄まじいな。魔力を食べるのは初体験だ。
「さぁ、冷めないうちにお上がんなさい」
おかみはそう言い残し去っていった。
「いただきます」
切り分けた肉にフォークをさし、口へと運んでいく。
「んっ・・・!」
膜は歯触りが軽く、口の中で肉と一体に解けていく感じが分かる。
そして肉のうまみが、油のうまみが凄まじい!
肉が柔らかいから、すぐなくなるのかと思えば。
肉の繊維が口でほどけて残り、噛むほど、味があふれ出してくる。
そして、肉のうまさもさることながら。とにかくこの油、うまい。飲めるぞ。
くどくなくて、むしろ爽やかすらも感じる。
うまみと甘みだけを、舌に残してさらりと消えてなくなってしまう。
まるで綿菓子の様に。
肉を食べ進める手が止まらない、うまい、うますぎる。
あっという間に肉の、塊がなくなっていく。
半分ほど食べたところで重大なことに気が付いた。
・・・・あっ、せっかくのソースをまだ使っていないではないか。
危ない危ない、このまま食べきってしっまうところだった。
少しとろみのついた、薄茶色のソースの中には、あめ色に輝くオニリン(玉ねぎ)が見える。
容器を手に取り、肉に回しかける。
鉄板の熱に、ソースがじゅっと音をたてる。
甘く香ばしい匂いが、その場に立ち込める。
食欲に、またブーストがかかるのを感じた。
はやく食べたい衝動にかられ、フォークを突き刺す。
うおおお、これはすごい。
ソースは薄く醤油の様な風味で、野菜の甘みやスパイスの香りを感じる。
鋭くも優しい味で、肉のうまさを損なうことなく、最大限まで引き上げる。
この味は、ライスも一段と進む。
まるで出会うべくして出会った二人の様な。
このソースなくしてレグーベアのステーキ、語れない。
俺は無我夢中で食べ続けた。
まるで1週間断食していた僧侶のごとく。
食べる喜びを、かみしめながら、飯を、肉を掻きこむ。
分厚く大きい肉が、たちまちなくなっていく。
生きててよかった。この世界にはまだこんなにもうまい物があるのか。
上手さのあまり、涙がにじみ出そうだった。
気が付いたときには。目の前には空っぽの鉄板と食器だけが、おかれていた。
「うまかった・・・」
我を忘れるほどのうまさだった。
残りの水をぐっと飲み欲し。
お腹を摩りながら、天を仰ぐ。幸せだ。
食べれる喜びを、うまい飯に出会えたことを、かみしめるように。飯の余韻に浸った。
「ごちそうさまでした、おいしかったです」
「ありがとうね~あんちゃんいい喰いっぷりだったね」
「いえ、とんでもないです。サービスのスープも美味しかったです」
「うふふ、嬉しいわね、そんな喜んでもらえるなんて」
照れくさそうにおかみが微笑む。
「ラグーベアとベビット、合わせて銀貨15枚ね」
ポーチから銀貨を取りだし、渡す。
「はい~、ちょうどいただきました」
・・・あ!飯のうまさで、馬車の事をすっかり忘れていた。
ダメもとで一応聞いてみるか・・・。
「ちょっとお尋ねするのですが」
「どうかしたの?」
「ここらへんで馬車の修理をしてくれそうな人、知っていませんか?」
「あぁ、それならちょっと待っててね」
おかみさんはのれんをくぐり、キッチンの方へと引っ込んでいった。
のれんが揺らめき、出てきたのはおかみではなく。
ここに来る前に、町で出会った。無精ひげを生やした、スキンヘッドの大男だった。
「あんた、名は?」
「ハバと言います」
「ハバか、覚えたぞ。俺の名はガンテ、よろしくな。」
森の中を二人で歩く。
大男はあの店の店主で。
出前の途中、ぶつかってしまったようだった。
「食材はどうされてるんですか?」
「基本俺が捕って、解体まで行ってる。」
ガンテは無精ひげをなでながら、話を続ける。
「街に降ろしてるものもあるが、余ったものはうちの店で提供してる。」
「今まで食べた、ベア肉で一番おいしかったです」
「ガハハ、そりゃそうさ。なんたって生け捕りだからな」
「生け捕りですか・・・?」
「あぁ。町で出回ってるのは基本、戦士や狩人がその場で殺し、ギルドまで持ってきてる。ただ、それじゃあダメだ」
ガンテは首を振った。
「鮮度が落ちてしまうからな。レグーベアの持ってる魔力は死亡後どんどんなくなっていく。俺はうちの工房まで眠らせて、そこで絞めている。」
「だから、あのお肉はあんなにおいしかったんですね。」
「まぁ、それだけじゃなくて俺の料理の腕もいいからだがな!ガハハ!」
力こぶを作るように腕をぐっと見せてくる。
話を聞きながら、馬車のところまでやってきた。
「ほぉ、これはひどいな。ちょっと待っててくれな。」
ガンテは腕まくりをして、作業を開始した。
その動きから、手際の良さがにじみ出ていた。
普段から、いのちを駆けて魔物と戦い。我々に、おいしい肉と、おいしい飯を届けてくれる。
その大男の背中が、途方もなくたくましく思えた。
「よし、治ったぞ!」
「ほんとにありがとうございました、助かりました」
ガンテの修理の腕は申し分なく。
本当に壊れていたのか疑うほどに、綺麗に直してくれた。
金貨を差し出そうとすると止められる。
「例なんざいらん、そのかわりよ」
ガンテはニカッとわらい、こちらを見る。
「また食いにきてくれな。あんた、実に上手そうに食ってて、気に入った!」
ガハハハ、という笑い声だけが森に轟いた。
ガンテに別れを告げ、馬車の中。
食べた料理に、あの店に思いを馳せる。
驚かされてばかりだった。サラダも、スープも。そしてステーキも。
飯の、レグーベアの余韻に浸りながら、流れる景色を眺めていた。
またこよう。必ずこよう。ひと時の出会いに、思いを巡らせながら。
馬車は次の町へと向かう。




