三、初対面
真剣に天鈴の話を聞いていく間に、この手の話は自分は好きだと思い始めた。
(なかなか、面白い…)
何より面白いのが、天鈴が霊の話をしてくれているときの顔。
あんなに不安そうにしていた人が、こんなにうきうきするなんて。
「それで…その幽霊、なんと言っていたんです?」
白茶を淹れた桜の模様の茶器を、コトリと机に置く。
引き続き、真園は興味深そうに話を聞き始めた。
「その…えっと…」
信じてもらえるのか不安に思っているのだろう。
天鈴はなかなか話してくれない。
「そうですね。少なくとも私は、あなたの話が好きだ、ということが判明いたしました。よければ、私に聞かせてくださいませんか?」
本心で話すと、にっこりと微笑んで話し始めてくれる。
「いつの時代かは仰らなかったんですけれど、後宮の女官だった幽霊の方が仰ったんです…」
「なんと?」
「…蘭淑妃様が人を殺した、と…」
あまりの衝撃に持っていた茶器を床に落とす。
(蘭淑妃様が…?!だとすると、…)
「真園様、どうなさいました!!」
茶器が割れる音がしたので、驚いた部下が部屋の中に入ってきてしまった。
「なんでもない…。少し、ふらついただけだ…」
慌てて部下を下げようとするが…。
(淑妃様がそんなことを…?絶対にあってはならない。現在後宮の最上位の妃様が…)
「真園様ッッ!!」
考えすぎたせいで、さらにふらついてしまう。
「大丈夫だ…。天鈴様…」
「は、はい…!」
「それは…本当ですか…?」
「恐らく…」
下を向きながら、天鈴は言う。
このことがもし本当ならば、陛下に言った方が絶対にいい。
陛下に何を言われてもいい覚悟で、真園は部下に言った。
「今すぐ、陛下のところに向かう」
「なりません。お身体が…!」
「上司の命令も従えぬ部下など、この後宮には必要ない。ここで実家に帰るか、今ここで私に従うか。どちらがいい?私たちは宦官だから、帰る家もないがな?」
「…お供いたします」
無理矢理従わせるのもどうかと思うが、それくらいしなければ部下など付いてこないも当然。
「陛下は今、どちらに?」
「書斎にいらっしゃるかと」
「書斎…?今は第三殿下にお会いになっておられるのでは…?」
「それが…邪魔だと、追い返されたらしく…」
陛下を邪魔だと追い返されるのは、第三殿下の邪神くらい。
(邪神様のお母上は武家の出身であらせられた。だからか、邪神様のご気性も荒く…)
それは、ほとんど関係ないと思うが…。
「はあ…」
「邪神様…?」
「今のあなたには、関係のないことでございましょう?今のあなたは、皇帝と添い遂げるだけの人。夜伽以外のことは、お考えなきよう」
これごときでへこたれるのであれば、この者は妃ではなかったということ。
これごときでへこたれるのであれば、この者は後宮のただの柱となるであろう。
◆◆◆
「陛下にお目にかかります」
「私と君の仲なのに、何故そんな堅苦しいことを?」
黒髪の、紺色の衣を身に着けていた皇帝が、真園側で無邪気ににっこりとしている。
(すごい…!この方の周りにいる方は…!!)
天鈴はその人の周りにいる人も見ることができる。
なので、わかる。
(あれって、もしかして白龍?!)
「何か、私に憑いているのかな?」
「つ…?!」
滅相もない。
憑いている、の次元を超え、白龍がそばにいる。
「白龍様が、あなたのおそばにいらっしゃいます」
「白龍様?」
「はい。白い、赤い玉を咥えていらっしゃる龍様です」
「そうか。それで…」
「どうなさいました?」
「…なんでもない。それで、今日はどうしたの?天鈴」
甘い声で、囁かれる。
「私は、霊、神獣…何から何まで視えます。こうして、あなたを加護している神獣も視えました」
「それはいつから?」
「地方で、勉強をしていたときからです」
「地方…?」
皇帝は、目を丸くする。
「私の家族は、私が十歳のときまで地方で暮らしていました。とても…」
「ちょっと待て!君の家族は確か…」
「はい。今では、こうして双家の娘が妃に選ばれるまでにまでなっています」
「それは…」
どうしたのだろう?
兄のおかげで、こうして妃になることができた。
私の力も、認められ…。
「そうか…!それは、よかったな」
「はい!」
何か、勘違いでもしていたのかもしれない。
皇帝は気を取り直してたらしく、自分の方を向いてくれる。
「それで、今日は何をしに朝廷まで来た?」
「ちょう…?!」
「本来なら、妃である君は朝廷に入れないはずだが?」
圧が。
皇帝の圧がすごい。
絶対に入ってくるなと、目で訴えている。
「陛下、この者は妃です。そんなに圧をかけては、逃げられてしまいますよ?」
「逃げられる?」
「愛想つかれる、ということです」
「構わない。たかが妃一人に愛想つかされようと、私は後宮の人間は愛さないと誓ったから」
(ちょっと…?!何二人で勝手に話進めているの?!)
これ、妃が聞いても大丈夫なのか?と心配になる。
まさかこの王様、話しては駄目なことをあれこれと話してしまうのだろうか。
この国の、未来が心配だ。
「あ、あの…」
私のことは、忘れないでほしい。
「なんだい?」
「皆さんに、話したいことがあって…」
「あ、そうだった!で、真園。その子はどうして、私にわざわざ会いに来たのかな?」
二回目の圧に、負けそうになる。
「な、なんでそんなにっ…!」
「なんだ?」
「いえ、なんでもありません…!」
やっぱり、聞けない。
「幽霊が…言っていました。私は、蘭淑妃様が殺しをしているのを見たって…」
「…幽霊が?人ではなく?」
「はい」
「それで?わざわざ、私に言ってくれると?」
「はい。そうです」
皇帝ってやっぱり怖い。
何人もの皇帝の霊を視たことはあると思うんだけど、本物の皇帝はこの人しか見たことがない。
「そうか。で、誰の霊が言っていた?」
「帝 環莉、という女官だった方だそうです」
「帝姓…?」
「知らないのか?」
帝、と聞かれて思い当たる姓は今の黒家の前の姓。
今の黒家と深い関係があるそうで、…と、それまでは天鈴も知っている。
「はい…」
「帝姓は、黒家の前の姓…だとは知っているな?」
「はい」
「そのときの皇帝が謀反を起こしたとかなんとかで、帝姓は剥奪。帝姓の皇帝も廃帝となった」
「こ、皇帝が…謀反?」
意味がわからない。
皇帝の部下たちが起こすのことを、謀反と呼ぶらしいが皇帝が謀反を起こすのは少し珍しい、というか今までなかったかもしれない。
「その皇帝の謀反は少し複雑でなあ…」
「陛下。相手は、妃ですよ?」
やっぱり、外で言ってはならないことをあっさり言ってしまう人なのだ。
「ああ、すまない。ここからは本当に物騒な話なんだ」
「そうなんですね」
物騒な話なら霊からいくらでも聞いているので慣れているが、そういう話ではない。
皇帝が話したくないのなら、無理に聞かない。
皇帝の寵愛を得るなら、それが近道。
天鈴が皇帝に、出しゃばりな女と思われたくないだけかもしれないが。
「武双団…。聞いたことは?」
「たぶん、あると思います」
「そういうことだよ」
「えっ…?」
「さて。蘭淑妃と君は、会ったことはあるのかな?」
「ない…です」
いや、一回だけ会ったかもしれない。
だけどあれは一瞬だったので、会っているになっているのかわからない。
「会っていないんだね?」
「後宮に入る前、目の前で見かけました。ので会った…ではないと思います」
「う〜ん。君はそういう堅苦しいこと、考えるんだ?」
「え〜っと…」
「もう見かけたのなら、会ったでいいよ!」
何を考えているかさっぱりわからない…。
早く帰りたい、そう思うばかりになっていく。
「それから…また、会えるよね…?天鈴」
「会え…るのでしょうか…」
後宮にいると、天鈴みたいにやる気のない妃でも皇帝の寵愛を得たいなんて思ってしまうようになる怖いところ。
「うん。私が望めば、会えるよ?」
ゾクゾクするような声で、目を光られて皇帝は答えた。
やっぱり、皇帝は怖い。




