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モデル美少女の王子様

(※来栖視点)


 転勤族だった私の家は子供の頃、今の学校のある場所に住んでいた。

 転勤先の一つだったからすぐに引っ越してしまったけど、当時の私は友達という友達がいなかった。

 何せ、友達になったとしてもすぐに違う場所に行っちゃうんだもの、仮にできたとしても長続きするわけがない。

 今いる場所もどうせすぐの引っ越す……だから、一人で遊ぶことが多かった。


 一つだけ転勤族のいいところは、知らない場所に何度も行けること。

 そのおかげで、休みの日は一人で色んな場所によく行っていた。

 山の中、先まで続く河川敷、曲がったことのない住宅地。

 少し人見知りを発揮していたから、極力人がいなさそうな場所に足を運んでいた。


 ある日、その人見知りが災いして、トラブルに巻き込まれたことがあったの───


『ウ゛ゥゥゥゥゥゥゥ……』

「ひっ!」


 涎を垂らし、今にでも襲いかかろうとしてくる犬。

 首輪はされているけど、獰猛という言葉がよく似合うほど気性が荒かった。

 人気ひとけの少ない路地を曲がって遭遇。

 私を見るなり唸り声を上げて、ずっとこっちを睨んでくる。

 高校生になった今ならまだしも、子供だった私がそんな犬を前にして怯えないわけがない。

 助けを呼ぼうにも誰もおらず、ただただ地面にへたり込むだけだった。


 少しばかりの時間睨まれ、ついに───


『ワ゛ゥンッ!』


 飛び掛ってきた。

 お腹が空いていたのか、敵だと思ったのかは分からない。

 私は反射的に目を瞑って、思わず内心で願ってしまった。


(誰か、助けて……ッ!)


 その時だったの。


「待てぇ!」


 ───私の王子様ヒーローが現れたのは。


「か、飼い主はどこ行ったの……! 愛嬌あるわんちゃんがまさかヒーローの敵になるなんて……!」


 その子はどこかテレビで見たことのあるようなヒーローの《《お面とマント》》をしていて、顔は見えなかった。

 ただ、同じような背丈に若い声音。きっと、私とそう変わらないような年齢だと思う。

 彼は私と犬との間に割って入り、咄嗟に庇ってくれた。

 だけど───


「い゛っ!?」


 犬を押さえ付けようとしていた矢先、爪が彼の肩を抉った。

 子供には刺激的な真っ赤な血が、男の子の肩口から滲む以上に流れている。


「〜〜〜〜〜ッ!?」


 私は思わず声にならない悲鳴を上げてしまった。

 だけど、彼は───


「いいいいいいいいいいだぐないやいっ! こんな傷、ヒーローなら泣かないし退かない!」


 だって、と。

 男の子は私にではなく……犬に向かって叫んだ。


「《《女の子を泣かせるものか》》! 最後に笑ってもらうためなら、僕は頑張れるっ!」


 痛いはずなのに、怖いはずなのに。

 足なんかガクガク震えていて、血がたくさん流れているはずなのに。

 私だけを守ろうと……赤の他人の私を守ろうと、体を張ってくれた。


(あぁ……)


 ───結局、犬はどっかに行ってしまった。

 そして、男の子も「助かってよかった! それじゃ!」って言い残して、涙目になりながらどこかに行ってしまった。

 お礼も言えず、名前も聞けないまま、ただただ私だけが残されて───


(……どうしよ、心臓がうるさい)


 不謹慎だと思う。

 私を守ってくれているのに、なんてことを考えるんだ、とも思う。

 だけど、この時の私は胸を高鳴らせずにはいられなくて。


(かっこ、いい……)


 きっと、私はこの瞬間恋に落ちた。

 惚れないわけがない。

 そして、私は今でも忘れられずにいるの。



(そういえば、入江も確かヒーローって……)


 ……まぁ、流石にそれはできすぎた話よね。



 ♦️♦️♦️



「ヒントは、傷よ」


 一時限目の授業が終わり、小休憩に差し掛かった頃にようやく俺達は屋上から出た。

 階段を降りながら、三大美少女様の一人である霧島は唐突にそんなことを言い始める。


「どったの、急に?」

「あら、手伝ってくれるんでしょ? 私の王子様ヒーロー探し」


 なるほど、その話か。


「傷って具体的には? あまり抽象的すぎると、男の子のちょっとした追いかけっこでできた傷まで探すハメになる」

「肩口に抉られたような傷があると思う。正直、今はもしかしたらもう消えてるかもしれないんだけど……それしか覚えていることも知っていることもなくて」


 なんともまぁ、柚葉に似た話である。

 助けられた王子様ヒーローに傷があるなんて……そりゃ、柚葉の中で仲間意識が強くなるのも頷ける。


(っていうか、俺も肩に傷が……)


 昔、《《犬に襲われそうになった女の子を守る際》》にできた傷ではあるんだが───


(まさか、な)


 何せ、先程暇を持て余して会話をしていた時、地元が違うと言っていた。

 高校に入ってからこっちに来たらしいし、子供の頃にこっちへいなければ違う子だろう。


「おーけー、見掛けたら連絡するわ」

「お願いね、流石にこれ以上男子の着替えを覗けば変態扱いされるし」


 俺はその発言に「変態だ」と言ってしまいたい。


「あ、そうだ。連絡先交換しましょ」


 霧島が懐からスマホを取り出して、差し出してくる。

 確かに、協力するなら連絡先を交換していた方が楽だ。

 ただ───


「いいのか?」

「何が?」

「その、俺って男だろ? 変に連絡先を交換していて何か支障とか出ないか?」


 三大美少女様はかなり有名なお方だ。連絡先を交換しただけでもしかしたら変な噂が立つかもしれないし、モデルをやっているのであれば異性関係にも厳しいかもしれない。

 そんな俺の不安が伝わったのか、霧島は「馬鹿馬鹿しい」と肩を竦める。


「私がいちいち他人が広めた噂なんて気にするわけがないでしょ。モデルの方だって連絡先ぐらいなら全然大丈夫だし、そもそも事務所で恋愛NGなんてことはないわ」

「そ、そうか……ならよかった」


 俺は向けられた画面に写っているQRコードを読み取って友達申請をする。

 すると、霧島は口元にスマホを当ててイタズラめいた笑みを浮かべた。


「まぁ、連絡先を交換した男はあなたが初めてなのだけれど」

「なっ!?」


 なん、だと……ッ!?


「ふふっ、嬉しいかしら? そういう初心うぶな反応見せられたら、ちょっとからかいたくな───」

「……これを男子に売りつけたらいくら儲かるんだろ?」

「顎骨砕くわよ?」


 きっと、少なくとも高校生活の間は裕福に暮らせるだろう。

 もしかしたら、男のロマンのポルシェだって夢じゃない。


「まぁ、冗談だから気にしないでくれ。ついでに俺の顎に手を当てるのは勘弁願いたい顎骨が何やら不安そうな声を上げているんだ」

「……悲鳴に変えてもいいんだけど」

「嘘です本当にごめんなさい大事にありがたく頂戴しますッッッ!!!」


 目が座って顎に手を添える霧島に、俺は両手を上げる。

 その時───



「な、なななななななななんで……ッ!?」



 ちょうど踊り場に降りた頃。

 唐突に、そんな震えるような声が聞こえた。

 二人して、思わず声の聞こえた方に視線を向ける。

 すると、そこにはショックを受けたような顔で口元を覆っている柚葉の姿が───


「ふ、二人共……もしかして、《《そういう関係》》なの!?」


 ……さて、果たして十分間という小休憩の間に誤解は解けるだろうか?

 なんてことを、両手を上げたギブアップポーズという情けない格好をしながら俺は思った。

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