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自分より大事だから

(……遊園地とかにあるお化け屋敷で働いてる人とかも大変なんだなぁ)


 草陰で一人待機しながら、ふと思う。

 肌寒い夜空の下で、どこか優しく肌を撫でるような風を浴びる。

 そんな中で、ただ生徒が出る度に脅かして元の位置に戻るという作業。

 始めは「おぉ! ちゃんと驚いてくれてる!」なんて一年生の反応を受けて楽しかったものの、半分も終われば「早く寝てぇ」ぐらいにしか思わなくなってしまった。

 これは、お化け屋敷で働く人の大変さがよく分かる一幕だ。

 いや、お外で少し寒くて虫がちょこちょこ出るこっちの方が苦労度合いで言ったら上なのかもしれない。


(まぁ、それで楽しんでもらえるんならやるけど……っと、来たか)


 足音が聞こえ、今以上に息を潜める。

 そして、生徒達が通り過ぎようとしたタイミングで―――


「うぼぁっ!!!」

『『『きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!』』』


 茂みから出たタイミングで、三人の女子生徒が甲高い悲鳴を上げる。

 一人が尻もちをついてしまったが、そのまますぐに立ち上がってそそくさと離れていった。


『も、もうほんとむりぃ!』

『なんだろう、でもちょっとやみつきになる……』

『こ、今度彼氏にお願いして会う度にやってもらお』


 彼氏が可哀想だからやめてあげてほしい。


(おっと、次が来たか……)


 もう一度身を低くして茂みに隠れる。

 時間の関係があるからか、割とやって来るタイミングは早い。

 俺は次もいい反応がもらえるよう、タイミングを合わせて顔を出し―――


「うぼぁっ!!!」

『『『『……………………………………』』』』


 なんか喋ろや。


(……心が傷ついた)


 なんだろう、このせっかくのライブなのに「このアーティスト知らないしー」って感じで足を運んできた人間を目の当たりにした感覚は。

 流石にこっちのメンタルが削られる。せめて少しぐらいは反応してほしいものだ。


(ん?)


 気が沈んでいると、勢いよく目の前を三人の女の子が通り過ぎた。

 暗くて顔まではよく分からなかったが、出てくるタイミングを失ってしまうほどの速さで。

 こんな場所で走ったら危ないことこの上ないのだが……一体どうしたのだろうか?


(まぁ、いつか誰かしらに注意されるだろ)


 そう思い、再び茂みに待機。

 そして、次にやって来た人へ―――


「うぼぁっ!!!」

「きゃっ!?」


 驚かすと、その子は尻もちをついてしまった。

 ただ、その子は一人で。そして、今日一緒に話した女の子だった。


「って、櫻坂じゃねぇか。どうした、一人で?」


 はぐれてしまったのだろうか? それとも、さっき走っていった三人組に置いて行かれたのだろうか?

 心配になり、変装用のシーツを脱いで体を起こそうと櫻坂へ手を差し伸べる。

 すると、櫻坂は俺の手を握ることなく胸元に飛び込んできた。


「ちょ、おいっ!? いきなりどうし―――」

「た、《《助けてください》》っ!」

「は?」

「水瀬先輩が……水瀬先輩が、私を庇って崖に……ッ!」


 その言葉に、俺は思わず背筋が凍り付いてしまった。

 しかし、これで取り乱さなかったのは……きっと、胸元に飛び込んできている櫻坂の方が焦っているからだろう。

 俺は櫻坂を引き剥がし、少し早口になってしまいながらも尋ねた。


「柚葉はどこで落ちた?」

「こ、こっちです!」


 そう言って、櫻坂は走ってきた道を引き返していく。

 俺もそれに続き、整備された道を走る。

 道中、二組ぐらい一年生とすれ違って訝しむような視線を浴びたが気にせず進み、やがて整備されていない茂みの中も走り始めた。

 そして、辿り着いた先に敷かれてあったフェンスは千切れたような痕を残してぽっかり穴が開いていて───


「み、水瀬先輩が私を庇って……私が、あの人達にもっと言えていたら……ッ!」


 ポロポロと、櫻坂の瞳から涙が流れ始める。

 次第には嗚咽まで聞こえ始め、ついにその場へ崩れ落ちてしまう。

 ……恐らく、櫻坂のせいで柚葉が落ちたのではないのだろう。

 それでも、自分のせいだと。自分が落ちるはずだったのに庇ってくれたのだと。


「…………」


 俺はしゃがみ、櫻坂の顔を上げて指で涙を拭く。


「櫻坂が悪いわけじゃねぇよ。それに、きっと柚葉なら大丈夫だ」

「け、けど―――」

「お前はここで待っていてくれ」


 俺は懐からスマホを取り出し、チャットグループに事情を簡潔に打ち込む。

 詩織さん達に連絡していれば、先生を読んできてくれたりしっかりと対応してくれるだろう。

 それが終わると、持って来てしまったシーツをその場に置いてフェンスを跨いだ。


「い、入江先輩!? あの、何をされるんですか!?」


 すると、櫻坂が俺の服を掴んでくる。


「危ないです! 入江先輩まで落ちてしまったら私は……ッ!」


 確かに、危ないのは間違いない。

 本当はここで先生を待って、皆で柚葉を捜した方が賢明なのだろう。

 下は暗くてよく見えない。どこまで続いているのかも分からない。落ちて、どこまで怪我をしてしまうのか分からない。


「だから?」

「……えっ?」

「俺が落ちて怪我をするからって、足を止める理由がどこにある?」


 それでも―――


「あいつが今も一人だろうが」


 もしかしたら、俺も大怪我を追って皆に迷惑をかけるかもしれない。馬鹿だと、無謀だと昔の時のように怒られるかもしれない。

 だけど、絶対に。

 どんなに怪我をしようが……柚葉は、《《助けたい》》んだ。

 可愛くて、笑っている顔がとてもよく似合う彼女のために。


「絶対に駆けつける」

「ッ!?」

「《《俺が危ないのはどうでもいいんだよ》》。それよりも、あいつが泣いてないかの方が心配なんだから……意外と怖がりで放っておけないんだ、あいつは」


 俺がそう言うと、櫻坂の顔が驚きに染まった。

 何か言いたそうな、それでも何も言えないような。

 せっかくの可愛らしい顔が涙の痕が残り、《《どうしてか頬が赤く染まっていた》》。

 櫻坂の引っ張っていた手が緩み、服が離される。


「教えてくれて、ありがとうな」


 そのタイミングで、俺はそのまま崖を飛び降りた。

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