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一緒に

 一週間の終わりほど開放感に満ち溢れる瞬間はない。

 いつも通りの放課後のはずなのに、金曜日に限っては皆テンションが高いような気がする。

 廊下を歩いているだけで、生徒の楽しそうな顔が窺えた。きっと、休日の過ごし方でも頭の中で思い浮かべているのだろう。


「……俺、社会人にはなりたくねぇなぁ」

「どったの、急に? あと数年後の未来なんか嘆いちゃって?」

「いや、土日も社畜根性を働かせてる両親を思い出して」

「あー、つっくんのお母さん達って警察官だもんね」


 街の平和を守ってくれているとはいえ、貴重な土日まで働くなんて。

 その代わりなんてことのない平日がお休みだったりするのだが……それでも明日お仕事な両親を思うと社会人にはなりたくないと思ってしまう。

 カレンダーに色がついた日ぐらい解放的になりたいものだ。


「……将来、柚葉も土日返上の社畜になるのか」

「一応教師は土日休みなんだけど……まぁ、顧問とかやったら休日出勤かもね!」

「どうして君はその発言で満面の笑みを浮かべられるんだ?」


 柚葉には生粋の社畜根性でもあるのかもしれない。おいたわしや。


「あ、しーちゃん先輩だっ!」


 なんてことを思っていると、廊下の先に見知った人を見かける。

 柚葉は見つけた瞬間に大きく手を振り、声を掛けられた美少女さんは気づいてこちらへ向かって来た。


「ふふっ、相変わらず元気ですね、柚葉さんは」

「それが私の取り柄ですから!」


 可愛らしく胸を張る柚葉。

 そこで生まれた強調される胸部がなんとも思春期男子の視線を誘う。


(いや、それより……)


 詩織さんを見ていると、なんかちょっと意識してしまう。

 最後に会ったのが昨日の件で、別にやましいことなどしていないがあの時言われた言葉と向けられた笑顔が脳裏を過ぎる。

 だからからか、勝手に詩織さんから視線が逸れてしまう。

 すると―――


「……つっくんがしーちゃん先輩を意識してる」

「あらあら、そうなのですか?」


 ―――幼なじみのジト目が突き刺さった。

 中々鋭いお嬢さんである。


「べ、別に意識なんか———」

「……昨日、しーちゃん先輩と迷子の女の子を助けたからだ」

「だから、ちが」

「……そんで夜の公園で励まされたからだ」

「待て、どうしてそこまで知っている!?」


 言った覚えがないんだが?

 まさか、昨日俺達の後ろをストーなカーをしていたんじゃ……!?


「ふふっ、昨日私がお伝えしたんですよ。私の王子様ヒーローが入江さんだということを彼女達にはお伝えしておかなければならなかったので」


 そう言って、お淑やかな笑みを浮かべる詩織さんはなだめるように柚葉の頭を撫でた。

 助けられた同盟だからだろうか? 王子様ヒーローに関する情報は共有しておかなければならないらしい。


「しーちゃん先輩は、生徒会のお仕事?」


 柚葉は詩織さんの手元に視線を落とす。

 放課後で皆が帰り始めているというのに、手に書類らしきものが握られている。

 詩織さんはこの学校の生徒会長。この時間に書類を持っているということは、柚葉の言う通り生徒会の仕事かもしれない。


「えぇ、その通りですよ。と言っても、あと少しで終わりますし終わらせますけど。詩織先輩とて、早く帰って貴重な《《休日》》を迎えたいのです」


 何気ない言葉。

 それを聞いた瞬間に、何故か柚葉の背中が一瞬だけ跳ねた。

 そして、目を泳がせながら少しばかりの逡巡を見せたあと―――


「あ、あのっ……しーちゃん先輩!」

「はい、いかがなされましたか?」

「明日、つっくんと勉強会するんですけど……一緒にやりませんか!?」


 まさか、休日のお誘いをし始めた。


「つっくん、いいよね!?」

「お、おぅ……俺は構わないが」


 どこぞの誰かを誘うならともかく、詩織さんなら大歓迎だ。

 お世話になったし、その時のおもてなしをするいい機会。

 とはいえ、三年生の勉強なんて俺には教えられない。

 まぁ、三年生もテストはあるし一緒に勉強をするというのならいいのかもしれないが。


「……柚葉さん、よろしいのですか?」


 詩織さんが少しだけ首を傾げる。

 すると、柚葉は何故か詩織さんの手を握って俺から少し離れ———


「(し、しーちゃん先輩にはその、つっくんの件でお世話になりましたし……その、しーちゃん先輩のおかげでこれからきっと幼なじみの妹枠じゃなくて《《ちゃんと異性として見てくれるように》》なったかもしれないですし……)」

「(なるほど、お気になさらなくても構わなかったのですが……そういうことならご厚意に甘えましょうか)」


 こそこそ耳打ちが始まる。

 しかし、すぐにガバッと顔を真っ赤にし始めた柚葉が振り返った。


「しーちゃん先輩も来るって!」

「なぁ、ちゃんと行けるかどうか聞いたか?」


 急な話だし、俺達がよくても詩織さんの都合だってあるだろう。

 何を話していたかは分からないが、まずはそこから確認するべきである。


「詩織さんも、難しいようなら普通に断ってくれても———」

「行きます」

「あ、あの」

「予定をかなぐり捨ててまで行きます」


 熱意が凄い。


「せっかくなら、来栖さんもお誘いしませんか? 二人だけで抜け駆けというのもおかしな話ですし」

「で、ですねっ! 公平平等大事ですし!」


 柚葉はスマホを取り出し、慣れた手つきで操作し始める。

 恐らく、霧島にメッセージでも送っているのだろう。


「えーっと、『明日つっくんのお家で勉強会するんだけど一緒にやらな』、『予定をかなぐり捨ててでも行くわ』だって!」


 返信が早すぎる。


「ふふっ、明日が楽しみになってしまいました」


 そう言って、上品に笑う詩織さん。

 ただ、その大人びた笑みの中には子供らしい無邪気な楽しさも滲んでいるような気がする。

 色々言いたいこともあったが……そんな顔を見てしまえば、何も言えない。

 というより、美しすぎて思わず魅入ってしまう。


(まぁ、賑やかになるしいっか)


 それに、ちゃんとしたいい機会だと思うから。

 この機に、色々皆のことを知っていこう。

 そう思い、俺は思わず自然と浮かんだ口元に手を当てるのであった。


「手土産はズワイガニでよろしいでしょうか?」


 よろしくありません。

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